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六竅
14、稀覯本
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「俄かには信じがたいですな。五百年前の宮中蔵書など」
翌日、ゲルフィンを伴って再び骨董街を訪れた恭親王は、手に持った扇で日差しを避けたながら言った。
「でも、本物らしかったよ。本当だったら大変な掘り出し物だ。……それに他の書物も気になるし」
「ネルー家ですか。あそこの道楽息子は確かに相当の目利きだったようですがね。本当に宮中蔵書だとすれば、個人で所蔵するのではなく、国の買い上げになりますよ」
今日、ゲルフィンはいつものモノクルは外して懐に入れ、髪も適度に乱して、目立たないようにしている。ゲルフィンは書画骨董、古書の蒐集を趣味としており、その点でも恭親王と話が合う。未亡人が売ろうとしているらしい古書について、ゲルフィンの協力を求めたのだ。
「ネルー家の借金については調べてくれた?」
「ちょっと入り組んでいて、まだ調べ切れていません。権利関係を複雑にして、操作しているフシがあります。今、トルフィンが財産局に調べに行っていますよ」
ゲルフィンとトルフィンの実家、ゲスト家は、法律・会計関係の官職を世襲する家で、彼らは幼少時から法律と会計をがっつりと仕込まれている。ただ、今回は古書が絡むのと、店主の親父の口ぶりから、若いトルフィン一人では手にあまりそうな予感がしたために、恭親王はゲルフィンをも巻き込むことにしたのだ。書画骨董に目のないゲルフィンは、もちろん二つ返事で付いてきた、というわけだ。
今日、ゾラはネルー家の周辺を探らせているので、骨董街に来たのは二人だけである。文官だがゲルフィンも十分に腕は立つので、普通の賊であれば問題はなかった。
恭親王が店を覗くと、親父がすぐに気づいて店の奥に誘われた。
「奥さんに言いましてね、もう、二冊ばかし預かったんですよ。これがあと十二、三冊はあるそうです」
差し出された書籍を見て、ゲルフィンが即座に目の色を変えた。
「これは……この、紙の手触り、匂い……文字の風格……間違いありませんな!」
心なしか頬を染めて感動に打ち震えるゲルフィンに、ちょっとばかり恭親王は引くのだが、ゲルフィンの方は夢中で本の頁を繰っている。
一通り見終わって、ほうっと息をつくゲルフィンに恭親王は尋ねる。
「で、どうする?」
「本音を言えば個人で買いたいくらいですが、国宝クラスと思えば、宮中図書館で買い上げてもらうのが一番でしょうな。それでしたら、適正価格で買い上げても、誰も文句は言えぬはずです。ただ……このレベルの古書を蒐集していた蒐集家ですから、他にも稀覯本を所蔵しているかもしれませんね。マニアとしてはそのあたりも、見てみたいところです。ネルー家の借金におかしなヒモがついているというのは、少しばかり迷惑ですな」
ゲルフィンは頬骨の高い神経質そうな顔で、しばらく考えていたが、店主に言った。
「こちらの身分は明らかにできないが、その、未亡人に仲介の労を取ってもらい、我々とネルー家で直接交渉し、親父さんには購入価格の一割ほどをネルー家から渡してもらう、というのでどうだろうか?」
「いいでしょう。取り過ぎの気もしますけど、今日にも奥さんに連絡を入れますから、明日にでも直接行ってください」
店主とゲルフィンが握手をして、とりあえずの商談が成立した。
翌日、ゲルフィンを伴って再び骨董街を訪れた恭親王は、手に持った扇で日差しを避けたながら言った。
「でも、本物らしかったよ。本当だったら大変な掘り出し物だ。……それに他の書物も気になるし」
「ネルー家ですか。あそこの道楽息子は確かに相当の目利きだったようですがね。本当に宮中蔵書だとすれば、個人で所蔵するのではなく、国の買い上げになりますよ」
今日、ゲルフィンはいつものモノクルは外して懐に入れ、髪も適度に乱して、目立たないようにしている。ゲルフィンは書画骨董、古書の蒐集を趣味としており、その点でも恭親王と話が合う。未亡人が売ろうとしているらしい古書について、ゲルフィンの協力を求めたのだ。
「ネルー家の借金については調べてくれた?」
「ちょっと入り組んでいて、まだ調べ切れていません。権利関係を複雑にして、操作しているフシがあります。今、トルフィンが財産局に調べに行っていますよ」
ゲルフィンとトルフィンの実家、ゲスト家は、法律・会計関係の官職を世襲する家で、彼らは幼少時から法律と会計をがっつりと仕込まれている。ただ、今回は古書が絡むのと、店主の親父の口ぶりから、若いトルフィン一人では手にあまりそうな予感がしたために、恭親王はゲルフィンをも巻き込むことにしたのだ。書画骨董に目のないゲルフィンは、もちろん二つ返事で付いてきた、というわけだ。
今日、ゾラはネルー家の周辺を探らせているので、骨董街に来たのは二人だけである。文官だがゲルフィンも十分に腕は立つので、普通の賊であれば問題はなかった。
恭親王が店を覗くと、親父がすぐに気づいて店の奥に誘われた。
「奥さんに言いましてね、もう、二冊ばかし預かったんですよ。これがあと十二、三冊はあるそうです」
差し出された書籍を見て、ゲルフィンが即座に目の色を変えた。
「これは……この、紙の手触り、匂い……文字の風格……間違いありませんな!」
心なしか頬を染めて感動に打ち震えるゲルフィンに、ちょっとばかり恭親王は引くのだが、ゲルフィンの方は夢中で本の頁を繰っている。
一通り見終わって、ほうっと息をつくゲルフィンに恭親王は尋ねる。
「で、どうする?」
「本音を言えば個人で買いたいくらいですが、国宝クラスと思えば、宮中図書館で買い上げてもらうのが一番でしょうな。それでしたら、適正価格で買い上げても、誰も文句は言えぬはずです。ただ……このレベルの古書を蒐集していた蒐集家ですから、他にも稀覯本を所蔵しているかもしれませんね。マニアとしてはそのあたりも、見てみたいところです。ネルー家の借金におかしなヒモがついているというのは、少しばかり迷惑ですな」
ゲルフィンは頬骨の高い神経質そうな顔で、しばらく考えていたが、店主に言った。
「こちらの身分は明らかにできないが、その、未亡人に仲介の労を取ってもらい、我々とネルー家で直接交渉し、親父さんには購入価格の一割ほどをネルー家から渡してもらう、というのでどうだろうか?」
「いいでしょう。取り過ぎの気もしますけど、今日にも奥さんに連絡を入れますから、明日にでも直接行ってください」
店主とゲルフィンが握手をして、とりあえずの商談が成立した。
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