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3、皮算用
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隣国からジュスティーヌを護衛してきた騎士達は、城で簡単な労いの歓待を受けて、すぐに故国へと戻っていった。以後、ジュスティーヌの警護は王太子付きの騎士が担当する。護衛の正式な任命は王宮に戻ってからとしても、王宮までの護衛を臨時に任ずる必要があった。ジュスティーヌが休息のために用意された部屋へ入ると、マルスランは背後に控えるお気に入りの騎士を呼んだ。
「ラファエル」
「御前に」
即答があり、振り返れば銀髪の騎士が片膝をついて指示を待っている。
「おぬしにジュスティーヌの護衛を命ずる。おぬしの部隊の十人とともに、王宮までジュスティーヌを警護せよ」
「は」
しっかりとマルスランを見上げる紫色の瞳を見下ろし、マルスランはさらに言う。
「正式な護衛への任命は王宮に戻ってからで、配下もその時に改めて差配しよう。今は暫定的なものだ。このままジュスティーヌの部屋を警備するように」
「かしこまりました」
ラファエルの答えを聞き、マルスランは頷いて下がらせると、庭を見下ろす自分の居間に戻りながら、妹のことを考えた。
大公の喪に服して黒い服を着ていたが、あんな男のためにと思うだけで忌々しい。王宮に着けばわが国の王女だ。喪服も脱いで若い姫君らしい、華やかなドレスを何枚でも用意させよう。あの青い瞳に似合う美しい絹のドレス。サファイアと真珠、煌めくダイヤモンドで身を飾れば、さぞあの金の髪によく映るであろう。もともと愛らしい少女であったが、年頃に成長した妹は予想を超えて遥かに美しかった。ただ、惜しむらくはあまりに暗く不幸そうであること。あの青い瞳に浮かぶ、怯えた色さえ消えてくれたら――妹を苛んだ大公に、生前、一矢なりとも報いてやれなかったことが、本当に悔しい。あの狒々爺の死体を暴いて、あらんかぎりの凌辱を加えてやりたいくらいだ。
隣国に遣わした使者からの報告を思い出してしまい、腸がちぎれるほどの怒りが甦ってきた。
大公の葬儀の直後に、王もマルスランも、ジュスティーヌの帰国を要請した。どうせジュスティーヌは形ばかりのお飾りの妻、夫亡き後、長居は無用のはずだった。
ところが、先の公妃腹の長男と愛妾の産んだ三男との間で、お決まりの継承争いが勃発し、長男は未亡人となったジュスティーヌを陣営に抱き込んで、正当性を確かにしようと目論み、一方の愛妾と三男はジュスティーヌと大公は白い結婚で婚姻は無効だと言い出して、教会の立ち合いのもと、ジュスティーヌに処女検査を施すと言い出したからたまらない。
継承争いについては傍観していたマルスランもさすがに腹も据えかね、国境のヴィトレ砦を占拠し、この上ジュスティーヌを辱めるのであれば戦争も辞さないと、妹姫の返還を要求した。大公が死んだばかりで隣国にも厭戦気分が蔓延しており、重臣の多くがジュスティーヌを隣国に帰すよう、宮廷に要求したのも幸いした。教会も介入してのすったもんだの挙句、ようやくジュスティーヌの帰国が実現したのである。
そのヴィトレ砦の戦で功績をあげたのが先のラファエルらの、王太子直属の騎士たちであった。すぐにも功績に応じて叙爵や封領などを賜与すべきであるのに、世の中には自分以外にはびた一文、褒美をやりたくないと思う者がいるらしく、論功行賞が滞ってしまっている。マルスランは軽く、溜息をついた。
温厚な国王の周囲に蔓延って私欲を追い求めるだけの、守旧派の貴族たちには、うんざりだった。今後自らが王位に即いた後、手足となって働く有能な人材をマルスランは常に求めていた。見どころのある者は積極的に自身の近衛騎士として取り立て、その働きを見ている。彼らに然るべき爵位を与え、無能な爺どもから実権を取り上げたい。ラファエルはまだ若いけれど、将来はマルスランの右腕にと期待をかけている。
(待てよ――王女との婚姻を理由にすれば、王都近くの直轄地を封地として与えても、不自然ではない)
ラファエルへの封爵が滞っているのは、封地とするべき土地が十分に確保できないせいだが、今回、ジュスティーヌは帰国にあたり、持参金として持っていった国境地帯の封地を、ある種の迷惑料代わりに化粧料として持ち帰っていた。
(ジュスティーヌの国境地帯の領地を中央の王領あたりと領地替えし、そちらをジュスティーヌと婚姻した者の封地に与え、国境地帯の封地は新たに封爵する者への封地として与えれば……)
マルスランは頭の中で忙しなく考える。どちらにせよ、ジュスティーヌの帰国により、王家の自由にできる所領がいくらか増えた。
(いずれにせよ、ラファエルにはようやく封地を与えることができそうだな……)
彼がジュスティーヌの婿になってくれれば言うことなしだ、とマルスランはふと頬を緩めるのであった。
「ラファエル」
「御前に」
即答があり、振り返れば銀髪の騎士が片膝をついて指示を待っている。
「おぬしにジュスティーヌの護衛を命ずる。おぬしの部隊の十人とともに、王宮までジュスティーヌを警護せよ」
「は」
しっかりとマルスランを見上げる紫色の瞳を見下ろし、マルスランはさらに言う。
「正式な護衛への任命は王宮に戻ってからで、配下もその時に改めて差配しよう。今は暫定的なものだ。このままジュスティーヌの部屋を警備するように」
「かしこまりました」
ラファエルの答えを聞き、マルスランは頷いて下がらせると、庭を見下ろす自分の居間に戻りながら、妹のことを考えた。
大公の喪に服して黒い服を着ていたが、あんな男のためにと思うだけで忌々しい。王宮に着けばわが国の王女だ。喪服も脱いで若い姫君らしい、華やかなドレスを何枚でも用意させよう。あの青い瞳に似合う美しい絹のドレス。サファイアと真珠、煌めくダイヤモンドで身を飾れば、さぞあの金の髪によく映るであろう。もともと愛らしい少女であったが、年頃に成長した妹は予想を超えて遥かに美しかった。ただ、惜しむらくはあまりに暗く不幸そうであること。あの青い瞳に浮かぶ、怯えた色さえ消えてくれたら――妹を苛んだ大公に、生前、一矢なりとも報いてやれなかったことが、本当に悔しい。あの狒々爺の死体を暴いて、あらんかぎりの凌辱を加えてやりたいくらいだ。
隣国に遣わした使者からの報告を思い出してしまい、腸がちぎれるほどの怒りが甦ってきた。
大公の葬儀の直後に、王もマルスランも、ジュスティーヌの帰国を要請した。どうせジュスティーヌは形ばかりのお飾りの妻、夫亡き後、長居は無用のはずだった。
ところが、先の公妃腹の長男と愛妾の産んだ三男との間で、お決まりの継承争いが勃発し、長男は未亡人となったジュスティーヌを陣営に抱き込んで、正当性を確かにしようと目論み、一方の愛妾と三男はジュスティーヌと大公は白い結婚で婚姻は無効だと言い出して、教会の立ち合いのもと、ジュスティーヌに処女検査を施すと言い出したからたまらない。
継承争いについては傍観していたマルスランもさすがに腹も据えかね、国境のヴィトレ砦を占拠し、この上ジュスティーヌを辱めるのであれば戦争も辞さないと、妹姫の返還を要求した。大公が死んだばかりで隣国にも厭戦気分が蔓延しており、重臣の多くがジュスティーヌを隣国に帰すよう、宮廷に要求したのも幸いした。教会も介入してのすったもんだの挙句、ようやくジュスティーヌの帰国が実現したのである。
そのヴィトレ砦の戦で功績をあげたのが先のラファエルらの、王太子直属の騎士たちであった。すぐにも功績に応じて叙爵や封領などを賜与すべきであるのに、世の中には自分以外にはびた一文、褒美をやりたくないと思う者がいるらしく、論功行賞が滞ってしまっている。マルスランは軽く、溜息をついた。
温厚な国王の周囲に蔓延って私欲を追い求めるだけの、守旧派の貴族たちには、うんざりだった。今後自らが王位に即いた後、手足となって働く有能な人材をマルスランは常に求めていた。見どころのある者は積極的に自身の近衛騎士として取り立て、その働きを見ている。彼らに然るべき爵位を与え、無能な爺どもから実権を取り上げたい。ラファエルはまだ若いけれど、将来はマルスランの右腕にと期待をかけている。
(待てよ――王女との婚姻を理由にすれば、王都近くの直轄地を封地として与えても、不自然ではない)
ラファエルへの封爵が滞っているのは、封地とするべき土地が十分に確保できないせいだが、今回、ジュスティーヌは帰国にあたり、持参金として持っていった国境地帯の封地を、ある種の迷惑料代わりに化粧料として持ち帰っていた。
(ジュスティーヌの国境地帯の領地を中央の王領あたりと領地替えし、そちらをジュスティーヌと婚姻した者の封地に与え、国境地帯の封地は新たに封爵する者への封地として与えれば……)
マルスランは頭の中で忙しなく考える。どちらにせよ、ジュスティーヌの帰国により、王家の自由にできる所領がいくらか増えた。
(いずれにせよ、ラファエルにはようやく封地を与えることができそうだな……)
彼がジュスティーヌの婿になってくれれば言うことなしだ、とマルスランはふと頬を緩めるのであった。
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