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46、初夜

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 夕食後、ジュスティーヌは湯あみを済ませて薄い絹の部屋着(シュミーズ)を着、上から毛織のガウンを羽織る。通常、全裸で眠るのが一般的であるが、身体の傷が気になるジュスティーヌは必ず部屋着のまま横になった。寝台脇のランプ一つだけを残し、侍女と乳母がお休みなさいを言って下がると、入れ替わりにラファエルが入ってきた。シャツと脚衣だけの軽装で、おずおずと寝台の下に座る。

 「……今晩だけですよ? これでも、一応、妻としての役割を思って、最大限の譲歩をしているのですから」

 羽毛の枕を抱きしめて、ジュスティーヌが上目遣いにラファエルを睨むと、ラファエルはこくこくと頷く。ジュスティーヌが広い寝台に一人で横たわり、上掛けデュベをかき寄せて目を瞑ると、ラファエルは寝台の横に座って、頭だけ寝台にもたせ掛け、首をねじるようにしてジュスティーヌを見ている。目を閉じても痛いほどの視線を感じて、ジュスティーヌは目を開けるとラファエルの目線とバッチリ合った。

 「……何を見ているのですか?」
 「姫を。眠っているのを見るのは初めてだと思って」
 「見ないでください」
 「事前の取り決めの中に、寝顔を見てはならない、という項目はなかったように記憶していますが」
 「……追い出しますよ?」

 あまりに居たたまれなくて、ジュスティーヌが身を起こす。

 「気になって眠れません」
 「そうですか、数を数えるとよく眠れると聞きますが」
 「……何の数を数えるのですか?」
 「そうですねぇ……実は数日前、俺ももうすぐ結婚式だと思うと、嬉しくて眠れなかったことがありました」 
 「その時はどうしたのです?」
 「姫の数を数えてみました。姫が一人、姫が二人、姫が三人……どんどん、姫が増えていくのが嬉しくなって、興奮してよけいに眠れなくなりました」
 「……あなた、馬鹿なの?」
 「そうかもしれません」

 ジュスティーヌは溜息をつくと、寝台の脇に少しだけ退いて、ラファエルに言う。

 「そんな床にいられては、かえって気になるわ。何もしないと約束するなら、寝台に上がるまでは許します」
 「よろしいのですか、姫」
 「わたくしの気が変わる前に、とっとと上がっておしまいなさいな。……今夜だけですよ?」
 「有り難き幸せ」

 恭しく頭を下げてから、ラファエルはひらりと寝台の上にあがる。やっていることはバカバカしいのだが、そういう動きもいちいち洗練されていて、ジュスティーヌは少しばかり憎らしいと思う。それで、ふと気づいたことを尋ねる。

 「もう結婚したのに、なぜ、名を呼ばぬのですか?」
 
 ラファエルが気まずそうに言う。

 「その……俺も聖人君子というわけではないので、これでもいろいろと辛抱を重ねているわけでして……姫のお名前などお呼びしてしまったら、我慢が効かなくなるかもしれません」
 
 その答えにジュスティーヌが眉を顰める。

 「……寝台から降りてもらえるかしら」
 「大丈夫です!誓って!……ほら、両手を上に上げたまま寝てもいい」

 ジュスティーヌが溜息をつき、もう一度枕をぽすぽすと整えてから、身を横たえる。その様子を、ラファエルがくすぐったそうな表情で見ていた。

 「どうかしたのですか?」
 「いえ……その……可愛いと、思って……」

 そうして恥ずかしそうに俯くラファエルを見て、ジュスティーヌの頬も思わず赤くなる。何となく毛織のガウンの前を掻き合わせて、ぎゅっと目をつぶる。――とっとと眠ってしまうに限る。

 ラファエルが自分に無体を働くことはあるまいと、ジュスティーヌは鉄壁の信頼を置いていたのだが、ジュスティーヌ自身はそのことを自覚していなかった。

 「……姫?」
 
 ラファエルの問いかける声に、ジュスティーヌが目を開ける。

 「何です? それと、明かりを消していただけるかしら」
 「それでは、姫の寝顔が見られない」
 「今すぐ明かりを消して!」

 語気を荒げられて、ラファエルは渋々、蝋燭を吹き消す。部屋に、一寸先も見えない闇が訪れる。

 「……ラファエル、本当に何もしないでよ?」
 「わかっています。――姫。愛していますよ?」

 ガバリとジュスティーヌが上掛けデュベを蹴立てて起き上がり、暗がりの中でラファエルを睨みつけているらしい。

 「あなたはわたくしを寝かせないつもりなのですか?!」
 「まさか、早く眠ってください。俺はきっと一晩中起きていますから」
 「どうして!」
 「あなたのこんな近くで、眠れるわけがないでしょう。――寝顔は無理なので、姫の寝息を吸い込もうと思って待っているのです」 
 「やめて!」

 ジュスティーヌが悲鳴をあげ、ラファエルは強制的に背中向きになるように命じられて、そうして初めての夜を過ごした。
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