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二竅
13、デュクトの帰還
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「簡単なことです。媚薬を使えばよいのです」
デュクトは何でもないことのように言った。
賢親王も、ゲルも、メイローズも驚いて目を瞠る。
「要するにあまり欲がないのでございましょう。そういう性質の方には、とにかく一度行為をさせてしまえばいいのです」
「しかし、体の方に問題はおきぬのか?」
賢親王の懸念ももっともだ。
「ごく軽いものでございますし、すぐに解消されますから、問題はございませんよ。……普通、この年頃の皇子は皆、性に対する好奇心が旺盛ですから、そんな薬を使う必要はないのですが、殿下はやはり、過度に潔癖でいらっしゃいますから」
ゲルは反対だったが、「まあ、やってみよ」という賢親王の一言で、デュクトの案が採用された。
デュクトの復帰を、当然ながらシウリンは喜ばなかった。
約一年ぶりに見るデュクトは少し痩せていて、何か憑き物が落ちたみたいな表情をしていたが、シウリンはそんなデュクトにも警戒を怠らない。何故この時期にデュクトが復帰したのか、シウリンには予想がついたからだ。
ブランクなどなかったかのように、デュクトはその端正なマスクに前と同じ苦み走った笑みを浮かべ、シウリンに挨拶した。
「長いことお暇を頂戴して、俺もいろいろと考える時間をいただきました。今後は、その分を埋めるくらいの忠誠で、殿下にお仕え申し上げたいと思います」
心なしか以前より愛想がいい。シウリンは不気味さしか感じなかった。
「別に帰ってこなくてよかったのに……はっきり言うけど、僕、やっぱりお前嫌いだ」
シウリンが少女のように赤い唇を尖らせると、デュクトは膝を突いたままシウリンを見上げ、苦み走った顔を歪めて笑う。
「ハッキリ言いますね。どれだけ嫌われても、俺の忠誠は変わりません」
「勝手にして。でももう、肉ばっかり喰わせるのはやめてよね」
「わかっています。しばらく見ないうちに、殿下も背が伸びて、すっかり健康そうになられました」
デュクトは目を細めて言った。
正傅が、一年近く皇子のもとを離れるなど、異例のことであった。しかも、新たに就任した文武の侍従官の選任に関係していないというのは、通例ではあり得ない。本来であれば侍従官の任用は、皇子(もしくは後見の母親など)と正副の傅役の相談の上で決定されるからだ。デュクトはゲルとともに練武場まで出向き、メイガンやゾーイ、ゾラ、トルフィンらと初めて対面した。正副の傅役であるデュクトとゲル以外は、後宮内にある鴛鴦宮のシウリンの部屋には入れないからだ。
デュクトさすがは十二貴嬪家の嫡流といった落ち着いた振る舞いで、自分の留守中に皇子の武芸指南を行っていた侍従たちに挨拶をする。
「殿下がすっかり逞しくなられていて、驚きました。マフ家のメイガン殿とゾーイ殿が指南役を引き受けてくださったとは神殿でも聞いていましたので、とてもホっとしていたのです。魔力制御に関しても、うまくいっているようですね」
「殿下は大変筋がよろしいし、何より真面目で勤勉でいらっしゃる。とても教えやすい弟子で、わしも指南が楽しい」
メイガンが年長者の貫禄でにこやかに対応する。ゾラは無口なフリをして立っている。口をきかないという選択は正解だとゾーイも思った。いずれはバレるであろうが、ゾラの言葉遣いを聞いた時、このいかにも堅物そうな正傅が果たしてどうでるか、とゾーイとて気が気ではない。ゾラは黙ってさえれば、いかにも名門出身の子弟といった端正な外見をしているのだが、言葉遣いだけでなく、女癖まで悪いのだ。
ゾーイが目線で「ぼろを出すなよ」とにらみつけると、ゾラは片目をぱちっと瞑ってみせた。
もう一人の、侍従文官であるトルフィンはまだ十六歳、名門ゲスト家の出で、普段は愛想のいいお調子者でもある。だが、あの厳しいゲルフィンが可愛がっているだけあって、さすがの外面の良さでデュクトをいなし、書類の受け渡し等について、如才なく打ち合わせていた。
ふと、ゾーイがシウリンを見ると、ものすごく嫌そうな顔でデュクトを見ていた。
(本当に、気が合わないのだな……)
ある意味、皇子が露骨に好悪の感情をだすことは滅多にない。最近、この主に元気がないように見えることと、正傅の復帰は何か関係があるのだろうか、とゾーイは考えた。
それから、デュクトは稽古の様子を食い入るように見ていた。ゾーイは値踏みされているような気がして不快ではあったが、この男とうまくやれなければ、皇子の侍従は務まらない。極力いつも通りに稽古を終える。
が、その後にいつもと同様に風呂に入ろうとした時、デュクトが血相を変えた。
「まさか、殿下もご一緒に入っているのか?」
「ええ、怪我や打ち身がないか、確認しなければなりませんからね」
「しかし、それは……」
「稽古の後で主従ともに風呂に入るのは騎士団の習いですよ」
ゾーイが言うと、デュクトは不快げに眉を顰める。
「ここは騎士団ではない。殿下と一緒にご入浴など、不敬ではないか」
「別に僕は気にしていないし、早く汗を流したいんだけれど」
シウリンが困惑したようにデュクトに言う。
「相変わらず堅苦しいね、デュクトは。神殿で反省してきたんじゃなかったの?」
シウリンに押し切られ、デュクトは相当に渋っていたが、
「ずっと一緒に入ってきたんだよ、不敬だのなんだの、今更だよ」
というシウリンのひとことで、デュクトは渋々、入浴を認めた。稽古に参加していないデュクトは一緒に風呂に入るわけにもいかず、脱衣場に消えていく主従を苦々し気に睨んでいた。その瞳が嫉妬と情欲にぎらついているのを、誰も気づかなかった。
デュクトは何でもないことのように言った。
賢親王も、ゲルも、メイローズも驚いて目を瞠る。
「要するにあまり欲がないのでございましょう。そういう性質の方には、とにかく一度行為をさせてしまえばいいのです」
「しかし、体の方に問題はおきぬのか?」
賢親王の懸念ももっともだ。
「ごく軽いものでございますし、すぐに解消されますから、問題はございませんよ。……普通、この年頃の皇子は皆、性に対する好奇心が旺盛ですから、そんな薬を使う必要はないのですが、殿下はやはり、過度に潔癖でいらっしゃいますから」
ゲルは反対だったが、「まあ、やってみよ」という賢親王の一言で、デュクトの案が採用された。
デュクトの復帰を、当然ながらシウリンは喜ばなかった。
約一年ぶりに見るデュクトは少し痩せていて、何か憑き物が落ちたみたいな表情をしていたが、シウリンはそんなデュクトにも警戒を怠らない。何故この時期にデュクトが復帰したのか、シウリンには予想がついたからだ。
ブランクなどなかったかのように、デュクトはその端正なマスクに前と同じ苦み走った笑みを浮かべ、シウリンに挨拶した。
「長いことお暇を頂戴して、俺もいろいろと考える時間をいただきました。今後は、その分を埋めるくらいの忠誠で、殿下にお仕え申し上げたいと思います」
心なしか以前より愛想がいい。シウリンは不気味さしか感じなかった。
「別に帰ってこなくてよかったのに……はっきり言うけど、僕、やっぱりお前嫌いだ」
シウリンが少女のように赤い唇を尖らせると、デュクトは膝を突いたままシウリンを見上げ、苦み走った顔を歪めて笑う。
「ハッキリ言いますね。どれだけ嫌われても、俺の忠誠は変わりません」
「勝手にして。でももう、肉ばっかり喰わせるのはやめてよね」
「わかっています。しばらく見ないうちに、殿下も背が伸びて、すっかり健康そうになられました」
デュクトは目を細めて言った。
正傅が、一年近く皇子のもとを離れるなど、異例のことであった。しかも、新たに就任した文武の侍従官の選任に関係していないというのは、通例ではあり得ない。本来であれば侍従官の任用は、皇子(もしくは後見の母親など)と正副の傅役の相談の上で決定されるからだ。デュクトはゲルとともに練武場まで出向き、メイガンやゾーイ、ゾラ、トルフィンらと初めて対面した。正副の傅役であるデュクトとゲル以外は、後宮内にある鴛鴦宮のシウリンの部屋には入れないからだ。
デュクトさすがは十二貴嬪家の嫡流といった落ち着いた振る舞いで、自分の留守中に皇子の武芸指南を行っていた侍従たちに挨拶をする。
「殿下がすっかり逞しくなられていて、驚きました。マフ家のメイガン殿とゾーイ殿が指南役を引き受けてくださったとは神殿でも聞いていましたので、とてもホっとしていたのです。魔力制御に関しても、うまくいっているようですね」
「殿下は大変筋がよろしいし、何より真面目で勤勉でいらっしゃる。とても教えやすい弟子で、わしも指南が楽しい」
メイガンが年長者の貫禄でにこやかに対応する。ゾラは無口なフリをして立っている。口をきかないという選択は正解だとゾーイも思った。いずれはバレるであろうが、ゾラの言葉遣いを聞いた時、このいかにも堅物そうな正傅が果たしてどうでるか、とゾーイとて気が気ではない。ゾラは黙ってさえれば、いかにも名門出身の子弟といった端正な外見をしているのだが、言葉遣いだけでなく、女癖まで悪いのだ。
ゾーイが目線で「ぼろを出すなよ」とにらみつけると、ゾラは片目をぱちっと瞑ってみせた。
もう一人の、侍従文官であるトルフィンはまだ十六歳、名門ゲスト家の出で、普段は愛想のいいお調子者でもある。だが、あの厳しいゲルフィンが可愛がっているだけあって、さすがの外面の良さでデュクトをいなし、書類の受け渡し等について、如才なく打ち合わせていた。
ふと、ゾーイがシウリンを見ると、ものすごく嫌そうな顔でデュクトを見ていた。
(本当に、気が合わないのだな……)
ある意味、皇子が露骨に好悪の感情をだすことは滅多にない。最近、この主に元気がないように見えることと、正傅の復帰は何か関係があるのだろうか、とゾーイは考えた。
それから、デュクトは稽古の様子を食い入るように見ていた。ゾーイは値踏みされているような気がして不快ではあったが、この男とうまくやれなければ、皇子の侍従は務まらない。極力いつも通りに稽古を終える。
が、その後にいつもと同様に風呂に入ろうとした時、デュクトが血相を変えた。
「まさか、殿下もご一緒に入っているのか?」
「ええ、怪我や打ち身がないか、確認しなければなりませんからね」
「しかし、それは……」
「稽古の後で主従ともに風呂に入るのは騎士団の習いですよ」
ゾーイが言うと、デュクトは不快げに眉を顰める。
「ここは騎士団ではない。殿下と一緒にご入浴など、不敬ではないか」
「別に僕は気にしていないし、早く汗を流したいんだけれど」
シウリンが困惑したようにデュクトに言う。
「相変わらず堅苦しいね、デュクトは。神殿で反省してきたんじゃなかったの?」
シウリンに押し切られ、デュクトは相当に渋っていたが、
「ずっと一緒に入ってきたんだよ、不敬だのなんだの、今更だよ」
というシウリンのひとことで、デュクトは渋々、入浴を認めた。稽古に参加していないデュクトは一緒に風呂に入るわけにもいかず、脱衣場に消えていく主従を苦々し気に睨んでいた。その瞳が嫉妬と情欲にぎらついているのを、誰も気づかなかった。
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