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5、白虹 日を貫く
叛逆
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トルフィンが柱に寄りかかるように斃れている、一人の中年の文官に駆け寄って抱き起こす。腹から血を流しているその男は、恭親王も見知っている、トルフィンの父、内務卿のゼンパであった。
「揺するな! まだ、息がある!」
恭親王も走り寄り、片膝をついてゼンパを覗き込む。
「……トル……フィン?……」
息子を目にしてゼンパが薄く目を開いたが、同時にぐほっと口から血が溢れる。
「父さん、喋っちゃだめ! 父さん、何でこんな……」
「皇太子……殿、下が……は、……廃嫡の……詔を……」
「ゼンパ、止血をする、喋るな」
恭親王がゼンパの纏う夏用の絹の肩衣を引きちぎって腹に巻き付けるが、この出血量では助かるまいと内心思う。
「いいえ……私は……もう……。こう、たいし……でんかが……突然……近、衛を率いて……」
ぐぼっとさらに口から赤黒い血が溢れて、綺麗に整えられたゼンパの口髭を汚す。
「ではこの仕儀は皇太子の……陛下は?」
「へ……いかは……ご出……ぎょなさらず……奥の……けん……」
「陛下は乾坤宮におられたのだな?」
微かに頷くと、ゼンパは息子を見て、微笑んだ。
「トルフィン……ミハル嬢と……仲良くな……」
すうっと眠りに落ちるようにゼンパが目を閉じ、そのまま息子の腕の中でこと切れた。
「父さん?! 父さん!! 父さんダメっ! 父さんっ!」
トルフィンが必死に呼びかけるが、ゼンパは目を開けなかった。その様子に恭親王が片手で口元を覆うようにして立ち上がると、背後では廉郡王が茫然と立ち尽くしていた。
「グイン……」
「信じられねぇよ! だって、あの親父の方こそ、今にもくたばりそうだったんだぜ? こんな荒事をする体力なんて……」
取り乱して叫ぶ廉郡王を宥めるように、恭親王が言った。
「とにかく、乾坤宮に向かおう――陛下をお救いしなければ」
手巾を出してゼンパの血を拭き取りながら、恭親王は慌ただしく考える。なぜ、皇宮近衛が皇太子に率いられて叛逆したのか。なぜ、殿上の高官たちを皆殺しにする必要があったのか。
ざっと見たところ、抵抗もできずに斬殺されているのは濃紺の服を着た文官が多く、臙脂の服を着た武官は少ないようだ。命を拾って、乾坤宮に走っている者もいるかもしれない。
「ゾラ、リック、お前たちの家族はいるか?」
恭親王が問いかけると、生きている者がいないかどうか確かめていたゾラとリックが振り向いた。
「俺の親父はいねえっす」
ゾラが答えると、リックが少しだけ苦い声で言った。
「……親父は例年、この時期は避暑離宮の準備で帝都にいないっす。だから代わりに叔父貴が……」
リックが抱き起した体格のいい武官は、滅多刺しにされて死んでいた。
「この様子を見ると、相手にも痛手を与えてるっすよ。武門の意地っすよね」
必死の抵抗を示す血塗れの手を見下ろし、廉郡王が唇を噛んでいる。自らの父親が仕出かした暴挙で、彼の部下の家族が命を落としたのだ。
「トルフィン、行けそうか?」
父の骸を横たえ、衣冠を整えていたトルフィンに、恭親王が尋ねると、必死に涙を堪えて頷き、立ち上がった。恭親王は両手を身体の横で握りしめている廉郡王に向かって、言った。
「グイン、君は脳筋で考え無しだが、正義感だけは強い。――君が道を誤ることはないと信じている」
黒曜石の瞳でじっと廉郡王の瞳を見つめれば、廉郡王もまた、同じ黒い瞳で恭親王を見つめ返す。
「――当たり前だ。俺の方向感覚舐めんなよ。俺は、道を間違えたりしない」
「どんな理由があったとしても、君の父上には誅罰を与えなければならない。君は――」
「俺はあのクソ親父が前から嫌いだった。こんなことまで仕出かしてくれて、愛想も尽き果てたぜ。――今日ほど、あいつの息子に生まれたことを恨んだ日はねぇよ」
「そんなことはない。君という息子を生んでくれたことだけは、彼に感謝しないとな」
恭親王はざっと周囲の騎士たちを見回して言った。
「皇帝陛下は皇太子の廃嫡を決意しておられた。――先ほど、太監より渡された聖勅にもその旨が書かれている。理由は、皇太子宮にイフリート家の者を引き込んでいたからだ」
その言葉に、恭親王の配下はもちろん、廉郡王の配下の者も息を飲む。
「だから――今回の蜂起の背後には、おそらくイフリート家がいる」
「殿下――」
絶句したゲルが黒い瞳を瞬く。
「ケッタクソ悪りぃ! 小細工ばっかり弄しやがって!」
ぺっとゾラが唾を吐き捨てた。
「皇宮近衛が皇太子に着いた理由も判然としない。〈黒影〉の奴等も含まれているかもしれない。正手ではなく、奇手で来るぞ、心してかかれ」
「はっ」
「命に代えても! 天と陰陽の調和のために!」
トルフィンが涙声で叫び、一同が唱和した。
「「「天と陰陽の調和のために!」」」
「乾坤宮へ! 陛下をお救いし、逆賊を討伐する!」
ピイっと指笛を吹くと、エールライヒがばさりと羽ばたいて太極殿を横切る。
エールライヒに導かれるように、二皇子に率いられた聖騎士二百人は、怒号をあげて皇宮の奥へと走り込んだ。
「揺するな! まだ、息がある!」
恭親王も走り寄り、片膝をついてゼンパを覗き込む。
「……トル……フィン?……」
息子を目にしてゼンパが薄く目を開いたが、同時にぐほっと口から血が溢れる。
「父さん、喋っちゃだめ! 父さん、何でこんな……」
「皇太子……殿、下が……は、……廃嫡の……詔を……」
「ゼンパ、止血をする、喋るな」
恭親王がゼンパの纏う夏用の絹の肩衣を引きちぎって腹に巻き付けるが、この出血量では助かるまいと内心思う。
「いいえ……私は……もう……。こう、たいし……でんかが……突然……近、衛を率いて……」
ぐぼっとさらに口から赤黒い血が溢れて、綺麗に整えられたゼンパの口髭を汚す。
「ではこの仕儀は皇太子の……陛下は?」
「へ……いかは……ご出……ぎょなさらず……奥の……けん……」
「陛下は乾坤宮におられたのだな?」
微かに頷くと、ゼンパは息子を見て、微笑んだ。
「トルフィン……ミハル嬢と……仲良くな……」
すうっと眠りに落ちるようにゼンパが目を閉じ、そのまま息子の腕の中でこと切れた。
「父さん?! 父さん!! 父さんダメっ! 父さんっ!」
トルフィンが必死に呼びかけるが、ゼンパは目を開けなかった。その様子に恭親王が片手で口元を覆うようにして立ち上がると、背後では廉郡王が茫然と立ち尽くしていた。
「グイン……」
「信じられねぇよ! だって、あの親父の方こそ、今にもくたばりそうだったんだぜ? こんな荒事をする体力なんて……」
取り乱して叫ぶ廉郡王を宥めるように、恭親王が言った。
「とにかく、乾坤宮に向かおう――陛下をお救いしなければ」
手巾を出してゼンパの血を拭き取りながら、恭親王は慌ただしく考える。なぜ、皇宮近衛が皇太子に率いられて叛逆したのか。なぜ、殿上の高官たちを皆殺しにする必要があったのか。
ざっと見たところ、抵抗もできずに斬殺されているのは濃紺の服を着た文官が多く、臙脂の服を着た武官は少ないようだ。命を拾って、乾坤宮に走っている者もいるかもしれない。
「ゾラ、リック、お前たちの家族はいるか?」
恭親王が問いかけると、生きている者がいないかどうか確かめていたゾラとリックが振り向いた。
「俺の親父はいねえっす」
ゾラが答えると、リックが少しだけ苦い声で言った。
「……親父は例年、この時期は避暑離宮の準備で帝都にいないっす。だから代わりに叔父貴が……」
リックが抱き起した体格のいい武官は、滅多刺しにされて死んでいた。
「この様子を見ると、相手にも痛手を与えてるっすよ。武門の意地っすよね」
必死の抵抗を示す血塗れの手を見下ろし、廉郡王が唇を噛んでいる。自らの父親が仕出かした暴挙で、彼の部下の家族が命を落としたのだ。
「トルフィン、行けそうか?」
父の骸を横たえ、衣冠を整えていたトルフィンに、恭親王が尋ねると、必死に涙を堪えて頷き、立ち上がった。恭親王は両手を身体の横で握りしめている廉郡王に向かって、言った。
「グイン、君は脳筋で考え無しだが、正義感だけは強い。――君が道を誤ることはないと信じている」
黒曜石の瞳でじっと廉郡王の瞳を見つめれば、廉郡王もまた、同じ黒い瞳で恭親王を見つめ返す。
「――当たり前だ。俺の方向感覚舐めんなよ。俺は、道を間違えたりしない」
「どんな理由があったとしても、君の父上には誅罰を与えなければならない。君は――」
「俺はあのクソ親父が前から嫌いだった。こんなことまで仕出かしてくれて、愛想も尽き果てたぜ。――今日ほど、あいつの息子に生まれたことを恨んだ日はねぇよ」
「そんなことはない。君という息子を生んでくれたことだけは、彼に感謝しないとな」
恭親王はざっと周囲の騎士たちを見回して言った。
「皇帝陛下は皇太子の廃嫡を決意しておられた。――先ほど、太監より渡された聖勅にもその旨が書かれている。理由は、皇太子宮にイフリート家の者を引き込んでいたからだ」
その言葉に、恭親王の配下はもちろん、廉郡王の配下の者も息を飲む。
「だから――今回の蜂起の背後には、おそらくイフリート家がいる」
「殿下――」
絶句したゲルが黒い瞳を瞬く。
「ケッタクソ悪りぃ! 小細工ばっかり弄しやがって!」
ぺっとゾラが唾を吐き捨てた。
「皇宮近衛が皇太子に着いた理由も判然としない。〈黒影〉の奴等も含まれているかもしれない。正手ではなく、奇手で来るぞ、心してかかれ」
「はっ」
「命に代えても! 天と陰陽の調和のために!」
トルフィンが涙声で叫び、一同が唱和した。
「「「天と陰陽の調和のために!」」」
「乾坤宮へ! 陛下をお救いし、逆賊を討伐する!」
ピイっと指笛を吹くと、エールライヒがばさりと羽ばたいて太極殿を横切る。
エールライヒに導かれるように、二皇子に率いられた聖騎士二百人は、怒号をあげて皇宮の奥へと走り込んだ。
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