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5、白虹 日を貫く
巨星墜つ
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後宮へと続く長い回廊のあちこちには、官人や宦官たちの死体が点々と続いていた。騒ぎに驚いて部局から出てきて、出会い頭に切り殺されたらしい。
「ひでぇな、無差別かよ!」
チっと廉郡王が舌打ちする。ちゃらんぽらんのくせに正義感の強いところのある廉郡王は、すっかり頭に血がのぼっている。
「落ち着け、グイン。非常事態こそ冷静になれというのが、おぬしの師であるゼクトの教えだろう」
「わーってる!」
皇帝はただでさえ、重病のはず。人質に取られたら動きが取れない。乾坤宮に近づくと、皇宮近衛の赤革の鎧ではない、黒革に金の装飾の入った鎧の兵士が倒れているのが目に付いた。
(――親衛騎士だ! 叛逆しているのは皇宮近衛だけということか……)
親衛騎士は血筋も腕も選りすぐりのエリートだが、突然の襲撃であったこと、さらに多勢に無勢の情況に追い込まれ、不覚を取ったか。なおも進むと、乾坤宮へ続く回廊に、皇宮近衛の赤い鎧が立ち塞がった。その武装はすでに血に塗れている。
「太極殿の高官を殺ったのは、こいつらか!」
「おそらくな。容赦は無用! 打ち破るぞ!」
「「「応!」」」
聖騎士たちが剣を抜く。恭親王が左手の聖剣を呼び出した。友人の左手に忽然と現れた聖剣を目にして、廉郡王が叫ぶ。
「ユエリン、いつの間にそんな手品を習得してんだよ!」
「手品じゃない! 聖剣だ! って、今はそんな話をしている場合じゃない!……天と陰陽の怒りを恐れる者は、剣を収めよ!さもなくば聖剣の錆になるぞ!」
一際輝く聖剣を頭上に掲げて恭親王が宣言すると、しかし先頭切ってかかってきた騎士が嘯いた。
「天と陰陽など! 救い主の前にはひれ伏す運命。恐れはせぬわ!」
ガキーン!
ただ一合、聖剣は相手が渾身で打ち下ろしてきた剣を叩き折る。そのまま剣を返して、騎士の首筋を正確に掻き切った。赤い血がぶわっと振りまかれるが、恭親王はマントを捌いて血の雨を躱す。その横では、廉郡王が別の騎士を袈裟懸けに斬り捨てる。立ち塞がる皇宮近衛騎士らを瞬く間に切り伏せ、聖騎士たちはそのままの勢いで乾坤宮に雪崩込む。
乾坤宮の玉座の前でも多くの騎士や宦官が力尽きていた。皇帝の近侍の宦官と、護衛の親衛騎士たち。不意打ちにも怯むことなく戦ったのだろう、皇宮近衛の赤い鎧を着た死体も、いくつも転がっている。だが、その場に皇帝の姿はない。更に奥から、物音が聞こえて来る。
「――奥、寝所か!」
恭親王が端麗な顔を歪める。やはり、皇帝は玉座の間に出て来られる状態ではなく、寝所にいるのだ。病に伏している皇帝を叛徒が狙ったとすれば、かなり絶望的である。
奥の部屋からは怒号と剣撃の音が響いて、状況の悪さを彼に教えた。恭親王の焦りを読み取ったゾラが、スピードを上げて斜め後ろから恭親王を追い抜き、控えの間を走り抜ける。そこにいた赤い鎧の騎士が、慌てて剣を構えるのを、通り過ぎざまに切り捨て、皇帝の寝所に繋がる扉を体当たりでぶち破った。
「父上――!」
横にいたもう一人の騎士を聖剣で薙ぎ払い、ゾラに続いて転がるように奥の部屋に駆け込んだ恭親王には、剣を交えて乱戦する皇宮近衛騎士と、臙脂の官服を着た老武官たちの姿が見えた。そしてその向こうには、皇帝が眠るはずの架子牀と、真っ赤に染まった絹の寝具――。
「恭親王殿下?!」
「――ユエリン!」
寝台の脇で、親王の正装で剣を振るっていた賢親王が叫ぶ。対峙する騎士たちの背後にいた皇太子が、その声に入口を振り返り、口から泡を飛ばして騒ぎ立てた。
「ええい! とっとと始末をつけろ!――皇帝が死んだ以上、皇太子のわしが皇帝なんだ!」
「黙れ逆賊が!」
その会話で恭親王は知った。
間に合わなかった。――陽の巨星は墜ちたのだ。
「ひでぇな、無差別かよ!」
チっと廉郡王が舌打ちする。ちゃらんぽらんのくせに正義感の強いところのある廉郡王は、すっかり頭に血がのぼっている。
「落ち着け、グイン。非常事態こそ冷静になれというのが、おぬしの師であるゼクトの教えだろう」
「わーってる!」
皇帝はただでさえ、重病のはず。人質に取られたら動きが取れない。乾坤宮に近づくと、皇宮近衛の赤革の鎧ではない、黒革に金の装飾の入った鎧の兵士が倒れているのが目に付いた。
(――親衛騎士だ! 叛逆しているのは皇宮近衛だけということか……)
親衛騎士は血筋も腕も選りすぐりのエリートだが、突然の襲撃であったこと、さらに多勢に無勢の情況に追い込まれ、不覚を取ったか。なおも進むと、乾坤宮へ続く回廊に、皇宮近衛の赤い鎧が立ち塞がった。その武装はすでに血に塗れている。
「太極殿の高官を殺ったのは、こいつらか!」
「おそらくな。容赦は無用! 打ち破るぞ!」
「「「応!」」」
聖騎士たちが剣を抜く。恭親王が左手の聖剣を呼び出した。友人の左手に忽然と現れた聖剣を目にして、廉郡王が叫ぶ。
「ユエリン、いつの間にそんな手品を習得してんだよ!」
「手品じゃない! 聖剣だ! って、今はそんな話をしている場合じゃない!……天と陰陽の怒りを恐れる者は、剣を収めよ!さもなくば聖剣の錆になるぞ!」
一際輝く聖剣を頭上に掲げて恭親王が宣言すると、しかし先頭切ってかかってきた騎士が嘯いた。
「天と陰陽など! 救い主の前にはひれ伏す運命。恐れはせぬわ!」
ガキーン!
ただ一合、聖剣は相手が渾身で打ち下ろしてきた剣を叩き折る。そのまま剣を返して、騎士の首筋を正確に掻き切った。赤い血がぶわっと振りまかれるが、恭親王はマントを捌いて血の雨を躱す。その横では、廉郡王が別の騎士を袈裟懸けに斬り捨てる。立ち塞がる皇宮近衛騎士らを瞬く間に切り伏せ、聖騎士たちはそのままの勢いで乾坤宮に雪崩込む。
乾坤宮の玉座の前でも多くの騎士や宦官が力尽きていた。皇帝の近侍の宦官と、護衛の親衛騎士たち。不意打ちにも怯むことなく戦ったのだろう、皇宮近衛の赤い鎧を着た死体も、いくつも転がっている。だが、その場に皇帝の姿はない。更に奥から、物音が聞こえて来る。
「――奥、寝所か!」
恭親王が端麗な顔を歪める。やはり、皇帝は玉座の間に出て来られる状態ではなく、寝所にいるのだ。病に伏している皇帝を叛徒が狙ったとすれば、かなり絶望的である。
奥の部屋からは怒号と剣撃の音が響いて、状況の悪さを彼に教えた。恭親王の焦りを読み取ったゾラが、スピードを上げて斜め後ろから恭親王を追い抜き、控えの間を走り抜ける。そこにいた赤い鎧の騎士が、慌てて剣を構えるのを、通り過ぎざまに切り捨て、皇帝の寝所に繋がる扉を体当たりでぶち破った。
「父上――!」
横にいたもう一人の騎士を聖剣で薙ぎ払い、ゾラに続いて転がるように奥の部屋に駆け込んだ恭親王には、剣を交えて乱戦する皇宮近衛騎士と、臙脂の官服を着た老武官たちの姿が見えた。そしてその向こうには、皇帝が眠るはずの架子牀と、真っ赤に染まった絹の寝具――。
「恭親王殿下?!」
「――ユエリン!」
寝台の脇で、親王の正装で剣を振るっていた賢親王が叫ぶ。対峙する騎士たちの背後にいた皇太子が、その声に入口を振り返り、口から泡を飛ばして騒ぎ立てた。
「ええい! とっとと始末をつけろ!――皇帝が死んだ以上、皇太子のわしが皇帝なんだ!」
「黙れ逆賊が!」
その会話で恭親王は知った。
間に合わなかった。――陽の巨星は墜ちたのだ。
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