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五竅
1、狂乱の夜が明けて
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狂乱の儀式の間、皇子の配下の者は一つの天幕に押し込められ、外に出ることも禁じられた。どうやら何かが行われているらしいが、皇子の天幕にも近づけない。他の二部族の長がやってきたことと、関係があるのか。
イライラと天幕の中を歩き回るデュクトを、ゲルが窘める。天幕内の不穏な空気を感じているのか、恭親王から預かっている鷹のエールライヒが、止まり木の上でバサバサと落ち着かない羽ばたきを繰り返している。
「いい加減にしないか。ここで歩き回ったところでどうにもならん」
「わかっているが……!」
ジーノが、成郡王の衣服を繕いながら、静かに言った。
「もはや、どうにもなりませぬ。我らの軽挙妄動が、殿下方を危険にさらすやもしれぬ。落ち着かれよ、デュクトどの」
二人から言われ、デュクトは渋々円座にどすんと腰を下ろす。両膝を掌できつく握りしめていると、小用に行くフリをして、周囲を探りに出ていたゾラが帰ってきた。
「どうだった」
ゾーイが尋ねると、ゾラは首を振る。
「どうにも奇妙っすよ。三部族の長が集まって宴会ってわりには、女たちがみんな外にいるんすよ。料理を運び入れている様子もないし。宴会っつーより、秘密の儀式みたいっすね。気味が悪いっす」
ゾラの報告に、ゲルが顎に手を当てて考える。
「ここらの民族は、正月の年越しには、狼神とやらに生贄を捧げる儀式をするらしいが……」
「生贄……」
なんとも不吉な響きにぞっとする。ゾーイは思わず、懐に隠した恭親王より預かった小箱を握りしめる。
しばらくして、質素な食事が天幕に運び入れられてきた。カラカラに焼いたパンと、干し肉、塩と野菜くずだけの湯。皆が黙々と食事をしていると、天幕の奥に気配が動き、ゾーイがはっとした。
「……カイトか?」
デュクトも気配に気づいたのか、天幕の奥の暗がりに問いかける。
「デュクト様。落ち着いて聞いてください。皇子たちが……」
カイトのひそやかな声が聞こえる。
「天幕に連れていかれ、忌まわしい儀式の犠牲になっています。……命に、別状はないでしょうが」
「どういうことだ?」
デュクトの声が厳しくなる。
「……〈陽〉の〈王気〉を狼神に捧げると称して、族長たちに凌辱されています」
ジーノと、肅郡王の侍従武官バードが息を飲んだ。
「貴様、それをただ指を咥えて見ていたのか!」
ゾーイが激昂してカイトに殴りかかろうとするのを、デュクトが制する。
「……助けられそうもないのか?」
「天幕の周囲を二百名の兵士が囲んでいて、中には三人の部族長と、部族の主だったものたちが百余名。斬り結んだとしてもどうにもなりません。……命に関わるようなことでしたら、我らも命を張る。だが……」
言い淀むカイトに、デュクトが首を振った。
「わかった……すぐ戻り、命の危険がないかだけ、確認してくれ」
「承知」
カイトの気配はすぐに消えた。
デュクトは、頭を抱える。
「なぜ、このようなことに……だから最初から、斬り結んででも逃げようと……」
「無理っすよ。この野営地だけで二千人以上の敵兵がいるっすよ。十三人で馬も無しにどうやって逃げるっすか!」
ゾラが反論する。だがデュクトの苦悩は止まなかった。
「……今すぐ、天幕に乗り込んでぶち殺してやるっ!」
「待て、デュクト、そのようなことをすれば、奴等の思うつぼだ。なぜ、武器も取り上げられずにいると思うのだ」
ゲルがデュクトを止めるが、すでに目を血走らせたデュクトは聞こうとしない。
「ですが、これでは、まるで主たる皇子たちを生贄に、我々が自分たちの安全を図っているように見えます。これ以上は耐えられません」
肅郡王の侍従武官であるバードが苦悩に歪んだ顔で訴える。それは、この場にいる全ての者が思うことだ。
「恭親王殿下は……無駄にあがくよりも機会を待てと仰せられた。帝都と直接に交渉が始まれば、その隙も生まれようと……」
ゾーイが、腸が千切れるほどの怒りを感じながら、押し殺した声で言った。
「今ここで暴れても、おそらくは我ら全員が討ち果たされて終わりだ。そうなったら、誰が殿下方を救けて帝都にお連れするのだ。今は辛いが……耐えるしか……」
結局、この夜、侍従たちは一睡もできぬまま、その年の最初の太陽を拝むことになる。
翌朝、午近くになって、ようやく彼ら主従の対面が許された。
ボロボロになるまで嬲られ続けた三人の皇子たちを、側近たちは懸命に介抱しようとしたが――。
「や、いや……さ、さわる、な……やだ、怖い、怖い……」
「マルイン、大丈夫だよ、バードだよ、きみの侍従の」
身体の大きな若い男に恐怖心を植え付けられた肅郡王は、侍従武官のバードに触れられることを拒み、ただ恭親王に抱き着いて泣き続けた。
バードは主に拒まれて衝撃を受けていたが、恭親王はまだ若いトルフィンと、老齢のジーノであれば肅郡王も恐れないことに気づき、二人に世話を命ずる。
身体を清め、簡単な食事を取ると、恭親王は少し頭が冷静になってきた。他の二人はやはり初めての経験ということもあり、食欲もなさそうではあったが、温かい湯だけでもと強いて食べさせる。
三人でいつものように褥に寄り添いあい、見張りの聖騎士以外は下がらせて、眠ることにした。
成郡王と肅郡王は発熱して怠そうだが、問題は、二人の魔力が枯渇しかかっていることであった。
(あの二人も、魔物なのだろうか――)
恭親王は肅郡王を抱きしめて額に口づけると、そこから自身の魔力を送り込む。恭親王の魔力とて大分吸われているのだが、もとの量が段違いなので、多少怠いという程度で済んでいた。しばらくそうして、肅郡王に魔力を補給すると毛布をかけて休ませ、ついで成郡王にも同様に魔力を補給する。さすがに二人に魔力を分け与えると恭親王もフラフラになったが、それでも一晩眠ればかなり回復するはずだ。
どれくらいの時がたったのか。
目を閉じてウトウトしていた恭親王は、ゆさゆさと揺さぶられて起こされた。
「ユエリン、起きて、ねえ、ユエリン!」
「何?……アイリン、もう少し、寝かせて……」
目を擦っている恭親王に、成郡王が言った。
「マルインがいないんだ!」
「ええっ?」
イライラと天幕の中を歩き回るデュクトを、ゲルが窘める。天幕内の不穏な空気を感じているのか、恭親王から預かっている鷹のエールライヒが、止まり木の上でバサバサと落ち着かない羽ばたきを繰り返している。
「いい加減にしないか。ここで歩き回ったところでどうにもならん」
「わかっているが……!」
ジーノが、成郡王の衣服を繕いながら、静かに言った。
「もはや、どうにもなりませぬ。我らの軽挙妄動が、殿下方を危険にさらすやもしれぬ。落ち着かれよ、デュクトどの」
二人から言われ、デュクトは渋々円座にどすんと腰を下ろす。両膝を掌できつく握りしめていると、小用に行くフリをして、周囲を探りに出ていたゾラが帰ってきた。
「どうだった」
ゾーイが尋ねると、ゾラは首を振る。
「どうにも奇妙っすよ。三部族の長が集まって宴会ってわりには、女たちがみんな外にいるんすよ。料理を運び入れている様子もないし。宴会っつーより、秘密の儀式みたいっすね。気味が悪いっす」
ゾラの報告に、ゲルが顎に手を当てて考える。
「ここらの民族は、正月の年越しには、狼神とやらに生贄を捧げる儀式をするらしいが……」
「生贄……」
なんとも不吉な響きにぞっとする。ゾーイは思わず、懐に隠した恭親王より預かった小箱を握りしめる。
しばらくして、質素な食事が天幕に運び入れられてきた。カラカラに焼いたパンと、干し肉、塩と野菜くずだけの湯。皆が黙々と食事をしていると、天幕の奥に気配が動き、ゾーイがはっとした。
「……カイトか?」
デュクトも気配に気づいたのか、天幕の奥の暗がりに問いかける。
「デュクト様。落ち着いて聞いてください。皇子たちが……」
カイトのひそやかな声が聞こえる。
「天幕に連れていかれ、忌まわしい儀式の犠牲になっています。……命に、別状はないでしょうが」
「どういうことだ?」
デュクトの声が厳しくなる。
「……〈陽〉の〈王気〉を狼神に捧げると称して、族長たちに凌辱されています」
ジーノと、肅郡王の侍従武官バードが息を飲んだ。
「貴様、それをただ指を咥えて見ていたのか!」
ゾーイが激昂してカイトに殴りかかろうとするのを、デュクトが制する。
「……助けられそうもないのか?」
「天幕の周囲を二百名の兵士が囲んでいて、中には三人の部族長と、部族の主だったものたちが百余名。斬り結んだとしてもどうにもなりません。……命に関わるようなことでしたら、我らも命を張る。だが……」
言い淀むカイトに、デュクトが首を振った。
「わかった……すぐ戻り、命の危険がないかだけ、確認してくれ」
「承知」
カイトの気配はすぐに消えた。
デュクトは、頭を抱える。
「なぜ、このようなことに……だから最初から、斬り結んででも逃げようと……」
「無理っすよ。この野営地だけで二千人以上の敵兵がいるっすよ。十三人で馬も無しにどうやって逃げるっすか!」
ゾラが反論する。だがデュクトの苦悩は止まなかった。
「……今すぐ、天幕に乗り込んでぶち殺してやるっ!」
「待て、デュクト、そのようなことをすれば、奴等の思うつぼだ。なぜ、武器も取り上げられずにいると思うのだ」
ゲルがデュクトを止めるが、すでに目を血走らせたデュクトは聞こうとしない。
「ですが、これでは、まるで主たる皇子たちを生贄に、我々が自分たちの安全を図っているように見えます。これ以上は耐えられません」
肅郡王の侍従武官であるバードが苦悩に歪んだ顔で訴える。それは、この場にいる全ての者が思うことだ。
「恭親王殿下は……無駄にあがくよりも機会を待てと仰せられた。帝都と直接に交渉が始まれば、その隙も生まれようと……」
ゾーイが、腸が千切れるほどの怒りを感じながら、押し殺した声で言った。
「今ここで暴れても、おそらくは我ら全員が討ち果たされて終わりだ。そうなったら、誰が殿下方を救けて帝都にお連れするのだ。今は辛いが……耐えるしか……」
結局、この夜、侍従たちは一睡もできぬまま、その年の最初の太陽を拝むことになる。
翌朝、午近くになって、ようやく彼ら主従の対面が許された。
ボロボロになるまで嬲られ続けた三人の皇子たちを、側近たちは懸命に介抱しようとしたが――。
「や、いや……さ、さわる、な……やだ、怖い、怖い……」
「マルイン、大丈夫だよ、バードだよ、きみの侍従の」
身体の大きな若い男に恐怖心を植え付けられた肅郡王は、侍従武官のバードに触れられることを拒み、ただ恭親王に抱き着いて泣き続けた。
バードは主に拒まれて衝撃を受けていたが、恭親王はまだ若いトルフィンと、老齢のジーノであれば肅郡王も恐れないことに気づき、二人に世話を命ずる。
身体を清め、簡単な食事を取ると、恭親王は少し頭が冷静になってきた。他の二人はやはり初めての経験ということもあり、食欲もなさそうではあったが、温かい湯だけでもと強いて食べさせる。
三人でいつものように褥に寄り添いあい、見張りの聖騎士以外は下がらせて、眠ることにした。
成郡王と肅郡王は発熱して怠そうだが、問題は、二人の魔力が枯渇しかかっていることであった。
(あの二人も、魔物なのだろうか――)
恭親王は肅郡王を抱きしめて額に口づけると、そこから自身の魔力を送り込む。恭親王の魔力とて大分吸われているのだが、もとの量が段違いなので、多少怠いという程度で済んでいた。しばらくそうして、肅郡王に魔力を補給すると毛布をかけて休ませ、ついで成郡王にも同様に魔力を補給する。さすがに二人に魔力を分け与えると恭親王もフラフラになったが、それでも一晩眠ればかなり回復するはずだ。
どれくらいの時がたったのか。
目を閉じてウトウトしていた恭親王は、ゆさゆさと揺さぶられて起こされた。
「ユエリン、起きて、ねえ、ユエリン!」
「何?……アイリン、もう少し、寝かせて……」
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