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七竅
31、魔族との交わり
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自力で脱出してきた廉郡王は、さすがの魔力量を誇るだけあって見た目には元気そうであった。
四年前に北族に囚われていた時も、他の二皇子がひどく消耗していたのに比べて恭親王だけは睡眠を取れば回復しており、あの時も〈王気〉の強さというものを思い知らされたのだが、メイロン県から痩せたとはいえけして小柄でないゼクトを背負い、途中で敵の騎士から馬を奪って逃げて来る廉郡王の強靱さには呆れるばかりである。
一方のゼクトはかなり魔力を吸われて危険な状態にあった。
ゲルはランヤンに早船を出し、ランヤンにある魔法水薬を至急に集め、さらに帝国南方のスージョウの太陽小神殿から魔法水薬を取り寄せるよう指示を出した。
「神殿の魔法水薬でも、アイリンには効かなかった……」
かつて魔物に魔力を吸いつくされて死んだ異母兄を思い出して、恭親王が表情を翳らせる。恭親王は眠るゼクトの額に自らの唇を寄せて、魔力を分け与えていた。唾液を摂取させる方が効果はあるが、この潔癖な男はそれを望まないだろう。限界を超えて魔力を失うと、穴の開いた袋のような状態になって魔力が回復されなくなってしまう。だが少しでも分け与えられれば、頭痛や倦怠感といった耐え難い苦痛は、わずかではあるが緩和されるはずだ。
「殿下がたが吸われたのは〈王気〉ですからね。さすがに〈王気〉の魔力密度に対応した魔法水薬はありません。ですが、ゼクトは貴種ですから、水薬の効果も期待できるかもしれません」
「〈補給〉はしなくていいのか?」
恭親王の問いに、ゲルが首を振った。
「拒否されました」
「だろうね……」
厳格なゼクトにとっては、そこまでして生命を永らえるくらいなら、死んだ方がマシなのだろう。
「他の聖騎士たちは……」
ゲルが首を振る。
「ゼクトは十二貴嬪家の筆頭家であるソアレス家の、先代公爵の甥、祖母は先帝の公主です。デュクトには少しばかり劣りましたが、匹敵する魔力がある。そのゼクトですら、魔力が尽きる直前なのですよ。貴種の端くれに連なる程度の聖騎士が、堪えられるはずありません」
最後の聖騎士が死んだのが三日ほど前だというが、もし生きていたとしても、さすがに廉郡王一人で瀕死の男二人を連れて逃げることは不可能であったろう。
ゲルがゼクトの身体をチェックし、縛られていたらしい手首の傷に膏薬を縫って包帯を巻き終えたころ、風呂に入ってさっぱりと着替えた廉郡王が現れた。
廉郡王も縛られていたはずなのだが、その手首の傷はもうすっかり消えていた。
「ゼクトの様子はどうだ?」
廉郡王が心配そうにのぞき込むのを、ちらりと目をやって、恭親王が身を起こす。
「かなり吸われているから、きついと思うよ。……この砦には魔法水薬が常備してなくて……今少し魔力を入れてみたけれど、焼石に水って感じだね」
「俺もギリギリだったから、分ける余裕がなかったんだよな。ユエリンでも無理か……」
「額からだと無駄が多いからね。身体を繋いで〈補給〉すればもう少しはいけるかもしれないけど、拒否されたって」
「……ちょっと想像するのも無理だ」
「アイリンの時は半ば無理矢理やっちゃったんだけどね。私もゼクトの許可なくする勇気はないな」
恭親王は再びゼクトの額に唇を寄せ、魔力を注入する。この方法は相当の無駄が出てしまうので、恭親王か廉郡王クラスの魔力量がないと使えない。しばらくして、恭親王が顔を上げた。
「まあ、気長にやるしかないよ。私やゲルの見立てでも、アイリンの状態よりは悪くないから、うまくすれば回復するかもしれない」
「……そうか……」
少しばかり眉尻を下げた廉郡王に、恭親王が聞いた。
「で、君は大丈夫なの?」
「俺? 俺は今のところは多少怠いぐらいだな。普段、魔力が有り余って困るくらいだから、結構平気」
「でも、気持ち悪かっただろ?」
「うーん。たしかにちょっと違和感はあったな。でも、見かけは好みのタイプだし、男に掘られるよりマシだと思って」
サバサバとした廉郡王を見て、何となく納得のいかない表情で恭親王が沈黙する。
「やっぱり、ヴィサンティが……」
「そう、それと姉のラクシュミ、つったかな。姉の方はちょっと年増で、俺のストライクゾーンからは外れたけど、まあ、我慢できない程じゃなかった。あとは蛇神様を信奉する女たちが何人かいたな」
廉郡王の言葉に、恭親王は訝し気に首を傾げる。
「女だろうが何だろうが、異種の〈気〉なんだから気持ち悪いと思うんだけどなあ。グインは大雑把なのかな?」
恭親王は四年前の、北の魔物に犯された時の感触を思いだして少しばかり身震いした。
「あれは魔狼でございましたからね。龍種とは遠く隔たって、しかも男の形で陰の気を持つわけで……蛇と龍は比較的近いですから、そこまでではないのかもしれません」
ゼクトの全身の擦り傷を確認して、その衣服を直しながらゲルが言った。
「ふーん。……で、どうやって脱出してきたの?」
「ヴィサンティが逃がしてくれた」
廉郡王の言葉に、恭親王が黒い目を見開いた。
「どうして?」
廉郡王が少し困ったように、頭を掻く。
「その……姉の方はダメだったんだが、ヴィサンティとは結構仲良くやってたんだ」
ちょっと照れたような表情を見て、恭親王が絶句する。
「なっ……信じられないな。私たちがあんなに心配して……聖騎士だって五人も死んでるんだよ」
「わかってるさ……別に、逃げられたのにとどまっていたわけじゃない。ラクシュミの方は俺の精を喰らう気満々だったからな。ヴィサンティの方は加減してくれたんだ」
廉郡王の男らしい顔に少しばかり翳りが見えた。
四年前に北族に囚われていた時も、他の二皇子がひどく消耗していたのに比べて恭親王だけは睡眠を取れば回復しており、あの時も〈王気〉の強さというものを思い知らされたのだが、メイロン県から痩せたとはいえけして小柄でないゼクトを背負い、途中で敵の騎士から馬を奪って逃げて来る廉郡王の強靱さには呆れるばかりである。
一方のゼクトはかなり魔力を吸われて危険な状態にあった。
ゲルはランヤンに早船を出し、ランヤンにある魔法水薬を至急に集め、さらに帝国南方のスージョウの太陽小神殿から魔法水薬を取り寄せるよう指示を出した。
「神殿の魔法水薬でも、アイリンには効かなかった……」
かつて魔物に魔力を吸いつくされて死んだ異母兄を思い出して、恭親王が表情を翳らせる。恭親王は眠るゼクトの額に自らの唇を寄せて、魔力を分け与えていた。唾液を摂取させる方が効果はあるが、この潔癖な男はそれを望まないだろう。限界を超えて魔力を失うと、穴の開いた袋のような状態になって魔力が回復されなくなってしまう。だが少しでも分け与えられれば、頭痛や倦怠感といった耐え難い苦痛は、わずかではあるが緩和されるはずだ。
「殿下がたが吸われたのは〈王気〉ですからね。さすがに〈王気〉の魔力密度に対応した魔法水薬はありません。ですが、ゼクトは貴種ですから、水薬の効果も期待できるかもしれません」
「〈補給〉はしなくていいのか?」
恭親王の問いに、ゲルが首を振った。
「拒否されました」
「だろうね……」
厳格なゼクトにとっては、そこまでして生命を永らえるくらいなら、死んだ方がマシなのだろう。
「他の聖騎士たちは……」
ゲルが首を振る。
「ゼクトは十二貴嬪家の筆頭家であるソアレス家の、先代公爵の甥、祖母は先帝の公主です。デュクトには少しばかり劣りましたが、匹敵する魔力がある。そのゼクトですら、魔力が尽きる直前なのですよ。貴種の端くれに連なる程度の聖騎士が、堪えられるはずありません」
最後の聖騎士が死んだのが三日ほど前だというが、もし生きていたとしても、さすがに廉郡王一人で瀕死の男二人を連れて逃げることは不可能であったろう。
ゲルがゼクトの身体をチェックし、縛られていたらしい手首の傷に膏薬を縫って包帯を巻き終えたころ、風呂に入ってさっぱりと着替えた廉郡王が現れた。
廉郡王も縛られていたはずなのだが、その手首の傷はもうすっかり消えていた。
「ゼクトの様子はどうだ?」
廉郡王が心配そうにのぞき込むのを、ちらりと目をやって、恭親王が身を起こす。
「かなり吸われているから、きついと思うよ。……この砦には魔法水薬が常備してなくて……今少し魔力を入れてみたけれど、焼石に水って感じだね」
「俺もギリギリだったから、分ける余裕がなかったんだよな。ユエリンでも無理か……」
「額からだと無駄が多いからね。身体を繋いで〈補給〉すればもう少しはいけるかもしれないけど、拒否されたって」
「……ちょっと想像するのも無理だ」
「アイリンの時は半ば無理矢理やっちゃったんだけどね。私もゼクトの許可なくする勇気はないな」
恭親王は再びゼクトの額に唇を寄せ、魔力を注入する。この方法は相当の無駄が出てしまうので、恭親王か廉郡王クラスの魔力量がないと使えない。しばらくして、恭親王が顔を上げた。
「まあ、気長にやるしかないよ。私やゲルの見立てでも、アイリンの状態よりは悪くないから、うまくすれば回復するかもしれない」
「……そうか……」
少しばかり眉尻を下げた廉郡王に、恭親王が聞いた。
「で、君は大丈夫なの?」
「俺? 俺は今のところは多少怠いぐらいだな。普段、魔力が有り余って困るくらいだから、結構平気」
「でも、気持ち悪かっただろ?」
「うーん。たしかにちょっと違和感はあったな。でも、見かけは好みのタイプだし、男に掘られるよりマシだと思って」
サバサバとした廉郡王を見て、何となく納得のいかない表情で恭親王が沈黙する。
「やっぱり、ヴィサンティが……」
「そう、それと姉のラクシュミ、つったかな。姉の方はちょっと年増で、俺のストライクゾーンからは外れたけど、まあ、我慢できない程じゃなかった。あとは蛇神様を信奉する女たちが何人かいたな」
廉郡王の言葉に、恭親王は訝し気に首を傾げる。
「女だろうが何だろうが、異種の〈気〉なんだから気持ち悪いと思うんだけどなあ。グインは大雑把なのかな?」
恭親王は四年前の、北の魔物に犯された時の感触を思いだして少しばかり身震いした。
「あれは魔狼でございましたからね。龍種とは遠く隔たって、しかも男の形で陰の気を持つわけで……蛇と龍は比較的近いですから、そこまでではないのかもしれません」
ゼクトの全身の擦り傷を確認して、その衣服を直しながらゲルが言った。
「ふーん。……で、どうやって脱出してきたの?」
「ヴィサンティが逃がしてくれた」
廉郡王の言葉に、恭親王が黒い目を見開いた。
「どうして?」
廉郡王が少し困ったように、頭を掻く。
「その……姉の方はダメだったんだが、ヴィサンティとは結構仲良くやってたんだ」
ちょっと照れたような表情を見て、恭親王が絶句する。
「なっ……信じられないな。私たちがあんなに心配して……聖騎士だって五人も死んでるんだよ」
「わかってるさ……別に、逃げられたのにとどまっていたわけじゃない。ラクシュミの方は俺の精を喰らう気満々だったからな。ヴィサンティの方は加減してくれたんだ」
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