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74、醜聞

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 領主の執務室でラファエルとローヌ公爵エティエンヌが出迎える中、アギヨン侯爵が堂々たる足取りでこちらに向かってくる。そのやや背後から、ちょこちょことした足取りで、ギヨーム・バルテルが太った身体を揺すってついてくる。――こうして並ぶと、人間のデキというか、器の大きさが全然違っていることに、ラファエルは驚く。貴族とは、要はこうした人の格なのだ。

 なぜここにミレイユの父親――いや、アギヨン侯爵がやってきたのか、ラファエルはさっぱりわからなかったが、追っ払うわけにもいかず、そのまま訪問を受け入れる。ちらりと横目に見れば、やはりエティエンヌも予想外という表情で茫然と突っ立っていた。

 何か目論みがあるとすれば、訪問の目的の予想がつかないラファエルらは不利だ。
 だが、ラファエルはごくりと唾を飲み込み、できる限り鷹揚な態度を心掛けて、アギヨン侯爵に挨拶する。

「このようなところに予想もしないご訪問を受けて、少々混乱しておりますが――どうぞ、そちらにおかけください。侯爵閣下」
 
 ラファエルが優雅な仕草でひじ掛け椅子を指し示すと、アギヨン侯爵は鋭い視線を一瞬、ラファエルに飛ばした後、まだ黒い眉をぴくりと動かし、口髭をにやりと動かした。

「久しいことだな、ジロンドの。最近我が家に押しかけて来ぬと思ったら、こんなところに収まっておったとは」
「ご令嬢は王太子殿下の肝煎りで嫁がれたと伺っております。振られた私の出る幕ではございません」

 その会話から、エティエンヌははっとしてラファエルを見た。ラファエルとミレイユの交際は秘密であったから、知る者は少ない。エティエンヌはラファエルにミレイユと言う恋人がいたことまでは、把握していなかったのだろう。
 
「ふん、相変わらず利に敏く、女に手が早いことだ。今日、わしがここへ参ったのも他でもない。そこのギヨーム・バルテルよりの訴えを聞いたからだ」
 
 アギヨン侯爵の言葉に、ラファエルがちらりとギヨーム・バルテルの脂ぎった顔を見る。

「何のことでしょう。どのみち、ギヨーム・バルテルには呼び出しをかけておりました。いくつか、問い質したい件がございましたので」

 ギヨーム・バルテルはアギヨン侯爵の陰でニヤニヤしている。――虎の威を借るキツネと言うよりは、豚だな、とラファエルは心の中で思う。

「そちらのバルテルの姪と、恋仲だそうだな」
「とんでもない。纏わりつかれて迷惑しているだけです」

 一言のもとに切り捨てたラファエルの冷酷な表情に、エティエンヌが一瞬、ひゅっと喉を鳴らす。

「いったい何の証拠があって、俺とおぬしの姪の関係を、あちこちで吹聴しているのだ。事と次第によってはただでは済まさんぞ」

 ラファエルが低い声で凄む。右手がさりげなく動いて、立てかけてある剣に触れたのを見て、バルテルがひいっと、悲鳴をあげた。

「しかし! 姪のカトリーヌが申しますには……」
「それよりも、おぬしの姪の貞操をちゃんと調査したら、どれほどの埃が出ると思うのだ。あんな素行の悪い女、誰が囲うか」

 汚い物でも見るかのような目でラファエルが蔑んで言えば、だがアギヨン侯爵がくっと喉を鳴らして笑う。

「それがわかる程度には、関わりがあったと申すのだな。――どうであろう、ローヌ公爵。その娘とジュスティーヌ姫を対決させてみれば」
「ジュスティーヌを!」

 ラファエルが思わず息を飲む。こんな場にジュスティーヌを引きずり出すなんて、アギヨン侯爵は何を考えているのか。

「とんでもない。あんなあばずれ女と姫を同席させるなど。姫が穢れる!」

 ラファエルが不快感をあらわに拒否するが、アギヨン侯爵は動じない。

「おぬしは姫君との婚姻によって封地を得た。それにも関わらず、早速にも醜聞が湧きおこっておる。さて、そんな男を姫君がどう、思われるかな。陛下もそのような男に姫を降嫁なさって、さぞ後悔なさるに違いない。何、傷は浅いうちならば、治癒も早い。姫君には早く、おぬしの本性を知らせておくべきと思うが。――わしの娘のこともある。この際、洗いざらい、知っていただこうではないか」

 ラファエルは紫色の瞳を見開いた。――そういうことか!

 ラファエルはアギヨン侯爵の来訪の真の目的を悟る。守旧派のアギヨン侯爵としては、ボーモン伯爵ラファエルという新たな王臣の出現は、王党派と守旧派のバランスを崩す故に好ましくないのだ。

 ――それで、俺の結婚を壊しに来たということか!

 ラファエルの封爵はジュスティーヌとの婚姻によって下賜されたものだ。ジュスティーヌがラファエルとの離婚を望んだ場合、原因がラファエルの不貞であれば、ラファエルは封爵を取り上げられる公算が高い。

(なるほど、それでギョーム・バルテルが、姪をうろつかせていたというわけか)

 ラファエルはギョーム・バルテルをちらりと見て、納得する。ギョーム・バルテルは数年間、ボーモン領を中心とする直轄地の総代官を務め、不正に税収を横領して、私腹を肥やしてきた。だがラファエルの封爵によってその地位を失う。――ラファエルが封爵を失えば、ボーモン領は再び直轄地に戻り、バルテルには総代官の地位が転がり込む目算だ。

 ラファエルは眉を寄せる。
 不貞の事実はない。だがこんな場に姫を引きずり出す気もない。
 何より、姫をこんな現場に立ち会わせようという、アギヨン侯爵の意図が不快であった。

「必要ない。俺は潔白だし、後ろ暗いところは何もない。姫のお手を煩わせることなど――」

 ラファエルが手を振って、にべもなく切り捨てようとした言葉を遮り、その場に家令のヨアヒムが走り込んできた。

「お館様、姫君が――」
「何だと? どうしてここに姫が――」

 戸惑うラファエルをよそに、アギヨン侯爵が余裕たっぷりの笑顔で微笑んだ。

「後ろ暗いところがないのであれば、姫君にもご同席いただくがよい。すぐに、お通しせよ」
「な――!」

 ラファエルが止めようとする間もなく、執務室の入口にはジュスティーヌが立っていて、見慣れぬ男たちを目にして、青い瞳を瞠っていた。
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