146 / 191
20、聖婚
誓い
しおりを挟む
アデライードの手を握る自分の腕の周りにも、金色の光が視える。〈陰陽の鏡〉によって増幅されたためか、普段は〈王気〉の視えない恭親王にもそれが視認できたのだ。
二人の〈王気〉は繋いだ手のあたりを中心に、飛び交い、時に戯れ合うように触れ合っている。その様子を居並ぶ十二人の枢機卿は感嘆したように眺めている。メイローズに至っては、これまで見たこともないような高揚感で満たされ、紺碧の瞳が喜びに輝いている。
儀式の最初でそんなに興奮して大丈夫なのかと不安になりながら、視線を正面のゼノンと鏡に戻す。と、ゼノンもまた感極まったように灰色の瞳を見開いて二人を見つめ、次の言葉が出ない。
陰陽宮の枢機卿ともなれば、全員〈王気〉が視えるのであろう。周囲から溜息とも感嘆ともつかぬ声が微かに漏れる。周囲の枢機卿がみな、なぜか感動に打ち震えている。
(何をしているんだ? いいから、早く続きを……!!)
普段〈王気〉が視えず、また増幅された〈王気〉でもぼんやりとした光にしか視えない恭親王にはわからないことだが、その日の二人の〈王気〉は普段とはくらべものにならない程強く、また通常は掌ほどの大きさの光の龍は、ほぼ二人の等身大まで成長しており、光る鱗の一枚一枚まではっきりと視えた。その二匹の龍が戯れ合い、時折長い尾を絡ませあったりして飛び回るのだから、驚嘆するなという方が無理なのである。
「では、鏡の前で結婚の宣誓を……」
ようやく気を取り直したメイローズの先導に従い、恭親王はアデライードの手を取って祭壇の前に進み、鏡の前に立つ。間近で見る〈陰陽の鏡〉はやはりただものならぬ〈気〉を発していて、さらにそれが自分たちの波動と共鳴しているのは確実だ。だが、恭親王は鏡を覗いて驚愕した。当然映っているはずの彼ら二人の姿ではなく、鏡の中では、二匹の金銀の龍が戯れ合っていたからだ。
(これは……)
ぱちぱちと目を瞬く恭親王を、アデライードがちらりと見て、可笑しそうに一瞬、笑った――ような気がした。知らなかったの? と言われた気がした。知らなかった。どうせ〈王気〉視えないし。ちょっとふてくされた気分で、心の中でそう返すと、くすくすっと笑うような〈王気〉が返ってきた。
不思議だ。手を取り合っているだけで、アデライードの感情がわかる。
自分たち二人の強固な繋がりを知って、恭親王の心が凪いでいく。
この世界の中で、今や銀の龍種はただ一人。自分は、その龍種の番に選ばれたのだ。彼女を守り、銀の龍種の血統を繋げていくために。
鏡の中で戯れ合う二匹の龍を見て、恭親王は心を決める。
アデライードを愛している。だから誓う。天と陰陽に。
生涯、彼女を守り、大切にすると。
恭親王はアデライードの足元に跪く。繋いだ彼女の右手を額に押し戴くようにして、厳かに教えられた文言を唱える。覚えやすいようにか知らないが、文言自体は短く、たわいもないものだ。
「我、太陽の龍騎士の末裔たる帝国皇子ユエリン、今日のこの佳き日に陰陽の導きに従い、聖なるプルミンテルンの御許にて月の精の末裔たる王女アデライードを娶り、唯一の番としてこの者を守り、永しなえに夫婦であらんことを、誓う」
そしてアデライードの白い手の甲に口づける。
アデライードの〈王気〉が唇から流れ込む。
その〈王気〉が表す感情は、躊躇い。恐れ。迷い――。
口づけたまま顔を上げ、上目遣いにアデライードを見れば、その翡翠色の瞳が揺れていた。
あなたはもう、私のものだ。天と陰陽がそう望んだのだから――。
右手を恭親王に預け、左手を胸の前に置いていたアデライードは、一瞬目を見開いて恭親王を視、静かに目を伏せた。
はい。わかりました――。
アデライードの右手から恭親王の唇へ受諾の意が流れてきて、恭親王がほっと安堵の息を吐いて立ち上がる。これで、ゼノンが儀式の終了を宣言すれば終わりのはずだ。なんとも埒もない。
恭親王はアデライードの手を取ったまま、少しだけ強く握る。
もう二度と、この手を離すことはない。
天と陰陽の前に永遠の愛を誓った。二人は聖なる夫婦として結ばれるのだ。
どうやらこの洞窟の中で初夜を迎えねばならないようだが、もはやどうでもよかった。
アデライードが欲しい。ようやく、この腕に抱くことができるのだ。
枢機卿らが天と陰陽を讃える『聖典』の一説を、やはり独特の抑揚をつけて唱和しているのを聞きながら、恭親王はアデライードの手を握る、その手に力をこめた。アデライードの〈王気〉が流れ込み、儀式の途中だというのに、彼はそれに酔い始めていた。はっきり言えば、もう、初夜のことしか考えていなかった。
管長ゼノンが儀式の終了を告げる祝詞を唱えている時、枢機卿たちがひそやかにざわめき始める。そのざわめきに恭親王が意識を周囲に向けると、祭壇の上の〈陰陽の鏡〉の鏡面が、これまでとは違う、虹色の光を発し初めていた。
メイローズが驚愕の眼を見開いている。
「管長!!……〈鏡〉が!!」
二人の〈王気〉は繋いだ手のあたりを中心に、飛び交い、時に戯れ合うように触れ合っている。その様子を居並ぶ十二人の枢機卿は感嘆したように眺めている。メイローズに至っては、これまで見たこともないような高揚感で満たされ、紺碧の瞳が喜びに輝いている。
儀式の最初でそんなに興奮して大丈夫なのかと不安になりながら、視線を正面のゼノンと鏡に戻す。と、ゼノンもまた感極まったように灰色の瞳を見開いて二人を見つめ、次の言葉が出ない。
陰陽宮の枢機卿ともなれば、全員〈王気〉が視えるのであろう。周囲から溜息とも感嘆ともつかぬ声が微かに漏れる。周囲の枢機卿がみな、なぜか感動に打ち震えている。
(何をしているんだ? いいから、早く続きを……!!)
普段〈王気〉が視えず、また増幅された〈王気〉でもぼんやりとした光にしか視えない恭親王にはわからないことだが、その日の二人の〈王気〉は普段とはくらべものにならない程強く、また通常は掌ほどの大きさの光の龍は、ほぼ二人の等身大まで成長しており、光る鱗の一枚一枚まではっきりと視えた。その二匹の龍が戯れ合い、時折長い尾を絡ませあったりして飛び回るのだから、驚嘆するなという方が無理なのである。
「では、鏡の前で結婚の宣誓を……」
ようやく気を取り直したメイローズの先導に従い、恭親王はアデライードの手を取って祭壇の前に進み、鏡の前に立つ。間近で見る〈陰陽の鏡〉はやはりただものならぬ〈気〉を発していて、さらにそれが自分たちの波動と共鳴しているのは確実だ。だが、恭親王は鏡を覗いて驚愕した。当然映っているはずの彼ら二人の姿ではなく、鏡の中では、二匹の金銀の龍が戯れ合っていたからだ。
(これは……)
ぱちぱちと目を瞬く恭親王を、アデライードがちらりと見て、可笑しそうに一瞬、笑った――ような気がした。知らなかったの? と言われた気がした。知らなかった。どうせ〈王気〉視えないし。ちょっとふてくされた気分で、心の中でそう返すと、くすくすっと笑うような〈王気〉が返ってきた。
不思議だ。手を取り合っているだけで、アデライードの感情がわかる。
自分たち二人の強固な繋がりを知って、恭親王の心が凪いでいく。
この世界の中で、今や銀の龍種はただ一人。自分は、その龍種の番に選ばれたのだ。彼女を守り、銀の龍種の血統を繋げていくために。
鏡の中で戯れ合う二匹の龍を見て、恭親王は心を決める。
アデライードを愛している。だから誓う。天と陰陽に。
生涯、彼女を守り、大切にすると。
恭親王はアデライードの足元に跪く。繋いだ彼女の右手を額に押し戴くようにして、厳かに教えられた文言を唱える。覚えやすいようにか知らないが、文言自体は短く、たわいもないものだ。
「我、太陽の龍騎士の末裔たる帝国皇子ユエリン、今日のこの佳き日に陰陽の導きに従い、聖なるプルミンテルンの御許にて月の精の末裔たる王女アデライードを娶り、唯一の番としてこの者を守り、永しなえに夫婦であらんことを、誓う」
そしてアデライードの白い手の甲に口づける。
アデライードの〈王気〉が唇から流れ込む。
その〈王気〉が表す感情は、躊躇い。恐れ。迷い――。
口づけたまま顔を上げ、上目遣いにアデライードを見れば、その翡翠色の瞳が揺れていた。
あなたはもう、私のものだ。天と陰陽がそう望んだのだから――。
右手を恭親王に預け、左手を胸の前に置いていたアデライードは、一瞬目を見開いて恭親王を視、静かに目を伏せた。
はい。わかりました――。
アデライードの右手から恭親王の唇へ受諾の意が流れてきて、恭親王がほっと安堵の息を吐いて立ち上がる。これで、ゼノンが儀式の終了を宣言すれば終わりのはずだ。なんとも埒もない。
恭親王はアデライードの手を取ったまま、少しだけ強く握る。
もう二度と、この手を離すことはない。
天と陰陽の前に永遠の愛を誓った。二人は聖なる夫婦として結ばれるのだ。
どうやらこの洞窟の中で初夜を迎えねばならないようだが、もはやどうでもよかった。
アデライードが欲しい。ようやく、この腕に抱くことができるのだ。
枢機卿らが天と陰陽を讃える『聖典』の一説を、やはり独特の抑揚をつけて唱和しているのを聞きながら、恭親王はアデライードの手を握る、その手に力をこめた。アデライードの〈王気〉が流れ込み、儀式の途中だというのに、彼はそれに酔い始めていた。はっきり言えば、もう、初夜のことしか考えていなかった。
管長ゼノンが儀式の終了を告げる祝詞を唱えている時、枢機卿たちがひそやかにざわめき始める。そのざわめきに恭親王が意識を周囲に向けると、祭壇の上の〈陰陽の鏡〉の鏡面が、これまでとは違う、虹色の光を発し初めていた。
メイローズが驚愕の眼を見開いている。
「管長!!……〈鏡〉が!!」
12
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる