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48、新婚
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夜まで続く宴席も酣になり、吟遊詩人や旅の楽団などの余興も続く中、ジュスティーヌが小さな欠伸をかみ殺したのを横目に見て、ラファエルは皆はこのまま、と言いおいて、ジュスティーヌを促して席を立つ。
「途中で抜けてよろしいの?」
「いつまでもキリがありませんよ。姫もお疲れでしょう。俺もさすがに飲みすぎました」
普段と何ら変わるところはないのだが、ジュスティーヌが途中で数えるのを諦めたくらい、ラファエルは杯を重ねていた。
ラファエルに寝室まで送られて、ジュスティーヌはドレスを脱ぎ、化粧も落としてほっと一息つく。アキテーヌ夫人の気配りで、いつでも風呂にはいれるように支度が済んでいた。早速湯を浴びて着替え、ようやく人心地つく。
(昨夜だけ、って言ったはずだから、今夜はもう、来ないわよね?)
ジュスティーヌは思うが、念のために肌を見せないように部屋着(シュミーズ)の上にガウンを羽織る。侍女から肌の手入れを受けているとノックの音がして、ラファエルが自ら軽食の乗った盆を持って入ってきた。
「何で来るんですの!」
思わず詰るように言えば、ラファエルは肩を竦めるようにして、言った。
「ほとんど食べておられなかったでしょう。厨房に命じて用意させたのです」
パンにレバー・パテを挟んだものと、ミルクの入った野菜スープ、それから葡萄酒を温めて蜂蜜と香辛料を加えたもの。指摘されて、ジュスティーヌの腹の虫がぐう、と鳴る。赤くなって俯くと、ラファエルが軽く笑った。
「俺もあまり食べられなくて。一緒に食べましょう。――食事は一緒にする、という約束でしたでしょう?」
そう言われてしまうと反論できず、ジュスティーヌは渋々、室内の丸テーブルに移動する。乳母が気を利かせてもう一枚、毛織のショールを持ってきてジュスティーヌの肩に着せかけ、「ではお休みなさい」と下がってしまう。――以前は絶対に二人きりにされることはなかったのに、結婚したら途端にこれである。
ジュスティーヌは少々、気まずく思いながらも、ありがたくスプーンに手を伸ばし、スープを啜る。
「疲れましたね。――実は俺は、金の計算があまり得意じゃないんです。あの代官たちはこちらが手を抜くと、ここぞとばかりに税を誤魔化すらしくて、今からちょっと憂鬱なんですよ」
ラファエルがテーブルに頬杖をついて、パンを齧りながら言う。
「ああいうのは、専門の人を雇わないと、誤魔化されるのではありませんの?」
「一応、前からこの領地で会計士をしている、という人はいるのですけどね……あの、ギヨームって男の親戚なんですよ」
「……あからさまに内部で結託してそうですわね」
「やっぱりそう思いますよね……」
ラファエルがはあーと溜息をつく。
「やはり父に相談して、信頼できる会計士を一人、紹介してもらいます」
そんな話をしながら軽食を食べる。ジュスティーヌは腹がくちくなると眠気が襲ってきた。
「……わたくし、もう休もうと思うのですけれど」
「そうですか――今夜は近隣の者がたくさん城に泊まっていて、もし万が一にも寝室を分けていることがバレたりすると、厄介なことになりそうで、嫌なんです」
「そうやってなし崩し的に、この部屋で眠ろうと思っているんじゃないですわよね?」
「そんなことは! 結局昨夜は緊張して、一睡もできていませんし!」
「だったらなおさらご自分のお部屋で……」
「姫!」
ラファエルが紫色の、何とも言えない色気の籠った瞳で、懇願するように見つめてくる。
「俺が、無体を働かないのは昨夜で証明されましたでしょう?」
「それは――」
それについてはジュスティーヌはもともと、あまり心配していなかった。この一年程のラファエルとの日々で、ジュスティーヌはこの点に関してはラファエルを信用していた。――その認識の甘さを、後々知ることになるのだが。
結局、今日だけ、ともう一度念を押して、ジュスティーヌとラファエルは寝台をともにした。
案外と、穏やかに夫婦の関係は深まっていくかに、この時は見えた。
「途中で抜けてよろしいの?」
「いつまでもキリがありませんよ。姫もお疲れでしょう。俺もさすがに飲みすぎました」
普段と何ら変わるところはないのだが、ジュスティーヌが途中で数えるのを諦めたくらい、ラファエルは杯を重ねていた。
ラファエルに寝室まで送られて、ジュスティーヌはドレスを脱ぎ、化粧も落としてほっと一息つく。アキテーヌ夫人の気配りで、いつでも風呂にはいれるように支度が済んでいた。早速湯を浴びて着替え、ようやく人心地つく。
(昨夜だけ、って言ったはずだから、今夜はもう、来ないわよね?)
ジュスティーヌは思うが、念のために肌を見せないように部屋着(シュミーズ)の上にガウンを羽織る。侍女から肌の手入れを受けているとノックの音がして、ラファエルが自ら軽食の乗った盆を持って入ってきた。
「何で来るんですの!」
思わず詰るように言えば、ラファエルは肩を竦めるようにして、言った。
「ほとんど食べておられなかったでしょう。厨房に命じて用意させたのです」
パンにレバー・パテを挟んだものと、ミルクの入った野菜スープ、それから葡萄酒を温めて蜂蜜と香辛料を加えたもの。指摘されて、ジュスティーヌの腹の虫がぐう、と鳴る。赤くなって俯くと、ラファエルが軽く笑った。
「俺もあまり食べられなくて。一緒に食べましょう。――食事は一緒にする、という約束でしたでしょう?」
そう言われてしまうと反論できず、ジュスティーヌは渋々、室内の丸テーブルに移動する。乳母が気を利かせてもう一枚、毛織のショールを持ってきてジュスティーヌの肩に着せかけ、「ではお休みなさい」と下がってしまう。――以前は絶対に二人きりにされることはなかったのに、結婚したら途端にこれである。
ジュスティーヌは少々、気まずく思いながらも、ありがたくスプーンに手を伸ばし、スープを啜る。
「疲れましたね。――実は俺は、金の計算があまり得意じゃないんです。あの代官たちはこちらが手を抜くと、ここぞとばかりに税を誤魔化すらしくて、今からちょっと憂鬱なんですよ」
ラファエルがテーブルに頬杖をついて、パンを齧りながら言う。
「ああいうのは、専門の人を雇わないと、誤魔化されるのではありませんの?」
「一応、前からこの領地で会計士をしている、という人はいるのですけどね……あの、ギヨームって男の親戚なんですよ」
「……あからさまに内部で結託してそうですわね」
「やっぱりそう思いますよね……」
ラファエルがはあーと溜息をつく。
「やはり父に相談して、信頼できる会計士を一人、紹介してもらいます」
そんな話をしながら軽食を食べる。ジュスティーヌは腹がくちくなると眠気が襲ってきた。
「……わたくし、もう休もうと思うのですけれど」
「そうですか――今夜は近隣の者がたくさん城に泊まっていて、もし万が一にも寝室を分けていることがバレたりすると、厄介なことになりそうで、嫌なんです」
「そうやってなし崩し的に、この部屋で眠ろうと思っているんじゃないですわよね?」
「そんなことは! 結局昨夜は緊張して、一睡もできていませんし!」
「だったらなおさらご自分のお部屋で……」
「姫!」
ラファエルが紫色の、何とも言えない色気の籠った瞳で、懇願するように見つめてくる。
「俺が、無体を働かないのは昨夜で証明されましたでしょう?」
「それは――」
それについてはジュスティーヌはもともと、あまり心配していなかった。この一年程のラファエルとの日々で、ジュスティーヌはこの点に関してはラファエルを信用していた。――その認識の甘さを、後々知ることになるのだが。
結局、今日だけ、ともう一度念を押して、ジュスティーヌとラファエルは寝台をともにした。
案外と、穏やかに夫婦の関係は深まっていくかに、この時は見えた。
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