130 / 255
五竅
14、戦神降臨
しおりを挟む
(光――夜明け――太陽――)
ふいに、かつて聖地でゴル爺に聞いた話が脳裏に蘇える。
『聖別された武器に、〈陽〉の力を込めるんだ。太陽の光にかざし、『聖典』の祈りを唱える。〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。武器の力と一体になって、斬れば、斬れる』
恭親王の佩剣は、太陽神殿の匠が鍛え、神官長が聖別を加えた剣のはずだ。
恭親王は静かに腰の佩剣を抜くと、それを夜明けの太陽の光にかざした。以前、聖地で師のジュルチに聞いた教えを思い出す。心を無にし、〈陽〉の力をその身に集める。自分の身体に、陽の〈王気〉を巡らせる。細身の剣が太陽の光を浴び、金色に輝いた。
恭親王は剣を顔の正面に構え、『聖典』の祈りを唱える。
「〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。天と陰陽よ、太陽の龍騎士の子孫たる我に力を貸し給え。汝らの栄光のために、これなる陰陽の歪みたる魔物を討伐させ給えよ」
恭親王の構えた剣が、日の光だけでない、異様な輝きに包まれる。恭親王の体内で疼いていたボルゴールの魔力の残滓が、〈陽〉の気によって浄化されていくのがわかる。
恐怖心が、消えた。
「殿下――?」
「ユエリン? 何をする気だ――?」
「殿下、お早く!」
デュクトが恭親王の前に馬を立て、剣を抜いて構える。そこに辮髪をなびかせ、鬼神のような形相で駆けこんでくる裸馬に乗ったボルゴール。
「デュクト、そこをどけ、その魔物を斬る!」
「無理です、お逃げください!」
「大丈夫だ、斬れる! 僕を信じてどけっ!」
「そんなことできるわけありません!」
挑みかかってきたボルゴールの凄まじい一撃、何とか打ち合わせたデュクトはさすがの技量ではあった。だが――。貴種のかなり強い魔力を持つデュクトとはいえ、所詮、魔物の憑依したボルゴールの剛力には敵わない。剣を弾き飛ばされ、返す刀で袈裟懸けに切り捨てられる。
「デュクト――!」
目の前で鮮血をまき散らして頽れる正傅を前に、だが、恭親王の集中は途切れなかった。
光を纏った剣を正眼に構え、もう一度、唱える。
「〈聖なる光よ、わが身に満ちよ――〉、ボルゴール、覚悟!」
その刹那、恭親王の剣だけでなく、その身体全体が金色の光に包まれた。〈王気〉を視る力のある者には、それが一匹の黄金の龍に見えたであろう。
ボルゴールの振り下ろす渾身の剣をするりと避け、そのまま光輝く剣をボルゴールに振り下ろす。
ボルゴールの身体を凄まじい光が切り裂いていく。
「ぐわあああああっ」
耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びをあげて、光の中でボルゴールが弾け飛んだ。その中から陽炎のように巨大な灰色の狼が現れ、一瞬で飛散した。
「ああああああああああっ」
「魔狼……」
ボルゴールの中に巣食う魔狼を切り捨て、血に濡れた剣を夜明けの光にかざす。
光を弾く剣が馬上の少年の姿を浮かび上がらせる。
魔物が抜け落ちたボルゴールの肉体は、そのまま地に崩れ、急速に老いて崩壊していく。
ユエリン、すげぇ! 魔物を斬った…!」
ボルゴールの背後から馬を駆って走り寄ってきた廉郡王が叫ぶ。
「魔狼は討伐された! 魔物を信奉する異教徒どもは皆殺しにしろ!」
朝日の中、太陽の光を浴びて眩く光る剣をかざし、恭親王が叫ぶ。
それに呼応して、廉郡王も剣を抜き、頭上にかざす。
「討伐しろ! ベルンの北の蛮族ども、すべて薙ぎ払え!」
ベルンの北岸で、かつてないほどの殺戮が行われ、残ったベルンチャ族は一掃された。また南岸でも、騎士団長パーヴェルとジームらの率いる二千騎が、二匹の魔物が憑依したヨロ族とマンチュ族の族長を切り捨て、ここにベルンの北に隆盛を極めた遊牧民族は壊滅し、ベルンチャ族、ヨロ族、マンチュ族の戦士は全て地に臥した。立っているのは帝国側の騎士のみ。その中に黒い鷹を肩に止まらせた年若い皇子が抜き身の剣を下げたまま佇む。
東の帝国第七百三十二代皇帝シェンヤンの治世四十六年正月、ベルン河畔の戦い。
――後に、味方からは〈戦神〉と讃えられ、敵からは〈狂王〉と恐れられる恭親王の、初陣であった。
ふいに、かつて聖地でゴル爺に聞いた話が脳裏に蘇える。
『聖別された武器に、〈陽〉の力を込めるんだ。太陽の光にかざし、『聖典』の祈りを唱える。〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。武器の力と一体になって、斬れば、斬れる』
恭親王の佩剣は、太陽神殿の匠が鍛え、神官長が聖別を加えた剣のはずだ。
恭親王は静かに腰の佩剣を抜くと、それを夜明けの太陽の光にかざした。以前、聖地で師のジュルチに聞いた教えを思い出す。心を無にし、〈陽〉の力をその身に集める。自分の身体に、陽の〈王気〉を巡らせる。細身の剣が太陽の光を浴び、金色に輝いた。
恭親王は剣を顔の正面に構え、『聖典』の祈りを唱える。
「〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。天と陰陽よ、太陽の龍騎士の子孫たる我に力を貸し給え。汝らの栄光のために、これなる陰陽の歪みたる魔物を討伐させ給えよ」
恭親王の構えた剣が、日の光だけでない、異様な輝きに包まれる。恭親王の体内で疼いていたボルゴールの魔力の残滓が、〈陽〉の気によって浄化されていくのがわかる。
恐怖心が、消えた。
「殿下――?」
「ユエリン? 何をする気だ――?」
「殿下、お早く!」
デュクトが恭親王の前に馬を立て、剣を抜いて構える。そこに辮髪をなびかせ、鬼神のような形相で駆けこんでくる裸馬に乗ったボルゴール。
「デュクト、そこをどけ、その魔物を斬る!」
「無理です、お逃げください!」
「大丈夫だ、斬れる! 僕を信じてどけっ!」
「そんなことできるわけありません!」
挑みかかってきたボルゴールの凄まじい一撃、何とか打ち合わせたデュクトはさすがの技量ではあった。だが――。貴種のかなり強い魔力を持つデュクトとはいえ、所詮、魔物の憑依したボルゴールの剛力には敵わない。剣を弾き飛ばされ、返す刀で袈裟懸けに切り捨てられる。
「デュクト――!」
目の前で鮮血をまき散らして頽れる正傅を前に、だが、恭親王の集中は途切れなかった。
光を纏った剣を正眼に構え、もう一度、唱える。
「〈聖なる光よ、わが身に満ちよ――〉、ボルゴール、覚悟!」
その刹那、恭親王の剣だけでなく、その身体全体が金色の光に包まれた。〈王気〉を視る力のある者には、それが一匹の黄金の龍に見えたであろう。
ボルゴールの振り下ろす渾身の剣をするりと避け、そのまま光輝く剣をボルゴールに振り下ろす。
ボルゴールの身体を凄まじい光が切り裂いていく。
「ぐわあああああっ」
耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びをあげて、光の中でボルゴールが弾け飛んだ。その中から陽炎のように巨大な灰色の狼が現れ、一瞬で飛散した。
「ああああああああああっ」
「魔狼……」
ボルゴールの中に巣食う魔狼を切り捨て、血に濡れた剣を夜明けの光にかざす。
光を弾く剣が馬上の少年の姿を浮かび上がらせる。
魔物が抜け落ちたボルゴールの肉体は、そのまま地に崩れ、急速に老いて崩壊していく。
ユエリン、すげぇ! 魔物を斬った…!」
ボルゴールの背後から馬を駆って走り寄ってきた廉郡王が叫ぶ。
「魔狼は討伐された! 魔物を信奉する異教徒どもは皆殺しにしろ!」
朝日の中、太陽の光を浴びて眩く光る剣をかざし、恭親王が叫ぶ。
それに呼応して、廉郡王も剣を抜き、頭上にかざす。
「討伐しろ! ベルンの北の蛮族ども、すべて薙ぎ払え!」
ベルンの北岸で、かつてないほどの殺戮が行われ、残ったベルンチャ族は一掃された。また南岸でも、騎士団長パーヴェルとジームらの率いる二千騎が、二匹の魔物が憑依したヨロ族とマンチュ族の族長を切り捨て、ここにベルンの北に隆盛を極めた遊牧民族は壊滅し、ベルンチャ族、ヨロ族、マンチュ族の戦士は全て地に臥した。立っているのは帝国側の騎士のみ。その中に黒い鷹を肩に止まらせた年若い皇子が抜き身の剣を下げたまま佇む。
東の帝国第七百三十二代皇帝シェンヤンの治世四十六年正月、ベルン河畔の戦い。
――後に、味方からは〈戦神〉と讃えられ、敵からは〈狂王〉と恐れられる恭親王の、初陣であった。
11
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる