【R18】水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士

無憂

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55、独り寝の夜*

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 明け方近くまで帳簿と睨めっこして、ラファエルはしかし、翌日のことを考えてやすむことにした。疲れた目頭を揉み、燭台を持って寝台に向かう。

 ラファエルは自室をプライベートの仕事部屋のように使用していることもあり、部屋の寝台はそれほど大きくない。こんな風に、明け方まで仕事をして仮眠を取るだけのことも多かった。――ジュスティーヌが嫁いでからは、できる限り夜の時間は確保しようとしてきたが、彼女に拒まれている今、切なさと後悔を振り切るように、ひたすら仕事に没頭している。

 ラファエルは寝台の脇の小卓に燭台を置くと、黒い天鵞絨の上着を脱ぎ捨て、脚衣のエギュイエットを解く。夜着というものは特になくて、全裸で寝台に上ると蝋燭の火を吹き消す。暗闇が訪れるけれど、直前まで仕事していたラファエルは、眼が冴えてしまった。さして広くもない寝台の冷たさに、一人寝の寂しさを一層掻き立てられて、ラファエルは溜息をついた。

 ジュスティーヌが寝室を分けると言い出した時から、覚悟していたことだったのに。一時でも、ジュスティーヌの体温をほのかに――触れることを許されていないので、本当にほのかにだが――感じながら眠ることができた、その喜びを知るだけに、一人寝の寝台が辛くてたまらない。彼女の寝息に聞き耳を立てることも、彼女の寝顔を盗み見ることもできない。

 ほんの、扉一枚隔てただけの部屋で眠っているジュスティーヌ。たとえ夫婦の行為がなくとも、寝台をともにできることで、ラファエルには確かに、夫婦になったという実感があった。灯りを消した寝台の上で、隣に眠る人の息遣いを感じ、寝返りを打つ動きに、軋む寝台にも心が躍った。

 欲情しなかったと言えば、嘘になる。身体の奥がどうしようもないほど煮え立っていたけれど、それでも仄かな光に浮かび上がる、なだらかな身体の線を目の前にしながら、奥歯を噛みしめて欲情を堪えた。護衛として仕えた日々には、苛まれることはなかった醜い劣情。神聖な姫を犯し、力づくで組み敷き、彼女の中に己の猛った肉楔を打ち込んで、思うさま貪り尽くしたいとさえ、思っていた。何事もない顔をしながら、ラファエルは常に夢想していた。あの肌を。あの唇を。手に触れ、唇を寄せれば、彼の脳髄が溶けるほど、甘美であるに違いない――。

 ラファエルの欲望は漲って、彼の腹に着かんばかりに立ち上がっている。さきほどの、カトリーヌの嬌態には全く反応しなかった彼の雄が、瞼の裏に残る、背中を向けて眠る姫の姿を想い出すだけで、今にも弾けて暴走しそうであった。

 ラファエルは固くなったそれを右手で握り、動かす。腰から湧き上がる快感。さっきの女のように、姫を組み敷いたら。両脚の間に膝を割り入れ、腰と腰を密着させ、白い胸に顔を埋めて――。

「くっ……」

 ラファエルは奥歯を噛みしめる。鈴口を指で揉み、溢れ出す先走りを塗り込めるように右手の動きを速める。
 
 ただ一度、ちらりと目にした傷だらけの白い背中。彼女にあの傷をつけた男は、彼女のすべてを目にし、彼女の何もかもを征服し尽くしたのだ。あの肌を無骨な手でまさぐり、未成熟な内奥を醜い欲望で穿ち、彼女の心と身体に消えない傷を残すまで、貪り尽くしたのだ。彼の知らない彼女の肌を、彼の知らない彼女の奥の、秘密の場所を――。

 欲望が膨れ上がり、射精感がぎりぎりまで高まる。端麗な眉を絞り、息を荒げ、快感の頂点を目指して駆け上っていく。

 ――ああ、たとえ一度だけでも、真に一つになることが許されるなら。
 彼女の中を貫き、最奥に熱い飛沫を注ぎ込んで――。

「はっ……あっ……ジュス、ティーヌ……ジュスティーヌ……」

 愛しい人の中ではなく、自身の掌に虚しく白濁を迸(ほとばし)らせ、ラファエルは絶望の息を吐いた。
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