【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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番外編 東西文化の違いについて

姫君の不満

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 穏やかにマーヤが尋ねると、飲み終わった善哉の椀をスルヤに返し、野菜スティックを白い綺麗な指で摘まんだアデライードが首を傾げた。

「そうねえ。……わたしは寝台っていうのは、ゆっくり寝そべって眠るための場所だと思っていたのだけれど、東では違うのね。ずっと際限なく運動させられて、疲れ切って気を失うように眠るまで殿下は許して下さらないの。最初はびっくりしたわ」

 ぶほっと熱い澄んだコンソメスープを噴き出して、ミハルが火傷に悶える。質問したマーヤは茫然と手に持った果実水のグラスを零しそうになっているし、ミアもアウローラも、から揚げを突き刺したピックを手に持って茫然としている。

「姫様、それは東西の違いではなくて、殿下が鬼畜で絶倫なだけです」

 ただ一人、アリナが表情も変えずに平然と訂正する。

「そうなの?!アリナさんのところは違うの?!」
「うちも絶倫ですが鬼畜ではありませんし、わたしも身体を鍛えて体力がございますから、お互い明日に響かぬように、加減をしながら楽しめばよいのです。殿下は姫様のお身体のことを考えていないか、少し歯止めが効かないのでございましょう。嫌だったら殿下に文句を言うべきです。男はこれについては馬鹿ですから、ハッキリ言わないと改めてはくれませんよ?」

 アリナの凛とした姿に、アンジェリカはさらに憧憬の思いをいだきながら、しかし肝心なことは聞き逃さずにずけずけと斬り込んだ。

「……て、ことは、以前はゾーイさんも鬼畜で絶倫だったけど、アリナさんが文句言って改めさせたってことですか?」
「そうですよ。接して漏らさずが房中術の基本とはいえ、一晩中、自分は一度もイかないでひたすらイかされ続けてごらんなさい、いかに鍛えたわたしといえ、翌日立ち上がれなかったときは怒り心頭ですよ。いい加減にしろ、このサル狒々ヒヒじじいと散々罵ってやって、大事な場所をガンガンに踏みつけて責め苛んでやったら、ようやく心を入れ替えたのですよ。今では、適度にイきながら三回まで、が我が家のルールです」

 いまだ経験のないアンジェリカ、ミハル、リリアの三人は、アリナの話が半分も理解できないのだが、人妻であるミアやアウローラ、スルヤはゾーイの絶倫ぶりと、アリナの反撃の恐ろしさに真っ青になっている。

「一回もイかないとか……それはちょっと……」

 スルヤはそれはもはや化け物の域ではないかと思うが、アリナの反撃もひどすぎてどっちもどっちとしか言えない。というか、この夫婦はセックスをプロレスと勘違いしているのではないか?

「その、房中術の基本ってのは何なのですの?」
「そうそう、東の男性ってのは、回数ではなく、イくまでの時間が長いのを誇るのですね。わたくし、友人たちと話していて、東西で違っていて驚きましたわ」

 ミアとアウローラといったソリスティアの人妻たちは興味津々である。
 東の帝国では、後宮に発する〈素女の道〉という房中術があって、それによれば、快楽の絶頂を極めた時にお互い〈気〉を発すると言われる。その〈気〉を体内で循環させて自身の〈気〉と交えるのが陰陽交合の道だと、信じられているのだ。つまり、イけばイくほど相手に〈気〉を吸い取られていくわけで、特に男は女をイかせるだけイかせて自身は射精を堪えるのが肝要だとされているのだ。

「そうなのですよね……初めのころ、うちの主人は自分だけ勝手に動いて出しての繰り返しで、うんざりしてしまったのですわ。最近、大分と改善されましたけれど……」

 スルヤがだがしかし、ゾーイのようなのは嫌だなと思いながら言う。房中術がそれほど普及していない西では、回数が多いほど絶倫の証とされていて、東の女は不満を覚えることが多いと言う。

「夜のことについては、心の中にため込んではよくない、と母が常々言っておりました。姫様も皆さまも、不満があればはっきりと旦那様に申し上げるべきでございましょう」

 あくまで男らしいアリナを、みな眩しい物を見るように見上げる。

「じゃ、じゃあ……お風呂でするのも、東西の違いではないのね?」

 アデライードが翡翠色の瞳を小動物のようにうるうるさせながらアリナに尋ねる。

「それは各夫婦の好みの問題でしょう」
「そもそも、毎朝一緒に入る必要がないでしょう」

 アンジェリカが眉を顰める。恭親王は毎朝、必ずアデライードを抱いて風呂にいれ、全身くまなく洗い上げるのを日課にしていた。それは、アデライードの身体についた彼の精が、万一にもアンジェリカやリリアのような平民の女に触れてしまわないように、という恭親王の心遣いでもあるのだが、龍種の精の秘密を知らないアンジェリカは、ただの変態であると思い込んでいた。だいたい、毎朝結局風呂で盛ってしまい、ただでさえ疲れているアデライードをさらに疲れさせるのでやめさせたいと思っていたのだ。
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