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77、告解
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厄介な訪問者を撃退し、ラファエルは夜、何とか仕事を切り上げてジュスティーヌの寝室へと急ぐ。
結局のところ、ジュスティーヌがカトリーヌをはっきりと退けてくれたおかげで、難を逃れたようなものだ。証拠の品を得るために焦っていたとはいえ、自分の行いが大きな危機を招いたことに、ラファエルは軽い自己嫌悪に陥っていた。
――やっぱり俺は朴念仁だ。貴族の駆け引きには、経験が足りなすぎる。
それに引き換え、ジュスティーヌはカトリーヌやアギヨン侯爵を前にしても、あっぱれな落ち着きぶりだった。やはり王家に生まれ、さまざまな責任を幼少から負ってきた人は気構えが違うと、ラファエルはジュスティーヌを眩しく思う。ジュスティーヌがラファエルを信じてくれた。そのことが、ラファエルにはとても嬉しい。
ラファエルの部屋と繋がる扉を開け、ジュスティーヌの部屋に足を踏み入れる。だが、寝台の上にジュスティーヌはいなかった。
はっとする。
今日は、特に美しい月がかかっているわけではないが、別にジュスティーヌは満月に拘っているわけではないと、思い出す。
まさか一人で庭に――。
ラファエルが慌てて部屋を出ようとする背中に、ジュスティーヌの声がかかる。
「ラファエル、どこへ行くのです?」
振り返れば、部屋の窓際のカーテンの陰に隠れるように、ジュスティーヌが立っていた。
「姫――寝台にいらっしゃらないので、もしかして外に出られたのかと思って――」
「夜の散歩は一人ではいかない、というのが約束でしたでしょう。ここから月を見ていたのです」
なんとなく空気が冷たいと感じたのは、ジュスティーヌが窓を開けていたからだ。
「姫、そんな薄着で、風邪を引きます」
「もう、窓を閉めます。あなたが来たから――」
ジュスティーヌが天井まである高い窓を閉めようとするのを、ラファエルが背後から手伝ってパタンと閉め、カーテンで覆う。そのままジュスティーヌを背中から抱き込むようにして、ラファエルは安堵の溜息をつく。
「少し、びっくりしました。――今日は、申し訳ありませんでした。俺の、不用意な行いで、妙な噂が広がってしまい――」
「スカートの件はもういいと言いましたでしょう? わざと罠に嵌めるつもりだったのですから、仕方ないわ」
「でも、姫にご迷惑をかけてしまいました。ミレイユの父親まで出てくるとは、想像もしていなくて」
胸の前で抱き込むラファエルの両腕に手を添え、ジュスティーヌが笑う。
「ほんと、びっくりしたわ。……一年前の事件の時、やけにあっさり領地とミレイユを差し出したので、不思議に思っていたけれど、わたくしたちの結婚を壊してまで、領地を取り上げようとするなんて」
「何というか……あれを義父と呼ばずに済んだことは、神に感謝するべきでしょうね」
ラファエルは軽く溜息をつき、ジュスティーヌの肩を抱くようにして寝台へ向かう。
「……姫にもずいぶんと、失礼な発言があって……申し訳ありませんでした」
謝罪するラファエルに、ジュスティーヌが首を振る。
「あなたのせいではないわ。……でも、あの人は妙にいろいろ知っていて、気味が悪いわ」
「思うに、ボーモン領の荘園主の中には、アギヨン侯爵に賄賂を贈ったり取り入ったりしていた者も多かったのでしょう。やはり、行儀見習いの制度は廃止することに決めました。今回のカトリーヌの件を持ち出せば、荘園主たちも納得するでしょう」
どのみち、とっくに形骸化していた制度だ。前例踏襲するだけの意味も利点もないと、ラファエルも判断した。
寝台に並んで腰を下ろし、ジュスティーヌが室内履きを脱いで寝台に上がると、ラファエルが言った。
「……その、カトリーヌの件、信じてくださって、ありがとうございます」
ジュスティーヌは蝋燭に明かりに照らされたラファエルの顔をじっと見て、言った。
「信じたというのとは、少し違います。あなたがカトリーヌや、他の女性と関係があったとしても、仕方ないと思っていました。――あなたを、寝室から追い出したのは、わたくしですから」
「姫……」
ジュスティーヌは少しだけ顔を伏せて、ラファエルから視線を逸らす。
「でも、愛妾として認めるか否かは、また別の問題だと思ったからです。あのような人では、とても愛妾は務まりません」
「姫、俺は本当に姫以外とは――」
慌てて弁明しようとするラファエルを制するように微笑んで、ジュスティーヌが言った。
「わかっています。至らなくても、わたくしも努力をします。ですから、今後はあなたもわたくしだけを見て」
「俺はずっと姫一筋です。おそらくずっと――あの日、姫を隣国にお送りした日から、ずっと……」
その言葉を聞いて、ジュスティーヌははっと顔を上げ、ラファエルを見る。
「それは――?」
「姫は憶えておられないでしょうが、俺はあの日、姫を隣国にお送りする護衛の中にいました」
ジュスティーヌが目を見開く。
「今にして思えば、俺はとてもミレイユには不実でした。ずっと心のどこかで、姫のことを考えていた。絶対に手に入れられない姫を諦めるために、俺はミレイユを父親から救おうと必死だった。国のために、犠牲になった姫を――」
「ラファエル――」
ジュスティーヌの瞳が最大限に見開かれ、そして、それが閉じられた。
「ラファエル、違うのです。欺瞞を、詫びなければならないのは、わたくしなのです」
「姫?」
結局のところ、ジュスティーヌがカトリーヌをはっきりと退けてくれたおかげで、難を逃れたようなものだ。証拠の品を得るために焦っていたとはいえ、自分の行いが大きな危機を招いたことに、ラファエルは軽い自己嫌悪に陥っていた。
――やっぱり俺は朴念仁だ。貴族の駆け引きには、経験が足りなすぎる。
それに引き換え、ジュスティーヌはカトリーヌやアギヨン侯爵を前にしても、あっぱれな落ち着きぶりだった。やはり王家に生まれ、さまざまな責任を幼少から負ってきた人は気構えが違うと、ラファエルはジュスティーヌを眩しく思う。ジュスティーヌがラファエルを信じてくれた。そのことが、ラファエルにはとても嬉しい。
ラファエルの部屋と繋がる扉を開け、ジュスティーヌの部屋に足を踏み入れる。だが、寝台の上にジュスティーヌはいなかった。
はっとする。
今日は、特に美しい月がかかっているわけではないが、別にジュスティーヌは満月に拘っているわけではないと、思い出す。
まさか一人で庭に――。
ラファエルが慌てて部屋を出ようとする背中に、ジュスティーヌの声がかかる。
「ラファエル、どこへ行くのです?」
振り返れば、部屋の窓際のカーテンの陰に隠れるように、ジュスティーヌが立っていた。
「姫――寝台にいらっしゃらないので、もしかして外に出られたのかと思って――」
「夜の散歩は一人ではいかない、というのが約束でしたでしょう。ここから月を見ていたのです」
なんとなく空気が冷たいと感じたのは、ジュスティーヌが窓を開けていたからだ。
「姫、そんな薄着で、風邪を引きます」
「もう、窓を閉めます。あなたが来たから――」
ジュスティーヌが天井まである高い窓を閉めようとするのを、ラファエルが背後から手伝ってパタンと閉め、カーテンで覆う。そのままジュスティーヌを背中から抱き込むようにして、ラファエルは安堵の溜息をつく。
「少し、びっくりしました。――今日は、申し訳ありませんでした。俺の、不用意な行いで、妙な噂が広がってしまい――」
「スカートの件はもういいと言いましたでしょう? わざと罠に嵌めるつもりだったのですから、仕方ないわ」
「でも、姫にご迷惑をかけてしまいました。ミレイユの父親まで出てくるとは、想像もしていなくて」
胸の前で抱き込むラファエルの両腕に手を添え、ジュスティーヌが笑う。
「ほんと、びっくりしたわ。……一年前の事件の時、やけにあっさり領地とミレイユを差し出したので、不思議に思っていたけれど、わたくしたちの結婚を壊してまで、領地を取り上げようとするなんて」
「何というか……あれを義父と呼ばずに済んだことは、神に感謝するべきでしょうね」
ラファエルは軽く溜息をつき、ジュスティーヌの肩を抱くようにして寝台へ向かう。
「……姫にもずいぶんと、失礼な発言があって……申し訳ありませんでした」
謝罪するラファエルに、ジュスティーヌが首を振る。
「あなたのせいではないわ。……でも、あの人は妙にいろいろ知っていて、気味が悪いわ」
「思うに、ボーモン領の荘園主の中には、アギヨン侯爵に賄賂を贈ったり取り入ったりしていた者も多かったのでしょう。やはり、行儀見習いの制度は廃止することに決めました。今回のカトリーヌの件を持ち出せば、荘園主たちも納得するでしょう」
どのみち、とっくに形骸化していた制度だ。前例踏襲するだけの意味も利点もないと、ラファエルも判断した。
寝台に並んで腰を下ろし、ジュスティーヌが室内履きを脱いで寝台に上がると、ラファエルが言った。
「……その、カトリーヌの件、信じてくださって、ありがとうございます」
ジュスティーヌは蝋燭に明かりに照らされたラファエルの顔をじっと見て、言った。
「信じたというのとは、少し違います。あなたがカトリーヌや、他の女性と関係があったとしても、仕方ないと思っていました。――あなたを、寝室から追い出したのは、わたくしですから」
「姫……」
ジュスティーヌは少しだけ顔を伏せて、ラファエルから視線を逸らす。
「でも、愛妾として認めるか否かは、また別の問題だと思ったからです。あのような人では、とても愛妾は務まりません」
「姫、俺は本当に姫以外とは――」
慌てて弁明しようとするラファエルを制するように微笑んで、ジュスティーヌが言った。
「わかっています。至らなくても、わたくしも努力をします。ですから、今後はあなたもわたくしだけを見て」
「俺はずっと姫一筋です。おそらくずっと――あの日、姫を隣国にお送りした日から、ずっと……」
その言葉を聞いて、ジュスティーヌははっと顔を上げ、ラファエルを見る。
「それは――?」
「姫は憶えておられないでしょうが、俺はあの日、姫を隣国にお送りする護衛の中にいました」
ジュスティーヌが目を見開く。
「今にして思えば、俺はとてもミレイユには不実でした。ずっと心のどこかで、姫のことを考えていた。絶対に手に入れられない姫を諦めるために、俺はミレイユを父親から救おうと必死だった。国のために、犠牲になった姫を――」
「ラファエル――」
ジュスティーヌの瞳が最大限に見開かれ、そして、それが閉じられた。
「ラファエル、違うのです。欺瞞を、詫びなければならないのは、わたくしなのです」
「姫?」
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