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57、役立たず

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「カトリーヌ、もう、息が止まるかと思ったわ。王族の姫君に対してなんて暴言を」
 
 だがカトリーヌは赤い肉感的な唇を歪めて、嘯いてみせた。

「あら、あたしは別に、姫君のことだなんて一言も言ってないわよ? あれが姫君のことだと思うなんて、ロレーヌ、あんただってお姫さまが役立たずだと思っているって、証拠じゃない」
「カトリーヌ!」

 カトリーヌは綺麗にまとめた赤っぽい金髪を振りながら、コキコキと肩を動かす。

「まあ、おかげでラファエル様は領地と爵位を獲得できたわけだけど。でも毎晩、旦那を寄せ付けないってのは、どうなの? しかも王様の娘だからって愛妾は禁止ですってよ?ラファエル様ったらお気の毒。せめてほかの女を宛がうくらい、したらいいのに」
「そんなことになったら、あんたがしゃしゃり出るつもりなんでしょ? ミエミエよ、カトリーヌ」
 
 別の赤毛の娘が揶揄うように笑うと、他の娘たちも一斉に噴き出した。

「美男子のご領主様が夫で羨ましいのはわかるけど、あんたの父親は田舎の荘園主で、ラファエル様に領地も爵位も与えることができないんだから、いい加減諦めなさいよ。――あんた昨夜、ラファエル様の部屋に特攻しかけて追い返されたんでしょ? 無駄なあがきは見苦しいわ」

 カトリーヌと並ぶ器量自慢の娘が、茶化すように言えば、カトリーヌはムッとしたように眉を寄せる。 
 その娘は早々にラファエルは諦めて、別の羽振りのよい荘園の跡継ぎ息子を選んで、結婚の約束まで取り付けていた。今回の行儀見習いの中では、かなりの勝ち組だった。

「ええ、うるさいわよ! 覚えてなさいな!」

 カトリーヌは捨て台詞を残し、スカートを持ち上げて速足で邸の方に戻り、他の娘たちが一通り笑いさざめいたところで、邸から出てきたアキテーヌ夫人が休憩時間の終了を告げて、みな三々五々、持ち場に戻っていった。



 役立たず――。
 何事もないような振りをしていたが、その言葉がずっしりとジュスティーヌの胸に刺さっていた。

 未だに、夫婦の閨を受け入れられぬ妻。
 ラファエルも、そう、思っているのだろうか。

 前の夫、大公は夜ごとにジュスティーヌの部屋を訪れた。まるで一夜でもそれなしではいられぬと言うかのように、ジュスティーヌを毎夜、嬲るのを止めなかった。それが夫婦というものだと、あの男は言ったけれど、そんな夜はもう、耐えられない。

 だが、ジュスティーヌはラファエルとの結婚を承諾した。
 白い結婚でも構わない、無理強いはしたくない。いくらでも待つと、ラファエルは繰り返すけれど、ラファエルだけに我慢を強いるこの生活に、いつかラファエルが決壊したら――

 自分はどう、すべきなのだろう。夫としてラファエルを受け入れられない以上、せめて自分の代わりとなる人を、彼に薦めるべきなのか。でも今は自分を愛してくれる彼だけれど、あるいはその人に心を移すかもしれない。もしそうなったら自分は――。

 ただ、彼に領地と爵位をもたらしただけの、名ばかりの妻になるのか。

 それこそ、ジュスティーヌ自身が望んだ姿であったはずなのに、もしラファエルが他の女に微笑みかけたのを、この目で見たりしたら――。

 ジュスティーヌは思わず立ち止まり、両手を胸に当てて目を閉じた。

 なんてこと。
 わたくし、ラファエルを愛している――。 

 彼が、他の誰かに微笑みかけると想像しただけで、胸が灼けるほど苦しい。
 彼がいつか囁いてくれた愛の言葉を、他の誰かの耳元でも囁くと、想像しただけで、涙が溢れそうになる。

 ジュスティーヌは思わず、零れそうになる嗚咽を堪えて両手で口を塞ぐと、自分の部屋に向かって走り出した。

「姫様?」
「姫様、どうなさいました!」
 
 侍女たちが慌ててその後を追うが、ジュスティーヌは涙声で言う。

「……なんでもないの!」

(きっと、ミレイユはこんな気持ちだったのね――)
 
 恋を知って初めて、ジュスティーヌは自らが奪ったものの大きさを知った。

(それなのに、わたくしは妻として役立たずなんて――)
 
 乗り越えなければ。ミレイユから奪ったラファエルの妻の地位。立派に、勤め上げなければ――。

 そのためには、どうしたら――。
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