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52、締め出し
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その日を境に、ラファエルはジュスティーヌの寝室から閉め出された。
ジュスティーヌの受けたショックは乳母や侍女の予想よりも大きくて、翌日一日は部屋に籠ったまま出てこなかった。何度も部屋の前に足を運び、扉の向こうに謝罪がしたいと呼びかけるラファエルは、いったいどんな無体を働いたのかと、事情を知らぬ者が訝しむほど。何とかジュスティーヌが部屋から出て来られたのは翌日の夕食時で、青ざめた顔と怯えたような青い瞳を見て、ラファエルは自らの犯した失態の大きさにさらに衝撃を受ける。
「……申し訳なかった。その……そんなつもりはなくて……」
ジュスティーヌの前に跪いて許しを請うラファエルに、ジュスティーヌは目を逸らす。
「そうでは……なくて……わたくしこそ……」
ジュスティーヌの青い瞳が涙で潤んで、ラファエルは胸が張り裂けそうになる。ジュスティーヌは約束を破ったラファエルではなく、妻として夫を受け入れられない自身を責めている。ラファエルがジュスティーヌの傷の深さに気づかず、軽々しい行いをしたために。
「姫は悪くありません。俺が――俺が、不用意だっただけで――」
ラファエルがその手に口づけようと手に触れれば、びくりと身体を震わせて後ろに下がる。その怯えた仕草もまた、ラファエルの心を抉る。
青白い顔をしたジュスティーヌと食事を終えたが、ジュスティーヌはラファエルが寝室に入ることを拒んだ。
「ごめんなさい。もう――怖くて。あなたがあんな風になさるなんて想像もしていなかった。だから――もう、無理なの」
涙を浮かべて拒絶され、ラファエルは茫然とその場に立ち尽くす。
縮まったと思った二人の間には、深い断崖が立ちはだかっていた。
領主夫妻の間に何か、諍いが起きていることは、使用人たちの間にすぐに知られてしまう。二人の仲を気遣う者もいるが、使用人同士、面白おかしく興味本位で噂しあう者もおり、ラファエル狙いの若い侍女などは、恰好のチャンスと捉える。ギヨーム・バルテルの姪カトリーヌもまた、その一人である。
カトリーヌは十九歳。赤味がかった金髪にハシバミ色の瞳、流行の襟元を広く開けたドレスの胸元から豊かな谷間を見せつけ、腰帯をぎゅっと絞った細い腰つきが自慢の、肉感的な美女だ。容姿自慢が高じて選り好みをしているうちに、嫁ぎ遅れの年齢に差し掛かりつつある。伯父に命じられた「行儀見習い」など面倒くさいと思っていたが、赴任してきた新領主ラファエルを一目見て、すっかりその気になってしまった。
王女と結婚が決まっていて、またその結婚のおかげで領主の地位を得たラファエルの、正妻になる道は閉ざされている。だが、この辺りのつまらない荘園主の妻に収まるくらいなら、王都の名門出でとびきり美男子の愛人になった方がマシだと、即座に頭を働かせる。降嫁する王女はカトリーヌと同い年の十九歳だが、すでに一度隣国の大公に先立たれた未亡人、釣り合う高位貴族家には嫁がせられず、格下のラファエルは無理に押し付けられるのだ。ラファエルにとっては、爵位と封地目当ての政略結婚だと、なぜか勝手に信じていた。
(意に染まない結婚生活には、真に愛する愛人が必要よ。――あたしがその愛を獲得すればいいわけだし)
伯父はカトリーヌの短絡的な考えなどすべてお見通しであるらしく、首尾よく関係を取り付けた際には、けして悪いようにはせず、側室の地位を勝ち取ってやるからと、カトリーヌを焚き付け、ラファエルの周囲をうろつかせているのだ。
実際に王女が嫁いできても、根拠不明の自信に裏付けられたカトリーヌは諦めない。同じ歳とは言え、四十も年上の男に死なれた未亡人、ただ王の娘に生まれたってだけで、あたしの方が魅力的に決まっている。これまでどんな男たちも、ちょっと思わせぶりな視線をくれてやるだけで、すぐに鼻の下を伸ばして彼女にすり寄ってきたのに、ラファエルには見向きもされず、さすがのカトリーヌもイライラとし始めた時。
「――ここ数日、お館様は姫君の寝台から閉め出されていらっしゃるみたいよ」
少し上級の、部屋係の侍女たちがこそこそと、耳打ちしあう噂話を聞いて、カトリーヌは思わず口許を綻ばせる。
やっぱり、辛抱が効かなくなってきたのよ。可哀想に、あたしの魅力で慰めてあげなくっちゃ――。
カトリーヌはただでさえ開きすぎの襟元をさらに開いて白い谷間を強調すると、ラファエルの部屋を目指した。
ジュスティーヌの受けたショックは乳母や侍女の予想よりも大きくて、翌日一日は部屋に籠ったまま出てこなかった。何度も部屋の前に足を運び、扉の向こうに謝罪がしたいと呼びかけるラファエルは、いったいどんな無体を働いたのかと、事情を知らぬ者が訝しむほど。何とかジュスティーヌが部屋から出て来られたのは翌日の夕食時で、青ざめた顔と怯えたような青い瞳を見て、ラファエルは自らの犯した失態の大きさにさらに衝撃を受ける。
「……申し訳なかった。その……そんなつもりはなくて……」
ジュスティーヌの前に跪いて許しを請うラファエルに、ジュスティーヌは目を逸らす。
「そうでは……なくて……わたくしこそ……」
ジュスティーヌの青い瞳が涙で潤んで、ラファエルは胸が張り裂けそうになる。ジュスティーヌは約束を破ったラファエルではなく、妻として夫を受け入れられない自身を責めている。ラファエルがジュスティーヌの傷の深さに気づかず、軽々しい行いをしたために。
「姫は悪くありません。俺が――俺が、不用意だっただけで――」
ラファエルがその手に口づけようと手に触れれば、びくりと身体を震わせて後ろに下がる。その怯えた仕草もまた、ラファエルの心を抉る。
青白い顔をしたジュスティーヌと食事を終えたが、ジュスティーヌはラファエルが寝室に入ることを拒んだ。
「ごめんなさい。もう――怖くて。あなたがあんな風になさるなんて想像もしていなかった。だから――もう、無理なの」
涙を浮かべて拒絶され、ラファエルは茫然とその場に立ち尽くす。
縮まったと思った二人の間には、深い断崖が立ちはだかっていた。
領主夫妻の間に何か、諍いが起きていることは、使用人たちの間にすぐに知られてしまう。二人の仲を気遣う者もいるが、使用人同士、面白おかしく興味本位で噂しあう者もおり、ラファエル狙いの若い侍女などは、恰好のチャンスと捉える。ギヨーム・バルテルの姪カトリーヌもまた、その一人である。
カトリーヌは十九歳。赤味がかった金髪にハシバミ色の瞳、流行の襟元を広く開けたドレスの胸元から豊かな谷間を見せつけ、腰帯をぎゅっと絞った細い腰つきが自慢の、肉感的な美女だ。容姿自慢が高じて選り好みをしているうちに、嫁ぎ遅れの年齢に差し掛かりつつある。伯父に命じられた「行儀見習い」など面倒くさいと思っていたが、赴任してきた新領主ラファエルを一目見て、すっかりその気になってしまった。
王女と結婚が決まっていて、またその結婚のおかげで領主の地位を得たラファエルの、正妻になる道は閉ざされている。だが、この辺りのつまらない荘園主の妻に収まるくらいなら、王都の名門出でとびきり美男子の愛人になった方がマシだと、即座に頭を働かせる。降嫁する王女はカトリーヌと同い年の十九歳だが、すでに一度隣国の大公に先立たれた未亡人、釣り合う高位貴族家には嫁がせられず、格下のラファエルは無理に押し付けられるのだ。ラファエルにとっては、爵位と封地目当ての政略結婚だと、なぜか勝手に信じていた。
(意に染まない結婚生活には、真に愛する愛人が必要よ。――あたしがその愛を獲得すればいいわけだし)
伯父はカトリーヌの短絡的な考えなどすべてお見通しであるらしく、首尾よく関係を取り付けた際には、けして悪いようにはせず、側室の地位を勝ち取ってやるからと、カトリーヌを焚き付け、ラファエルの周囲をうろつかせているのだ。
実際に王女が嫁いできても、根拠不明の自信に裏付けられたカトリーヌは諦めない。同じ歳とは言え、四十も年上の男に死なれた未亡人、ただ王の娘に生まれたってだけで、あたしの方が魅力的に決まっている。これまでどんな男たちも、ちょっと思わせぶりな視線をくれてやるだけで、すぐに鼻の下を伸ばして彼女にすり寄ってきたのに、ラファエルには見向きもされず、さすがのカトリーヌもイライラとし始めた時。
「――ここ数日、お館様は姫君の寝台から閉め出されていらっしゃるみたいよ」
少し上級の、部屋係の侍女たちがこそこそと、耳打ちしあう噂話を聞いて、カトリーヌは思わず口許を綻ばせる。
やっぱり、辛抱が効かなくなってきたのよ。可哀想に、あたしの魅力で慰めてあげなくっちゃ――。
カトリーヌはただでさえ開きすぎの襟元をさらに開いて白い谷間を強調すると、ラファエルの部屋を目指した。
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