愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂

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番外編

リュシアン視点②*

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「は、はい!」

 内側からの返事に、俺は緊張してドアを開け、クロエの寝室を覗き込んだ。
 この部屋に入るのも、今夜が初めて。女性らしく装飾された部屋に鎮座する大きなベッド、レースの天蓋に隠れるように、クロエが座っていた。

 結わないままの紅い髪に、化粧っけのない顔は普段より幼く見えて、初めて会った時の面影が残っている。

 ――かわいい。

「は、入っても?」
「ど、どうぞ」
 
 ここで入るなと言われたら絶望のあまりその場に膝をついてしまうところだ。クロエの声も上ずって、緊張しているらしい。
   
 俺は、おずおずと部屋に足を踏み入れ、落ち着きなくかくかくとクロエの方に近づく。緊張のあまり右手と右足が一緒に出てしまいそうだったが、そこは咄嗟に修正した。
  
 ベッドに、座っていいのかな……
 俺は周囲を見回してから、ええい、ままよと意を決して、クロエの隣に腰を下ろす。ギシッとベッドが軋む音に、クロエの肩がビクッと揺れるのが見えた。

 ――ああああ、裸に剥いてから何をするかは何度も妄想してきたのに、襲いかかるタイミングがわからない!
 前回は男に襲われていたクロエを助ける流れから強引にいけた。でも今回はその手は使えない。いったい、どうしたら……
 
 俺が逡巡していると、クロエが言った。

「今日は、お疲れ様でした」
「あ、うん……」

 そう、いつも、まともに会話できない俺を、年下のクロエから助け舟を出してくれた。初夜くらい、ちゃんと俺が導かないと。そう思うと言葉はますます出てこない。喉がカラカラに渇いて、緊張で心臓の鼓動が相手にも聞こえそう。
 ――剣の試合より、よっぽど緊張する。初めてじゃないのに。俺は――



 何か喋らなければ。焦った俺は、カラカラになった喉から、必死に声を絞り出す。

「やっと、結婚できた」

 何言ってんだ俺は。もっと気の利いた言葉を言えないのか。五歳も年上なのに。
 俺の素っ頓狂な言葉に、クロエも戸惑って、口元がひきつっているし、目も潤んで泣きそうに見えた。
 いつも、いざクロエと正面から見つめ合うと、彼女のエメラルドの瞳に絡めとられて、言葉が出なくなってしまう。

 好きだ。抱きたい。我慢も限界なので、やらせてください。
 ――思い浮かぶ言葉はどれも、口にしたらヤバそう。俺はじっとクロエの少し開いた小さな赤い唇を見つめて言った。

「その……キス、していい?」
「もちろん」 

 返事を聞くやいなや、俺は彼女の唇を唇で塞いだ。
 どうせ、言葉では上手く伝えられない。俺は、クロエが欲しい。どうしても――   

 聖堂でも誓いのキスはした。辺境伯閣下の視線が痛くて殺されそうで、唇を味わう余裕なんてなかった。今は二人きり。俺は柔らかな感触に夢心地になりながら、開いた隙間から舌を差し入れる。クロエが息を呑んだ気配を感じるが、抵抗はされなかった。
 そのまま圧し掛かるようにして、ベッドの上に倒れ込む。華奢な身体を組み敷けばそれだけで俺の興奮が高まる。逃がさないように両腕を檻のようにして彼女を閉じ込め、俺は甘い唇を貪った。
 舌を絡め、唾液を吸い上げ、歯列の裏を辿って口蓋の裏を舐め上げる。ここは一種の性感帯だと聞いたことがあるから、しつこいくらい入念に舐め上げてやれば、クロエが恥ずかしそうに身を捩った。
 俺は反応に気をよくして、もっともっとと舌を深く差し入れたが、クロエが俺の肩に手を置いてそっと押しやってくる。

 もしかして、拒否されてる?

 俺が唇を離すと、クロエは呼吸が苦しかったらしく、真っ赤な顔で必死に息を吸っている。そんな様子も可愛いと思いながらも、俺は恐る恐る尋ねる。
 
「先に、進んでも?」
「う……うん……でも……」
「でも……?」
  
 この期に及んで拒絶されたら立ち直れないと思いつつ、俺はクロエの胸元のリボンに手をかける。

「もしかして……嫌?」
「い、嫌じゃないわ! で、でも……」
   
 上から覗き込むクロエの顔は真っ赤で、恥ずかしそうに視線を泳がせている。恥じらう彼女はかわいい。嫌がってはいないみたいだし、ここは強引にいってもいいところだよな? 
 
「この半年、ずっと我慢してきて……やっと今夜にこぎつけたんだ。お願いだ、クロエ」

 ここは彼女のお情けに縋るしかない。俺は、たぶん自分がしているだろう、情けない顔を見せたくなくて、クロエの肩口に顔を埋め、耳元に唇を寄せ、ほとんど声にならない声で懇願した。
   
「……愛してる」
 
 その途端に、クロエの両腕が俺の首筋に巻き付き、ぎゅっと縋りついてきた。こんなに密着したのはあの夜以来で、俺の心臓がドクンと跳ねあがる。
 
「リュシアン、わたしも……ずっと……こうして欲しかった……」
「クロエ……」
 
 その言葉を聞いて、俺は不安が溶けて喜びで胸がいっぱいになる。こうして触れ合うことも大事だけど、言葉で気持ちを伝えあうことも、同じくらい大事なんだ。

 愛してると言えば、クロエも応えてくれる。
 俺を求めて抱きしめてくれる。
 俺も、愛してる。クロエだけ――

 俺はクロエの夜着のリボンを解き、生まれたままの彼女を抱きしめた。
 
 眩しいほどの白く、掌に吸い付くように滑らかなその肌に触れれば、それだけで頭の芯が痺れたように煮えたぎって、何も考えられなくなる。目の前で揺れる二つの胸のあわいに顔を寄せ、頂点のしこった蕾を思うさま吸い上げる。舌で小さな乳首を転がすように愛撫すれば、クロエが甘い声を上げ、白い身体を捩る。しとどに蜜をこぼす秘められた花びらを指で弄び、舌と唇で散々に彼女の奥深い場所を指で探り、幾度も頂点に導いてから、俺はついに苦しいほどに昂った欲望を、クロエの中に突き立てる。
 衝撃で揺れる白い胸も、仰け反らせた喉の折れそうな細さも、ベッドの上に散らばる赤く煌めく髪も、途切れることなく続く甘い喘ぎ声も、すべてが俺の興奮を煽る。
 彼女の隘路が俺にまとわりつき、搾り取ろうとするかのように締め上げてくる。

 何もかもが夢のよう。夢に見たまま――いや、夢よりももっと素晴らしい。
 これが夢なら、この夢の中に入ってしまいたい。このまま彼女と一つになったまま死ねたら、むしろ本望だ。

 時折、苦し気に眉を顰めたまま首を振る様子も愛おしくて、ついつい、両腕の力を籠めて抱きしめてしまう。
 こんなにしたら折れてしまうのではないか。こんなに激しくしたら、辛いのではないか。
 慣れない彼女に無理を強いるべきでないと思いながらも、でも、やめられない。
 理性の箍がいつの間にか吹っ飛び、俺はいつしか欲望のままに腰を打ち付け、クロエの中で果てた。
 がっくりとクロエの上に覆いかぶさって、だが体重をかけてしまわないよう、俺は肘で身体を支えつつ、深く息を吐く。
 腕の中のクロエはぐったりと目を閉じ、肩で息をしていた。そのたびに、白い胸が揺れる。

「クロエ……」

 まだ、彼女の中から抜け出したくなくて、俺は耳元でその名を呼ぶ。クロエが、うっすらと目を開け、エメラルドの瞳と目が合う。

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