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69、セルジュ

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 王太子の執務室を出て、ジュスティーヌの待つ部屋に戻る途中で、ラファエルは前から来る男に目を瞠る。

「セルジュ先輩……!」

 向こうもラファエルに気づき、足を止める。

「ラファエル! そうか、殿下に……いや、狩の時も目にしていたのだが、声をかけづらくて」

 ジュスティーヌと一緒だったので、遠慮したらしい。

「すこし、いいか?」

 セルジュに聞かれ、ラファエルは頷く。入り組んだ王宮の回廊の脇、狭い中庭に面した日当たりのいい場所で、セルジュとラファエルは、回廊の手すりの部分に並んで腰を下ろす。

「まず、結婚おめでとう。お祝いも贈るべきかと思ったが、かえって気にすると悪いと思って」
「俺の方こそ、お祝いも申し上げずに、失礼しました」

 ラファエルが生真面目に頭を下げるのを、セルジュが手を振って言う。

「いやあ、お願いしてみるもんだなあと思って」

 何のことかと、ラファエルが目を挙げると、セルジュが照れたように言った。
 
「ミレイユの嫁入先を殿下が考え込んでいた時に、思わず、俺にくださいと口走ってしまったんだ」

 しかも他の騎士も詰めている面前で、後から考えればかなり恥ずかしい。

「先輩は、ミレイユが幼馴染だと、ずっと気づいていたのですか?」
 
 ラファエルの問いに、セルジュは黒い眉を少しだけ上げる。

「俺は母さんから、二軒隣の家の持ち主がアギヨン侯爵だとは聞いていた。俺が指導を務める従騎士のフィリップがアギヨン侯爵の次男だと聞いて、さりげなく妹のことを探っていたはいたんだよ。でも、俺は爵位もないし、正騎士になったら地方の砦に飛ばされてしまって、どうにもならないうちに、どうやらラファエルがフィリップの妹と付き合っているらしいと聞いて……」

 セルジュは下を向き、唇を少し歪めた。

「聞いた時は悔しかったが、お前ならと、諦めたんだ。……まさか、あんなことになるとは思わなかったが」
「それで、俺が卑怯だと怒っていたのですね」
 
 セルジュは肩を竦める。

「それぐらいはいいだろう。ちゃんと別れてもらわないと、俺が申し込むこともできないし。……どのみち、あの親父はミレイユを二十も上の色ボケ子爵の嫁にするつもりだったけどな」

 セルジュは半ば強引に攫うことも考慮に入れて、何とかミレイユと接触しようとしていたが、アギヨン侯爵家のガードが固くて上手くいかなかった。その矢先の、王宮での自殺未遂だったのだ。

「今にして思えば、あれのおかげで全部上手くいった。今、ミレイユは領地で俺の母と三人で暮らしている。ミレイユの母が亡くなってしまったのは残念だけど、今は幸せだ」
「そうでしたか……」

 ラファエルもほっとしたように表情を緩めた。

「狩にはミレイユは出ないのですか?」
 
 あるいはジュスティーヌやラファエルに遠慮しているのなら、申し訳ないことをしたとラファエルは思ったが、セルジュの答えは違った。

「身重なんだ。たぶん、春ごろになると思う。とてもじゃないが、王都まで連れてこられない。俺の領地の規模じゃあ、王都に屋敷なんて構えられないから、宿屋暮らしになるし、実家にやるつもりはさらにないからな」

 ラファエルが紫色の瞳を見開いた。

「本当ですか……それは、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。それで、お前にミレイユから伝言があるんだ」
「俺に? ミレイユから?」

 わけがわからず、ラファエルが首を傾げると、セルジュが言った。

「ラファエルがいたおかげで、父親に屈しないでいられた。感謝している、と。今は幸せだから、ラファエルにも姫君にも、幸せになってほしい、と」
 
 ラファエルが目をぱちぱちと瞬いた。

「俺は……ミレイユを裏切ったのに……」
「終わりよければ全てよし、さ。……ま、俺はまだまだ終わるつもりはないけど。もっと領地でかくして、ミレイユにいい暮らしをさせてやりたいからな」

 セルジュはにやりと笑うと、立ち上がり、埃を払って言った。

「じゃあ、またな。さすがに女房の昔の恋人を家に招待するほど、俺は捌けてないから家には呼ばないけど、また会おう」
「ええ。……先輩もお幸せに」

 セルジュはラファエルに軽く手を挙げると、回廊をゆっくりと歩き去った。その背中は陽の光を浴びて、とても誇らしそうに見えた。
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