【R18】女嫌いの医者と偽りのシークレット・ベビー

無憂

文字の大きさ
17 / 43

17、不満

しおりを挟む
 偽医者・クライブ・マコーレーの嘘は、ストラスシャーから到着した本物のクライブ・マコーレー医師によって明らかになった。

 男の本名はジョン・サンダース。彼は、クライブ・マコーレー医師の同級生――つまり、ローレンス大学の医学部を退学ドロップアウトしていた。

「やはり、医者の卵ではあったのですね」

 僕が聞き返せば、市警ヤードのベテラン、ウォード警部が頷く。

「そうです。卒業直前に娼婦のヴィー……つまり今の女房ですが、にハマって抜けられなくなって、そのまま色街でモグリの医者をしていた。その後、偶然、同級生だったクライブ・マコーレーを見かけ、後をつけて荷物を盗み、医師免許を手に入れたようです」
「……わざと狙ったのか!」
「知っている男ならいろいろと誤魔化しやすいと考えたようです。真面目に卒業し、医師としてやっている友人への妬みもあったかもしれません」

 脱落してしまった医師としての未来。それを手に入れた友人になり代わり、王都の下町の医師を演じていた。……なんだか、ひどく屈折したものを感じる。

「娼館に避妊薬や堕胎薬を卸し、媚薬なんかも配合してようです。……どの程度効くのかは知りませんが。堕胎薬では死者も出ているので、先生の情報を聞いてピンときました。……絞首刑は免れないでしょうなあ」

 僕は眉を寄せる。
 ローズマリーが知れば、気にするかもしれない。

「後は検察の判断ですが、先生のお名前は伝えておりますので、もしかしたら、裁判の折には証言をお願いすることになるかもしれません」
「それは覚悟しています」

 僕はそれだけ言うと、帽子を手に立ち上がる。市警のロビーはさっきからひっきりなしに警官が歩き回ってとても忙しそうだ。長居すべきでない。

 ウォード警部は僕を玄関まで送ってきて、言った。

「同じ医者でも先生とは大違いですな。……ま、あれは偽医者でしたが」
「何が?」

 僕が驚いて振り返れば、警部が肩を竦める。

「偽マコーレーですよ。医者を名乗りながら、若い娘を娼館に売り飛ばし、怪しげな薬を売りつけて儲けていた。――先生は王立診療所の医局でも腕がいいと評判だったのに、それを捨てて戦地に向かわれたとか。まだお若いのにご立派なものです。もう、診療はなさらないので?」

 見えすいたお世辞に、僕のこめかみがひきつるけれど、気取られないように微笑んで見せた。

「そんな立派な人間ではありません。――戦場では、救えない命がたくさんありました。ちょっと自信を喪失してしまって……兄が死んで、爵位を継ぐことになり、少し迷っています」
「もったいないことです。あなたのような立派なお医者がくすぶっておられるなんて!」
「……そうだね、少しは世の中の役に立たないとね」

 僕は警部と握手をして別れた。


 

 マコーレーが偽医者だった。僕はホッとすると同時に、なんだか重い石でも飲み込んだような気分であった。

 同じ医者として、正直、マコーレーのやり口は我慢できなかった。
 治療代の代わりにと女性の貞操を要求するなんて、医師の風上にも置けないと思っていた。
 本物の医者でなかったことに、医師として安堵する。でも――

 一応、本物の医師である僕がしてきたことは、マコーレーと比べてどうなのだ。
 治療と銘打って虐げられた女性の身体を弄んだことに、変わりはないのではないか。

 ――マコーレーは偽物だったけれど、それでもバレない程度には医者として働いていた。

 二年前、高熱の下がらないルーカスを、本物の医者は誰も診てくれなかったと、ローズマリーは言った。ただ一人、それを診察してくれたのがマコーレーだった、と。

 少なくともマコーレーはルーカスと、その母ローズマリーを一度は救ったのだ。

 ローズマリーがマコーレーの下種な要求に屈していたのも、医者としてあいつに恩義を感じていたせいもあるだろう。もしかしたら、慕ってさえいたかもしれない。

 そう思うと、僕は嫉妬と同時に何とも言い難い、憐憫のような気持ちが湧いてきてしまう。

 マコーレーが本物の医者じゃなかったなんて知ったら、ローズマリーはどう、思うのだろう? そんな男にいいようにされて、子供まで孕んでしまった自分を責めるんじゃないだろうか。



 
 マコーレーが逮捕されたことは、ひとまず僕の胸の内に収め、ローズマリーには知らせないよう、ルーカスにも口止めした。子供に秘密が守れるのか不安だったが、ルーカスはやはり賢い子で、数日、注意を向けていたが、ローズマリーの耳に入っている様子はなかった。

 僕がマコーレー関係であちこち呼び出されて忙殺された数日間で、ローズマリーはだいぶ回復した。三日後にはベッドから出る許可を出したが、ただし、身体を締め付けない服で、せいぜい温室コンサバトリーまで。流産の危険があった、と脅しておいたおかげか、母も使用人たちもローズマリーに気を使ってくれる。ルーカスは子供だけあって、あっと言う間に我が家に馴染んでしまった。

 住み込みで働いてくれるという家庭教師ガヴァネスも候補者を数人に絞り、あとはブレナンと僕とで面接して決めることになっている。
 すべて順調だ。ある一点を除いては。

 肝心の、僕とローズマリーの仲がいっこうに進展していない。

 なかなかローズマリーと二人っきりになれないのだ。昼間は僕も野暮用で忙しく、あまり屋敷にいられないし、何のかんの言って、ルーカスがローズマリーにべったりくっついている。

 ローズマリーはあちこちに遠慮して、なんだか居心地悪そうに見える。それでも貧血も改善したし、悪阻も落ち着いてきたようだ。

 家庭教師さえ決まれば、もう少し二人の時間が取れるのだが――

 その日、午後の早い時間に面接したミス・トレヴィスは、二十代半ばのなかなか優秀な、感じの良い女性だった。ブレナンが彼女を特に気に入り、彼女に決めてしまおうとその午後は慣らしも兼ね、ルーカスの相手をしてもらうことになった。

 二人にはブレナンかドーソン夫人が付き添い、母親のローズマリーと引き離して、簡単な授業をしたり遊んだりしてもらう。つまり、その間、僕はローズマリーとすごす時間ができたのだ。

 僕がローズマリーの部屋にすっ飛んでいくと、彼女は窓辺に座って落ち着かなげに窓の外を眺めていた。編みかけの毛糸のおくるみが膝の上にある。手につかないらしい。
 
「どうしたの、ローズ」

 僕が呼びかけると、ハッと目を上げ、驚きのあまり手から編み棒を取り落とす。

「あ……イライアス様」
「様はいらないよ」

 僕は大股で歩みより、転がった毛糸玉を拾う。

「ルーカスが心配なの? あの子は利口ないい子だし、ミス・トレヴィス……先生も有能そうだよ? もとは子爵令嬢で、男兄弟がいなくて、爵位が叔父さんに移ってしまい、家を出たそうだ」

 我が国は限嗣相続と言って、原則、直系の男子しか継承できない。男兄弟のいない貴族女性は父親を失うと家庭教師などをして何とか食いつなぐことになる。

 僕がローズマリーに説明すれば、彼女はためらいがちに視線を泳がせ、それから僕を見た。
 
「だって、あの子はあなたの子じゃないし、この家とも関係がないのよ。それなのに、住み込みの家庭教師だなんて……!知らない人が見たら、あなたの子だと勘違いされてしまうわ」
「ルーカスが僕の子じゃないのは、この家の者はみんな知ってる」

 ローズマリーがまだ、まったく膨らまないお腹に両手を当てる。

「でもこの子は――」
「この子は、僕の子だよ?」
「イライアス!」

 ローズマリーが僕を見上げ、真剣な表情で首を振る。紫色の瞳が不安に潤んで、今にも涙が零れそうだ。

「そんなの、やっぱりよくないわ。ヴェロニカ夫人や、他の人たちも、騙すべきじゃない!」
「ローズ。……女嫌いで通っていた僕が、妊婦を連れてきただけで、みんな大喜びなんだよ。君は気にしなくていい」
「やっぱり、嘘はよくないわ。わたしは、ここを出てルーカスと二人で暮らしたい」

 この邸を出たいとまで言われ、僕はちょっと頭に血が上る。
 なぜだ。何が不満なんだ!

「ルーカスはここに馴染んで、教育も受けて、未来が広がってる。君はそれを潰すのか?」
「それは……こんなにお世話になって、余計にいたたまれないの。みなさんが親切だからかえって辛いの」
「母上はルーカスを可愛がっている。気にしなくていい」
「でも……! わたしは何も返せないわ。こんなピラピラした服を着て……せめてメイドの仕事でもさせてくれるなら――」

 ローズマリーが、自分のクリーム色のシュミーズドレスを見下ろして言う。
 大きく開いた襟ぐりから、真っ白い胸が半ば見えていて、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

「ローズ……」

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...