【R18】水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士

無憂

文字の大きさ
上 下
49 / 86

49、行儀見習いたち

しおりを挟む
 お披露目も無事に済んで、ラファエルとジュスティーヌの新婚生活は問題なく始まった。傍から見れば、二人の仲は文句なく睦まじかった。

 実際には、二人の間には夫婦の営みはまだない。ジュスティーヌ付きの侍女三人と乳母は、もちろんそれに気づいてはいたが、姫がラファエルを寝台に入れている以上、いずれはと思って敢えて触れずにいた。――結局、ラファエルはなし崩し的に、ジュスティーヌの寝台で眠る権利を獲得したのである。

 城内の雑事は、すべて家令のヨアヒムとアキテーヌ夫人によって取り仕切られ、領主夫人とは言え、ジュスティーヌはしなければならないことは、ほとんどない。
 ジュスティーヌ付きの侍女は三人。乳母アンナと、その実の娘であるソフィーとジャンヌ、そしてマリーである。そのほかの使用人はすべてアキテーヌ夫人の配下に置かれていた。

 城内にはそのほか、近隣の荘園から「行儀見習い」と言う名目で、住み込みで働いている者が何人もいた。ボーモン領を含めたこの地方一帯は、かつては王家に反目する大諸侯が治めていた。その大諸侯が王家によって誅滅させられた後、いくつかに分割して王の譜代の臣下へ封地として与えられたが、ボーモン領を拝領した家が数代前に絶えて以後は、ボーモン領は王家の直轄地とされてきた。近隣の荘園主たちは、もとはと言えば王家に反目していた大諸侯の支配下にあったため、王家への忠誠の証に、一族の若者を半ば人質として「行儀見習い」に差し出す風習があった。ボーモン城は長く主が不在で、離宮として王家が管理してきたが、そういう城では「行儀見習い」にはさしたる仕事もなくて、ただ習慣として、近隣の名家の若者が集められてぶらぶらしていた。

 ラファエルが領主となって赴任し、城内の体制も大きく変わった。領主夫妻の居住する城となったからには、仕える者の意識も当然、変わらねばならないのに、見習いたちの甘い考えはそのままで、正規雇用の使用人たちの足を引っ張る形となり、アキテーヌ夫人などは頭を痛めていた。

 それでも、従僕や文官、騎士の見習いとして出仕している近隣荘園主の次男、三男などは、ラファエルの許で働くうちに、ボーモン伯家の郎党としての意識を持ちつつある。問題は、侍女として出仕している娘たちであった。もともと、実家に帰れば荘園主の令嬢として、何不自由なく育ってきた少女たちで、ボーモン城で一年も働けば結婚に際して箔がつくというのもあり、どこか浮ついた気持ちが蔓延していた。
 
 初めて城に入ったころ、ラファエルはそういう「行儀見習い」の娘たちに対し、王都の貴婦人たちに対するのと同様に、丁寧な物腰で接していた。単に、相手の身分によって態度を変えるということを潔しとしなかっただけであるが、それが娘たちを有頂天にさせ、ラファエルが自分に気があると、勘違いしてしまう者が続出した。結婚前で一人寝するラファエルの寝室に、闇に紛れて忍び込む者まで出るにおよび、さすがのラファエルも頭を抱える。
 
 それ以後、ラファエルは極力、彼女らと距離を置くように心がけ、また、さすがにジュスティーヌが嫁いで来たことで、娘たちの狂騒も下火になったかと思われた。だがりない娘たちの中には、あからさまに愛人狙いで、ラファエルを落とそうと無駄な努力を重ねる者がまだ、残っていたのであった。

 ある時、散歩から戻ったジュスティーヌを家令のヨアヒムがホールで呼び止め、王都からの手紙が来ていると告げる。ヨアヒムがそれを取りに行く間、ジュスティーヌはホールに置かれた長椅子にかけて待つことにした。そのホールの薄い間仕切り一枚隔てただけの裏側を、「行儀見習い」の侍女たちが、大声でしゃべりながら歩いていく。――アキテーヌ夫人であればすぐにも飛んでいって注意するところであるが、ジュスティーヌは姦しさに一瞬、眉をひそめたけれど、咎めだてても無粋だと、そのまま聞き流していた。

「最近、ラファエル様に全然、近づけなくって!――あー、せめて一夜のお情けをいただきたいのに」
「カトリーヌ、無茶言わないの。ラファエル様は新婚ホヤホヤじゃない」
「えー、でもね、洗濯場の人が言ってたのよ。もしかしたら、あの二人、まだ……じゃないのかって。なんか二人でいる雰囲気も、少しぎこちないじゃない?」
「まさか! 毎晩、ご一緒にお休みなのよ? そんな馬鹿な」

 その言葉を耳にして、ジュスティーヌが思わず手で胸を押える。

「……だってさ、結局、ラファエル様はあのお姫様と結婚したおかげで、領主になれたわけでしょ? 王様としては一種の厄介払いよね? 好きでもない女を押し付けられて、それも四十も年上の男の相手をしていたような女よ? 姫君ったってねぇ……」
「しぃ! カトリーヌ、いくらなんでも失礼よ? お国のために遠い異国に嫁いでおられたんだから」
「でも気持ち悪いじゃない。四十も上の男なんて、わたしだったら死んだ方がマシだわ。よく我慢できたわよねー。ラファエル様も案外、そういうところが無理だと思っていらっしゃるんじゃない?」

 衝立の向こうから聞こえるあからさまなやり取りに、ジュスティーヌも周囲の侍女たちも硬直してしまい、咄嗟に動くことができなかった。我に返り、慌てて止めに行こうとするマリーの腕を、ジュスティーヌが掴んで引き留める。

 たしかに今さら止めたところで、お互いに気まずいだけである。だからといって、いくら何でも捨て置くことはできまい。――衝立の裏の主従の葛藤も知らずに、「行儀見習い」たちは喋りながら歩き去っていく。
 
 その夜、気分が悪いので食事はいらないと、ジュスティーヌは早々に寝室に閉じこもってしまった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...