【R18】水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士

無憂

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10、王女とその騎士

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 六年ぶりに戻ってきたジュスティーヌには、王都住まいの高位貴族からの誘いがひっきりなしにある。いずれも姉の嫁ぎ先であったり、祖母の王太后の実家であったりと、血縁があるだけに無下に断ることもできないため、昼間の小規模な集まりに限っては、短時間顔を出すこともある。そんな時は常に、護衛としてラファエルがぴったりと横に張り付いていた。

 輝く銀髪に彫像のように整った美貌、長身に均整の取れた体つきと、騎士として非の打ちどころのないラファエルは、王太子の護衛を務めているときから、すでに一部の令嬢がたの間ではその美貌が注目を集めていた。その彼が儚くも美しい悲劇の王女に、影の如く付き添っているのである。ある者は二人の姿に陶然と見惚れ、ある者は王女と伯爵の次男坊では釣り合わぬと噂する。あるいは、「出戻り」姫には、その騎士くらいでちょうどいいなどと、いささか心無い言い方をする者もいた。

 もっともそんな心無い言葉は王太子をはじめとする周囲の固いガードによって、ジュスティーヌの耳に届くことはない。もちろん、あくまで護衛に徹しているつもりのラファエルもまた、二人の仲が密かな噂となっているなんて、想像すらしていなかった。





 ジュスティーヌが帰国して一月後、ジュスティーヌの叔母――王の妹であるヌイイ侯爵夫人――が夜会を催して、ジュスティーヌも招待された。断れば、叔母の顔を潰すことになるが、ジュスティーヌは華やかな席に出席するのにためらいがあった。

「ならば、微行おしのびで参加すればいい。ヌイイ侯爵家の夏の夜会は、例年、仮面舞踏会だから」

 相談を受けたマルスランがこともなげに言う。

「叔母上には私から、微行だと伝えておこう」
「……でも、それでは結局、叔母上のご招待を無駄にするのでは――」

 叔母がジュスティーヌを招くのは、帰国後、遊びの会に出てこないジュスティーヌを呼び出し、叔母の社交界における権力を見せつけることにあると、ジュスティーヌは見ていた。ジュスティーヌが大々的に参加しなければ、意味がないのでは、と。

「微行でも、王女が来ているのはわかるさ。何しろ王宮の騎士の護衛を連れて行かざるを得ないのだから。でも、公式に招待を受ければ、護衛も大袈裟になるし、あちらも大げさに歓待しなくてはならない。非公式の訪問ならば、あちらも楽だと思うよ?――なんなら、私が同行してもいい。私も招待されているのだが、イザベルが身重だから断るつもりだった」

 マルスランに言われて、ジュスティーヌも覚悟を決めた。

「当日の用意については、お前は不慣れだろうから、イザベルと相談しよう。あれは自分が夜会に参加できなくて最近、退屈していたから、お前で着せ替え人形遊びができると知れば、喜ぶにちがいない」

 身重のイザベルに厄介をかけることを申し訳なく思いながら、ジュスティーヌは全て任せることにした。

「微行とはいえ、当然、護衛が必要だが、ラファエル、おぬしもその夜会に出席するのだろう?」

 マルスランがラファエルに振り返ると、背後で立っていた銀髪の護衛騎士は不思議そうに首を傾げる。

「もちろん、私自身で、誠心誠意警護させていただきます」
「そうじゃなくて、おぬしもヌイイ侯爵家には招待されているのだろう? もともと行く予定だったのではないのか? あの会には王都中の主だった貴族が皆な参加するから。――おぬしの、思い人もな」

 思い人、と言われてラファエルは紫色の瞳を見開いた。
 ミレイユとは手紙のやり取りだけで、ここ一月以上、顔を合わせていない。
 正式な交際を許されていないので、ラファエルとミレイユはあらかじめ示し合わせて参加した夜会で、人目を忍んで言葉を交わすのがせいぜいだ。だが、ミレイユからの手紙に対し、ラファエルは忙しくてどの夜会に出席できるかわからない、と返事を書いたきりになっていた。

 ――そう言えば、毎年、ヌイイ侯爵家の夜会には彼女も出席していて、昨年もそこで逢ったのだった。今年も出席するに違いないから、その場で顔を合わすこともあるだろう。

「ですが、仕事を放りだしたりはいたしません」
「……いや、そうではなくてだな……」
「仕事ですから」

 きっぱりと断言するラファエルに、マルスランが少しだけ困ったような表情を作る。

「おぬしは招待客として参加して、さりげなくジュスティーヌの警護に当たってほしい。そうすれば、制服を着た護衛の数を減らせるから。あまりたくさん連れて行くと、叔母上のご機嫌を損なうからな」

 制服組がうろちょろすると、夜会の雰囲気が悪くなるのだそうだ。だったら王族を招かなければよいと思うのだが、王族が参加しないのは、それはそれで夜会の格に関わると考えているらしい。

「私とジュスティーヌの出席は、当日まで外に漏らさないように。おぬしの出席は必要があるなら、他に伝えても構わない」
「別に知らせる必要はないでしょう。私はあくまで仕事で行くのですから」

 王太子がミレイユへの連絡を仄めかしても、ラファエルは意味を理解しないようだった。

「だが、見かけ上は普通に参加するのと同じだ。会場で、ジュスティーヌをさりげなく警護するから……」
「そういう護衛の仕方はやったことはありませんが、承知いたしました」
 
 深く頭を下げるラファエルに、王太子が首を傾げる。

「大丈夫なのか?……」
「何も問題はございませんが」

 王太子が「……意外と朴念仁なのだな……」と呟いたが、ラファエルには聞き取れなかった。
 ラファエルの中では、ヌイイ侯爵家の夜会は完全に仕事だと理解されていた。当日その場でミレイユに遇ったとしても、話をする暇もないから事前に連絡する必要はないと考えた。

 ――王女の隣に寄り添う彼を見て、ミレイユがどう思うか、まったく想像もしなかった。
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