【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

21、愛か執着か

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 宴会がお開きに近づくと、一組、また一組と、士官たちは気に入った妓の肩を抱いて個室にしけこんでいく。予め打ち合わせて、側近たちは交代で妓女を抱きに行くことにしていた。いかに息抜きとはいえ、皇子たちを放っておくことはできないからだ。まず若いゾラとトルフィンに先を譲り、さらに後半の監督者ということもあって、先にゲルが個室に上がっている。学者肌のゲルは色事に淡泊で、すぐに戻ってくるのも計算の上だ。

 デュクトはゾーイ、ゲルフィンと砦の士官であるミシェルの四人で、一人の妓女を相手に飲んでいたが、内心、露台の恭親王と成郡王が気がかりで心ここにあらずであった。それでも用心深く、廉郡王、肅郡王とダヤン皇子にも気を配らねばならない。肅郡王の侍従武官のバードは別の砦の士官らと飲んでいて、酒に弱い成郡王の傅役ジーノは、廉郡王の傅役であるゼクトやエルドらとちょっと飲んだだけで、すでに顔が真っ赤である。これは見張りの役には立ちそうもないと、ゼクトはすでにジーノを見張り番の数から外していた。
 こういう時、皇子五人というのはどうしても負担である。

 廉郡王、肅郡王とダヤン皇子は、石楠花シャクナゲと夕顔、恭親王に振られて泣いていた雛菊ヒナギクの三人でずっとゲームをして騒いでいる。彼ら三人も自分たちの精がどういう毒性を持っているかくどいほど言われているので、抜け出して妓女たちを抱こうとは思わないようだ。しかし三か月もの砦の生活を、どうやって禁欲していくのだろうか。ゾーイはふと気になって、ゲルフィンに尋ねた。

「殿下がたは皆、大人しく酒とおしゃべりだけで我慢してくれているが……その、三か月も、持つのか?」

 何しろ後宮にいる間は、秀女を抱き放題な生活だ。男しかいないこんな砦で、落差が激しすぎないか。ゲルフィンが苦笑した。

「最初の一か月は我慢させることになっているんだ。毎年の巡検も一か月だからな。自己処理を憶えさせるのも大事なことだ。……ただし、三か月丸々我慢させて、暴走されたら困るから、獣人を手配済みだ」
「獣人?」
「蛇の獣人が一番具合がいいのだが、寒さに弱くてな。寒冷地では、狗か、猫か。この辺の奥地には狼の獣人がいるんだ」

 ゾーイは思わず眉を顰める。皇族が性的奴隷として獣人を囲うのは知っていたが、ゾーイ自身はそういうものに嫌悪感がある。そもそもが、奴隷を性のはけ口にすることが許せない。

「まあ、お前は潔癖な性格だから我慢ならないかもしれないが、これは必要悪だ。このあたりには殿下たちに相応しい女なんかいないだろう。迂闊な女と深い関係になれば、殿下の心にも傷を残す。それは避けねばならぬ」

 砦の士官や妓女の耳もあるのでゲルフィンは言葉を濁しているが、要するに、このあたりには皇族の精に耐えられるような人間の女はおらず、下手に交接すれば女の命に関わり、それが皇子の心をも傷つけるということだ。

 それはデュクトもゾーイも身に染みていた。カリンの一件が恭親王に与えた傷はおそらく一生消えまい。表向き何事もないように振る舞っているが、あれ以来、ゾーイは主の心からの笑顔を見ていない。

 ふいに、ゲルフィンがゾーイの脇を肘でつついて、面白そうに言う。

「殿下たち、あの山猿がお気に召したみたいだぞ」
「まさか!」

 いかにも食い詰めて田舎から売られてきたという風情の女に、皇宮の美女を見慣れた皇子の食指が動くはずがない、と誰もが思っていた。しかし、恭親王と成郡王は少女を自分たちのマントに抱き込んで、三人で身体を寄せ合って話している。しかも時々、恭親王の顔が少女の顔にくっついている。

 驚愕の眼で欄干の三人を見つめるゾーイに、デュクトが苦々し気に言う。

「殿下はああいう女に弱い。一目見たときにやばいと思ったのだ」
「山猿が好みなのか?」

 おちょくるように言うゲルフィンに、デュクトが言う。

「そうではなく、素朴で無垢なのが好みなのだ。成郡王殿下も、大人しめの女に騙されやすいし。……ああいうタイプは後宮には絶対いないから、後宮の秀女たちに興味がもてなくても仕方ないかもしれぬ」

 恭親王はまだ、特にお気に入りの秀女というのはいなかった。成郡王は一人の秀女しか置いていないが、以前の石竹セキチクに対するほどの執着は見せていない。

 酒が切れたところで女に取りにやらせ、男だけになった時に、ミシェルが口を開いた。

「あの……妹のことなのですが……」

 何か思い詰めたような雰囲気を感じて、ゾーイがミシェルを促す。

「何か気になることがあるのか?」
「はい。……実は、あの後、ソルバン家を通じて、順親王殿下より内々に使いが参りまして」

 辺境のフランザ子爵令息であるミシェルの上の妹は帝都の十二貴嬪家の一つ、ソルバン家の次男のユルゲンの側室となっている。ユルゲンは順親王の侍従武官である。

「順親王殿下が、ご結婚して帝都に邸を構えられた後には、必ずや側室として迎えたいから、後宮より御褥おしとね下がりをして帝都のソルバン家で過ごせ、と」
「何だと……」
 
 ゲルフィンが眉を顰める。ミシェルの三番目の妹は宮中に出仕して秀女・槐花エンジュとして肅郡王の宮にいる。もともとは順親王の宮に仕えていたが、離宮行幸の折に秀女仲間からの苛めが発覚して、宮下がりし、肅郡王の宮に移ったのだ。

「まだ、未練があると申すのか?」
「はい……。ラバ家のご令嬢とのご結婚が決まり、母上の淑妃様のご意向もあり、ご結婚するまでは側室を置けぬとのことで、妹の宮下がりにも同意なさいましたが、本当は手放すつもりはなかったと……」

 皇子が結婚により後宮外の独立の邸に移るときは、秀女は全て儲秀宮ちょしゅうきゅうに返さねばならない。結婚後も、母の宮に秀女を置くことは可能ではあるが、結婚前からの秀女をそのまま置くことは許されず、気に入りの秀女を結婚後も手許に置く場合は正式な側室に上げなければならない。それは正室となる十二貴嬪家の令嬢に対する後宮のケジメでもあり、最低限の礼儀でもあった。ただ、令嬢は側室を忌むことが多く、皇子としても遠慮があり、結婚前にはなかなか側室を置きにくい。

 要するに順親王の言いざまは、独立後に槐花エンジュを側室として迎えるために、今は槐花を後宮から下がらせよというものだ。無理を言って後宮に入れたくせに、今度は自分の都合で後宮を出ろと言うのである。

 順親王のあまりの身勝手な言いざまに、ゲルフィンが呆れる。

「現在、肅郡王殿下の宮で、ご寵愛も深い。肅郡王殿下がお手放しにはなるまい」
「はい……ですが、妹の方から御褥下がりを申し出れば、肅郡王殿下は無茶は言うまいと……」

 ゾーイは怒りで目の奥が熱くなった。淑妃の子で親王である順親王がその威光をちらつかせれば、皇太子の子とはいえ、身分の低い良娣の子で父親からもほとんど無視されている肅郡王は、逆らえないだろうと言うのだ。

「なんと恥知らずな……」

 ゲルフィンもまた、いたく気分を害したようである。彼の主は廉郡王ではあるが、肅郡王の面倒も幼少時からずっと見てきたのである。大切な主家の皇子であることに、違いはない。

「実は……ユルゲン様よりも我が父宛てに手紙が参りまして……姉ルーナの立場のことも考えて、妹のレイナに御褥下がりを申し出るようにと」
「だが、今年入宮したばかりではないか。三年以内の御褥下がりは、支度金の返還が必要のはずだ」

 デュクトが口を挟む。さすがに、デュクトはその辺りの規則について、よく押さえている。
 
「はい……その支度金については、ユルゲン様が何とかすると……」
「最悪だな。ユルゲンと申す男は、どこまで無能なのだ」

 おそらく槐花を手放さざるを得なくなったことで、順親王からユルゲンに対し、かなりの圧力がかけられたのだろう。それを、諌めるでもなく、力の弱い辺境の子爵家を脅して皇子の我儘を叶えようとするなど、言語道断である。

「そもそも……ここだけの話だが、妹御は順親王殿下より虐待を受けていた疑いがあるのだ」
「虐待……でございますか? ユルゲン様のお話では、非常にご寵愛が深かったと……」

 ミシェルが驚愕の目を見開く。

「あれが寵愛かどうかは、特殊な性癖に属する故、俺には分からぬ。だが日常的に手首を拘束された状態で、力づくで交接に及んでいたとの、宦官の証言が得られた。それ故に、皇后陛下の権限で、槐花は秋成宮からの宮下がりが可能になったのだ。最後まで、順親王殿下は抵抗しておられたから、ひどく執着しておられるのは間違いない」

 デュクトの言葉に、ミシェルが顔色を失う。よもやそんな目にあわされていたとは、思ってもみなかったのだ。

「肅郡王殿下が手を挙げなければ、俺は恭親王殿下の宮に入れるつもりだったのだ。殿下は女に興味がない代わりに、虐待だけはしないからな」

 デュクトが言う。

「ソルバン家がどこまで絡んでいるかは知らぬが、ユルゲンの甘言には乗らぬ方がよかろう。あれは、おそらく自分の愛妾を守るためならば、平気で妹を生贄に差し出すぞ。離宮行幸までは、後宮の中のことゆえ知らなかったと言えても、今更、実態を知らぬとは言わせぬ。妹御はこのまま肅郡王殿下の宮に置いておく方がよい。下手に後宮を出れば、一生、順親王殿下の邸に監禁されるぞ」
「まさかそんな……」

 ミシェルは蒼白な唇を震わせた。

「例えば……レイナの御褥下がりを拒んだ場合、今度は姉のルーナが……ということは……」
「ユルゲンとしてはそれを恐れているから、必死なのだろうな。だが、不幸になるとわかっているのに、妹を生贄に差し出すのか? 姉とてそんなことは望んではおるまい。姉を守るのはユルゲンの役目だ。妹は、おぬしら家族が守ってやらねばどうする」

 項垂れるミシェルをみながら、ゾーイが不快げに杯を飲み干す。
 脳裏には離宮で見かけた、可憐で理知的な秀女の姿が浮かんでいた。
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