【R18】渾沌の七竅

無憂

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六竅

23、詰問

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 しらじらと夜が明けるころになって、恭親王は正妻の住む棟への扉を乱暴に叩いた。

「開けろ、私だ。あの女に話がある」

 ややあって、当番らしい侍女が扉の裏側から眠そうな声で尋ねる。

「……どなたですか?」
「私だ」
「殿下が奥方様にお話しがあるとおっしゃっている。すぐに開けろ」

 横からゲルが口を出し、はっとした侍女が慌てて閂を外す音がした。

「失礼いたしました……奥方様は現在お休み中で……」

 扉を開けて侍女が畏まるが、恭親王はそれを無視してずかずかと上がり込んだ。

「叩き起こせ。一秒たりとも待たぬ」

 冷徹に告げると、ゲルが先頭に立って居間に入った。恭親王は入口近くに魔力灯を見つけて勝手に灯し、上座に置かれた長椅子にどっかりと腰を下ろした。肘掛に身体を預けて気だるげに長い脚を組む。薄暗い部屋の中、ゲルとゾーイは長椅子の横に立って控える。

 泡を食って奥に走り込んだ侍女が知らせたのか、別の侍女が青い顔でガラス幌のついたランタンとお茶を運んできた。侍女はランプから蝋燭の灯を移して部屋を明るくすると、恭親王の側の卓に硬い表情で茶托に乗せたお茶を置いた。恭親王はそれを手に取りながら、伴の二人にもお茶を持ってくるように言いつける。よく考えれば、邸に帰ってから何も口に入れていないのだ。

 恭親王は最高級の薄い茶器に注がれた、やはり最高級の茶葉の香りを味わいながら、贅を凝らした室内を非友好的な視線で眺めまわす。

 黒檀の長椅子も、卓も、衝立も、いずれも豪華絢爛の螺鈿細工で、衝立には貴石や珊瑚を埋め込んだ立体的な天女飛翔図が描かれ、その他にも巨大な翡翠の彫刻や、大きな色絵の花瓶等が部屋のあちこちに配され、これでもかと言うほど華美に装飾された部屋だった。どうしてこんなにゴテゴテと飾りつけるのだろう。この趣味で恭親王の部屋にも口を出してきたのだから呆れる。
 螺鈿細工も手文庫や小箱、あるいは楽器ならばいいが、螺鈿の家具などは彼の趣味ではない。茶器にも派手な金線模様が施されていて、よっぼど光物が好きなのだな、と恭親王はいっそあっぱれな気分になった。

 お茶を二杯飲んで空が大分明るくなったころ、ようやくユリアが部屋に現れた。たたき起こされて慌てて身支度をしたのか、目の下には隈ができて顔色も青白く、化粧の乗りが悪かった。それでも派手な衣装をつけて目一杯香水を振りかけている。
 恭親王はせっかくの繊細な茶の香りを台無しにする匂いに、思わず顔を顰めた。

 ユリアは恭親王の前で優雅に腰をかがめると、取り澄ました顔で挨拶した。
 早朝に前触れもなく訪れた夫は、寝不足なのかやや顔色が悪く、見るからに不機嫌そうな顔で長椅子に長い脚を組み、左手を懐手にして腰かけている。やや崩し気味の着こなしに、また普段はつけないどこか甘い香りと、きつい酒の香りを微かに漂わせて、怒りからかいつもより一層煌めく瞳が妖艶で、ユリアはその醸し出す男の色気にドキリと胸が高鳴った。
 
「このような早朝にお越しいただきまして。先触れは立てていただきたかったのですけれど」
「レイナの部屋にも先触れなどせずに押しかけさせたのであろう。無理矢理部屋に押し入って部屋中滅茶苦茶にしてやってもよかったのだぞ」

 ユリアは夫が自室を訪れた理由が、侍女たちが側室の部屋に行った狼藉を咎めるためと知り、拗ねたように顔をツンと反らし、嘯いた。

「侍女たちが首飾りの在り処を探すのに、焦って少しばかり粗相をいたしましたが、わたくしが命じたわけではございません」

 たまたま気に入りの首飾りが見当たらないと顔を蒼ざめる侍女たちに、そう言えば、さきほど見覚えのない女がこの辺りをうろついていたわね、あれは、もしや北の棟の女の侍女じゃなかったかしら、なんてポツリと呟いたら、それまで女主人の鬱屈に胸を痛めていた乳母と侍女たちが暴走した結果だ。大事になってユリアもまずいとは思っていた。でも、ちょろっと口にしてみただけで、命令したわけじゃない。わたくしのせいじゃないわ。

 予想通りの言い草に、恭親王がぴくりと頬を引きつらせる。

「少しばかりの粗相とな。その押し掛けた侍女どもをこちらに並べろ。全員だ」
「まだ朝早くて……他の仕事もございますし」

    侍女たちの暴走とはいえ、ユリアの溜飲が下がったのも確かだ。褒めるわけにはいかないが、処罰は軽くしてやりたかった。
 侍女たちを庇おうとする気配を見せたユリアに、懐手して肘掛に身を預けていた恭親王が懐から手をぬき、組んでいた足を解いて身を起こした。

「そなたの命に背いて勝手をした侍女どもに、私が代わりに相応の罰をくれてやろうと言うのだ。とっととここに並べろ。今すぐだ」

 切れ長の瞳に激しい怒りの色を浮かべて恭親王がユリアを見て凄むと、ユリアが多少たじろいで口ごもる。

「その、わたくしの監督不行き届きでもございますし、処分はわたくしから……」
「ならぬ!」

 バシっと扇を左手で卓に叩きつけると、螺鈿の卓が真っ二つに裂けてがらんがらんと床に倒れ、卓上の茶器が宙に飛び、床の上で木っ端みじんにくだけた。魔力を腕に込め、怒りに任せて卓を叩きつければ、その程度の威力は出せるのだ。ユリアの背後から新しいお茶を運んできた侍女が、目の当たりにした皇子の常人ならざる怪力に思わず盆を落として悲鳴を上げた。

 ガシャン、ガラン、パリーン

 ユリアも初めて目にする恭親王の本気の怒りに、目を驚愕に見開いて凍り付く。

「早く連れて来い。この扇で不届き者どもの頸をちょん切ってくれる。それともそなたからいくか?」
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