【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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20、聖婚

誓い

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 アデライードの手を握る自分の腕の周りにも、金色の光が視える。〈陰陽の鏡〉によって増幅されたためか、普段は〈王気〉の視えない恭親王にもそれが視認できたのだ。

 二人の〈王気〉は繋いだ手のあたりを中心に、飛び交い、時に戯れ合うように触れ合っている。その様子を居並ぶ十二人の枢機卿は感嘆したように眺めている。メイローズに至っては、これまで見たこともないような高揚感で満たされ、紺碧の瞳が喜びに輝いている。

 儀式の最初でそんなに興奮して大丈夫なのかと不安になりながら、視線を正面のゼノンと鏡に戻す。と、ゼノンもまた感極まったように灰色の瞳を見開いて二人を見つめ、次の言葉が出ない。
 陰陽宮の枢機卿ともなれば、全員〈王気〉が視えるのであろう。周囲から溜息とも感嘆ともつかぬ声が微かに漏れる。周囲の枢機卿がみな、なぜか感動に打ち震えている。

(何をしているんだ? いいから、早く続きを……!!)

 普段〈王気〉が視えず、また増幅された〈王気〉でもぼんやりとした光にしか視えない恭親王にはわからないことだが、その日の二人の〈王気〉は普段とはくらべものにならない程強く、また通常は掌ほどの大きさの光の龍は、ほぼ二人の等身大まで成長しており、光る鱗の一枚一枚まではっきりと視えた。その二匹の龍が戯れ合い、時折長い尾を絡ませあったりして飛び回るのだから、驚嘆するなという方が無理なのである。

「では、鏡の前で結婚の宣誓を……」

 ようやく気を取り直したメイローズの先導に従い、恭親王はアデライードの手を取って祭壇の前に進み、鏡の前に立つ。間近で見る〈陰陽の鏡〉はやはりただものならぬ〈気〉を発していて、さらにそれが自分たちの波動と共鳴しているのは確実だ。だが、恭親王は鏡を覗いて驚愕した。当然映っているはずの彼ら二人の姿ではなく、鏡の中では、二匹の金銀の龍が戯れ合っていたからだ。

(これは……)

 ぱちぱちと目を瞬く恭親王を、アデライードがちらりと見て、可笑しそうに一瞬、笑った――ような気がした。知らなかったの? と言われた気がした。知らなかった。どうせ〈王気〉視えないし。ちょっとふてくされた気分で、心の中でそう返すと、くすくすっと笑うような〈王気〉が返ってきた。
 不思議だ。手を取り合っているだけで、アデライードの感情がわかる。
 自分たち二人の強固な繋がりを知って、恭親王の心が凪いでいく。

 この世界の中で、今や銀の龍種はただ一人。自分は、その龍種のつがいに選ばれたのだ。彼女を守り、銀の龍種の血統を繋げていくために。

 鏡の中で戯れ合う二匹の龍を見て、恭親王は心を決める。

 アデライードを愛している。だから誓う。天と陰陽に。
 生涯、彼女を守り、大切にすると。

 恭親王はアデライードの足元に跪く。繋いだ彼女の右手を額に押し戴くようにして、厳かに教えられた文言を唱える。覚えやすいようにか知らないが、文言自体は短く、たわいもないものだ。

「我、太陽の龍騎士の末裔たる帝国皇子、今日のこの佳き日に陰陽の導きに従い、聖なるプルミンテルンの御許にて月の精の末裔たる王女アデライードを娶り、唯一のつがいとしてこの者を守り、とこしなえに夫婦であらんことを、誓う」

 そしてアデライードの白い手の甲に口づける。
 アデライードの〈王気〉が唇から流れ込む。

 その〈王気〉が表す感情は、躊躇ためらい。恐れ。迷い――。
 口づけたまま顔を上げ、上目遣いにアデライードを見れば、その翡翠色の瞳が揺れていた。

 あなたはもう、私のものだ。天と陰陽がそう望んだのだから――。

 右手を恭親王に預け、左手を胸の前に置いていたアデライードは、一瞬目を見開いて恭親王を視、静かに目を伏せた。

 はい。わかりました――。

 アデライードの右手から恭親王の唇へ受諾の意が流れてきて、恭親王がほっと安堵の息を吐いて立ち上がる。これで、ゼノンが儀式の終了を宣言すれば終わりのはずだ。なんともラチもない。

 恭親王はアデライードの手を取ったまま、少しだけ強く握る。
 もう二度と、この手を離すことはない。
 天と陰陽の前に永遠の愛を誓った。二人は聖なる夫婦として結ばれるのだ。
 どうやらこの洞窟の中で初夜を迎えねばならないようだが、もはやどうでもよかった。

 アデライードが欲しい。ようやく、この腕に抱くことができるのだ。

 枢機卿らが天と陰陽を讃える『聖典』の一説を、やはり独特の抑揚をつけて唱和しているのを聞きながら、恭親王はアデライードの手を握る、その手に力をこめた。アデライードの〈王気〉が流れ込み、儀式の途中だというのに、彼はそれに酔い始めていた。はっきり言えば、もう、初夜のことしか考えていなかった。
 管長ゼノンが儀式の終了を告げる祝詞を唱えている時、枢機卿たちがひそやかにざわめき始める。そのざわめきに恭親王が意識を周囲に向けると、祭壇の上の〈陰陽の鏡〉の鏡面が、これまでとは違う、虹色の光を発し初めていた。
 
 メイローズが驚愕の眼を見開いている。

 「管長!!……〈鏡〉が!!」
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