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6,夏至

脱出計画

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 入ってきた人物を見て、ゾラが小声で叫んだ。
 
「シャオトーズ! おめぇ無事だったのか」

 彼の手には恭親王の鷹が止まっている。

「もっと早く来たかったのですが、皆さんの居場所を探すのに手間取ってしまいました」

 シャオトーズが申し訳なさそうに頭を下げる。広い皇宮内で彼らの監禁場所を探し出し、密かに潜入するにはそれなりの苦労があったろう。

「いや、いいよ。無事でよかった。あ、エールライヒに餌やんなきゃ!」

 トルフィンが思い出して、慌てて餌の小袋を懐から取り出す。ゾラが横からそれをヒョイと掴み、

「鷹様の餌はこの俺様が……」

と軽口を叩きながら、ゾラが肉を取り出そうと小袋に指を入れたその刹那。

 バチイン! と青白い火花が飛んで、ゾラが衝撃でひっくり返る。
 
「いってぇ! 何だ今の……」

 その拍子に放り投げられた小袋を、咄嗟にシャオトーズがキャッチして、中を覗いて「あ!」と小声で叫んだ。

「……これは、わが主の……」

 シャオトーズが摘まみだしたのは、恭親王が常に首から下げている、女王国の神器の指輪だった。

「これは姫君が選んだ夫以外が触ると、ああいう感じで弾かれるそうです。――私は宦官だから大丈夫なんですけれど」
「男が迂闊に触ると機嫌が悪くなるってこのことかぁ……」

 トルフィンが感心している横で、ビリビリとまだ痺れている右手の指先を左手で掴んで、ゾラが呟く。

「俺の自慢の黄金指ゴールドフィンガーが……」
「こんな状況でも冗談を言えるあんたを、俺は尊敬するよ……」

 テムジンが呆れるが、シャオトーズは神器に傷がないか確かめてから、それを手巾に包んで懐にしまう。

「あまりいい知らせではないのですが……」
 
 エールライヒに餌を与えながら、シャオトーズが言った。

「まず、先帝の崩御と新帝の即位の報せを出したために、事情を知らない皇族方が皆、登城されて、軒並み拘束されてしまいました」
「あちゃー」

 トルフィンが舌打ちする。いつの間にか、同じ部屋に閉じこめられている聖騎士たちも彼らの回りに集まってきた。この部屋にいるのは二十人ほどだ。

「中には、宣陽門の様子がおかしいことに気づいて、登城を見合わせようとして、無理に拘束された方もいらっしゃるようです。穆郡王殿下と礼郡王殿下は、門前の小競り合いを見て咄嗟に逃亡され、今は捕縛命令が出ています」
「……そのお二人以外はみんな捕まっちゃったの?」
「だいたいは。ご高齢の、万歳爺わんすいいえの弟殿下とかは、ご自邸におられるかもしれませんが……。皇族方は、後宮に押し込められています」

 シャオトーズが目を伏せる。 

「それから――拘束されている武官家の当主がたの、処刑が決まりました」

 はっとして、聖騎士たちがシャオトーズの顔を見つめる。

「マフ公爵、ゲセル公爵、ソルバン侯爵、それからフォーラ侯爵――明日正午に宣陽門前で斬首すると」 
「親父……」

 ゾラが呟く。

「それから、賢親王殿下と皇后娘娘にゃんにゃんは廃して庶人とされました。偽の皇子を立てて皇統を偽ったと」
「双子なんだから、贋の皇子じゃないじゃん!」

 トルフィンが思わず叫ぶ。
  
「で、殿下の行方は?」
 
 アートの質問に、シャオトーズは首を振る。

「他の皇族方とは別の場所に監禁されているようです。暗部ですらも、行方を掴めていません」
「まじで!」

 四人は顔色を変え、周囲の聖騎士たちもお互いに顔を見合わせる。

「どうも叛乱側は、十二貴嬪家や貴種を根絶やしにするつもりのようです。今は当面の勝利に夢中で忘れていますが、遠からず、聖騎士も貴種だと気づくと思います。――あなたがたは今は、ここを脱出された方がいい」
「わかってるけど、殿下を置いていけるわけねーだろ!」
「わが主の所在は今、仲間の宦官が全力で捜しています。監視の緩い今のうちがチャンスなんです」
「……賢親王殿下とか、廉郡王殿下の居場所はわかるか?」
 
 アートがシャオトーズに尋ねると、彼は頷いた。

「賢親王殿下は鴛鴦宮えんおうきゅうの一室に。娘娘にゃんにゃんとは別の部屋ですが、近くです。廉郡王殿下はさすがにご子息なので、東宮で謹慎を」

 しばらく腕を組んで考えていたアートが、言った。

「ここは、ひとまず賢親王殿下をお助けして皇宮を脱出し、恭親王殿下の奪還を期すしかない」
 
 皆は眉を寄せて考えるが、それしか方法はないようだった。

「しかし、脱出してどこに向かう。俺の古巣の皇宮騎士団も帝都騎士団も、おかしな邪教の奴等に乗っ取られている。さすがに太陽神殿のお膝元の州騎士団は、そんなことはないと信じたいが――」

 テムジンが伸びてきた顎髭をひっぱりながら言うと、ずっと両腕を組んで考え込んでいたトルフィンが、ガバリと顔を上げて、言った。
 
「それだ! それだよ!」

 突然叫んだトルフィンに、ゾラがびっくりする。

「何だよ、いったい」
 
 だが、トルフィンはゾラには構わず、シャオトーズに顔を寄せ、小声で尋ねる。

「――シャオトーズ、転移魔法陣を動かせる術者は、どっちの味方だ?」
「術者は陰陽宮から派遣されていますから、〈禁苑〉側――つまり、我々の味方です」
「そいつら、拘束されてる?」

 その言葉にシャオトーズがはっとした。

「いいえ――たぶん、魔法陣のことは忘れていると思います。勝利に浮かれて、騒いでいましたから」
 
 高官たちを殺戮した血の匂いも消えない太極殿で、早速勝利の宴を張っていたという。

「――転移魔法陣は人を転移するときは夜はダメだ。夜明けまでに、術者を待機させられる?」
「わかりました。あの魔法陣はたしか、十人までです」
「夜明けに、俺たちは賢親王殿下を救出して、奉宝殿の魔法陣に向かう」
 
 宣言するトルフィンにゾラが尋ねる。

「どこへ転移するつもりだ?」
「南郊の太陽神殿。俺の叔父貴が大神官をしてる。その隣には何がある?」
「――隣は、州騎士団!」

 ゲセル公爵は捕らえられてしまったが、公爵の息子たちは帝都南郊の邸にいるはずだ。

「賢親王殿下を旗頭に、ひとまず州騎士団に拠って兵を起こすんだ。他の聖騎士たちもこの近くにいるんだよな?」
 
 トルフィンの言葉に、シャオトーズが言った。

「いくつかの部屋に分かれていますが、この近辺に固まっています」
「全員では転移できない。多少危険だけど、他の聖騎士たちには南側に向かって脱出騒ぎを起こしてもらい、注意を外朝に引き付ける。その隙に、数人で賢親王殿下を救けて、後宮の転移魔法陣から脱出する」

 トルフィンが策を述べると、シャオトーズが頷く。

「わかりました。他の部屋も密かに鍵を開けておきます。夜明け前に――」
「いったん、脱出するけど、絶対に殿下を救けに戻る。だからそれまで――」
「はい。私は皇宮に残って、わが主の居場所を探します」
 
 四人は音もなく下がっていくシャオトーズを見送ると、夜明けに向けて行動を開始した。
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