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14、陰陽の龍種
陰陽の龍種
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軽く触れただけで、二人の間で魔力が循環するのだ。余剰魔力が澱んで停滞していたアデライードも、恭親王が近くにいればその停滞は解消されている。身体を繋いで精を交わせば、二つの〈王気〉はより混じり合い、融け合うはずだ。東の皇族の、陽の〈王気〉の強さは肉体の強靭さに比例する。強い魔力を持つ雄の龍種は、それだけ強い〈力〉を持つのだ。雄の龍が側にいれば、番である雌の龍の魔力も、雄の持つ強大な力で制御可能だ。
恭親王はその融け合う瞬間のことを想像しただけで、下半身が疼いた。触れただけの〈王気〉の交感でこれだけ甘美なのである。彼女との交わりはおそらく、脳天を溶かすほどの快楽をもたらすに違いない。
「あなたに触れているだけで、私の脳は沸騰しそうだ。あなたの甘い〈王気〉に体中が酔って痺れて……今すぐにでもあなたを手に入れたくて堪らないほどだ。……もう、絶対に、何があってもあなたを手放すことはない」
なぜ、これほどまでに執着するのか。一目見ただけで心を奪われ、何もかも打ち捨ててもこの女が欲しいと思うのか。
そしてそもそも、自身の外に発動できず、肉体や身体能力を強化するしか能のない、この無駄に強い魔力が何のためにあるのか。
すべては番を守るため――。
だとすれば、この腕の中にあるか弱い龍は、龍種である彼が、種としての存在意義をかけて手に入れ、愛し、守るべき存在なのだ。
恭親王が骨が軋むほどの力を込めてアデライードを抱きすくめると、アデライードは驚いて目を瞠り、ひっと喉にひっかかったような悲鳴を上げた。
〈王気〉の視える彼女の目には、恭親王の金色の〈王気〉が龍の形をとって彼女の銀色の〈王気〉に襲い掛かり、絡みつく様が視えていた。そして彼女自身の中に恭親王の〈王気〉が侵食するように巡り、彼女の自由を奪っていくのがわかった。
思わず目を閉じたとき、抱きしめていた腕の力が緩んで、恭親王が耳元で囁く。
「すまない、つい、力を籠め過ぎた……」
恭親王の黒曜石の瞳が少しぎらついている。腰から背中を大きな掌でゆっくりと撫でまわされる。まるで、所有権を主張するかのように。
「私たち龍種は雄と雌、二人で一つなのだ。二人が番うことで、初めて完成される……ただ、子を生むだけでなく、あなたは私を魅了し、私はあなたを守る……あなたの、魔力を制御することも含めて」
強い魔力を持つ夫を得て初めて、西の龍種は強い魔力を振るうことができる。始祖女王ディアーヌが、おそるべき強力な魔力を持っていたのも、龍騎士という強大な魔力を持つ夫を持ったからなのだ。その、一対の番によって、初めて〈混沌〉の闇は拓かれ、世界に光が戻り、陰陽は調和された。
(陰陽の〈気〉を交合させるとは……つまりはそういうことなのか)
アデライードに触れて初めて、陰陽の〈王気〉を交わす〈聖婚〉の意味に恭親王は気づく。
そして現在、陰の龍種が滅びの危機に立たされている理由も、同時に理解した。龍種の雌は単体では力を発揮できない弱い存在なのだ。龍種の雄が戦いにしか能のない存在なのと対をなすように。
たとえ強い〈王気〉を持つ女王が現れても、その強い魔力を制御できる男はおらず、子もできない。結果、〈王気〉の弱い女王が歓迎されたわけだ。
恭親王はその腕の中に抱えたアデライードの腰の細さに、愛しさとも保護欲とも独占欲ともつかない、強烈に沸き上がる劣情を感じてアデライードを強く抱きしめる。
自分の体内を巡る、恭親王の強力な魔力を感じながら、アデライードは思う。自分の身体でありながら、男の強い〈王気〉に支配されていく感覚に、恐ろしささえ覚える。
腰を強く抱かれたまま、大きな掌が頬に覆いかぶさり、優しく撫でられる。間近に、恭親王の整った顔があり、黒い瞳で真っ直ぐに射竦められる。そのまま、唇が重ねられ、唇を割って男の舌が咥内に侵入する。男の、力強く荒々しい〈王気〉が直接、彼女の身体の中に入り込み、脳から脊髄が侵されて、荒ぶる激情に飲み込まれていく。
しばらく為すがままに唇を蹂躙され、アデライードが息も絶え絶えになったころ、ようやく唇が解放された。アデライードは顔を心持ち上気させ、肩で息をしていると、男の大きな手が両肩からするりと下がって細い手首を握り、掌を絡めっとって指を絡ますように強く握り込まれる。男の熱い視線が射抜くようにアデライードを見つめ、そのままもう一度口づけられる。今度の口づけは先ほどのものよりも激しくなくて、すぐに開放され、至近距離で吐息を絡めるように見つめ合った。握り込まれた指先から蕩けるような〈王気〉が流れ込み、アデライードは全身がずくずくと溶けていきそうだった。
「愛しているよ……アデライード」
耳元で低く、甘い声が囁く。潤んだ瞳で恭親王を見つめると、握った腕が引っ張られ、そのまま彼の胸に倒れ込んだ。
「そんな瞳で見つめられたら、我慢できなくなる。……これからは、時間を作って頻繁に会いに来よう。あなたの封印を解くその日まで、少しずつ、私のものになる覚悟を、決めていってくれたらいい」
硬い胸板に抱き留められ、アデライードは目を閉じた。
封印が解かれるその日――。
自分は、自由になるのか。それとも、見えぬ鎖で囚われるのか――。
恭親王はその融け合う瞬間のことを想像しただけで、下半身が疼いた。触れただけの〈王気〉の交感でこれだけ甘美なのである。彼女との交わりはおそらく、脳天を溶かすほどの快楽をもたらすに違いない。
「あなたに触れているだけで、私の脳は沸騰しそうだ。あなたの甘い〈王気〉に体中が酔って痺れて……今すぐにでもあなたを手に入れたくて堪らないほどだ。……もう、絶対に、何があってもあなたを手放すことはない」
なぜ、これほどまでに執着するのか。一目見ただけで心を奪われ、何もかも打ち捨ててもこの女が欲しいと思うのか。
そしてそもそも、自身の外に発動できず、肉体や身体能力を強化するしか能のない、この無駄に強い魔力が何のためにあるのか。
すべては番を守るため――。
だとすれば、この腕の中にあるか弱い龍は、龍種である彼が、種としての存在意義をかけて手に入れ、愛し、守るべき存在なのだ。
恭親王が骨が軋むほどの力を込めてアデライードを抱きすくめると、アデライードは驚いて目を瞠り、ひっと喉にひっかかったような悲鳴を上げた。
〈王気〉の視える彼女の目には、恭親王の金色の〈王気〉が龍の形をとって彼女の銀色の〈王気〉に襲い掛かり、絡みつく様が視えていた。そして彼女自身の中に恭親王の〈王気〉が侵食するように巡り、彼女の自由を奪っていくのがわかった。
思わず目を閉じたとき、抱きしめていた腕の力が緩んで、恭親王が耳元で囁く。
「すまない、つい、力を籠め過ぎた……」
恭親王の黒曜石の瞳が少しぎらついている。腰から背中を大きな掌でゆっくりと撫でまわされる。まるで、所有権を主張するかのように。
「私たち龍種は雄と雌、二人で一つなのだ。二人が番うことで、初めて完成される……ただ、子を生むだけでなく、あなたは私を魅了し、私はあなたを守る……あなたの、魔力を制御することも含めて」
強い魔力を持つ夫を得て初めて、西の龍種は強い魔力を振るうことができる。始祖女王ディアーヌが、おそるべき強力な魔力を持っていたのも、龍騎士という強大な魔力を持つ夫を持ったからなのだ。その、一対の番によって、初めて〈混沌〉の闇は拓かれ、世界に光が戻り、陰陽は調和された。
(陰陽の〈気〉を交合させるとは……つまりはそういうことなのか)
アデライードに触れて初めて、陰陽の〈王気〉を交わす〈聖婚〉の意味に恭親王は気づく。
そして現在、陰の龍種が滅びの危機に立たされている理由も、同時に理解した。龍種の雌は単体では力を発揮できない弱い存在なのだ。龍種の雄が戦いにしか能のない存在なのと対をなすように。
たとえ強い〈王気〉を持つ女王が現れても、その強い魔力を制御できる男はおらず、子もできない。結果、〈王気〉の弱い女王が歓迎されたわけだ。
恭親王はその腕の中に抱えたアデライードの腰の細さに、愛しさとも保護欲とも独占欲ともつかない、強烈に沸き上がる劣情を感じてアデライードを強く抱きしめる。
自分の体内を巡る、恭親王の強力な魔力を感じながら、アデライードは思う。自分の身体でありながら、男の強い〈王気〉に支配されていく感覚に、恐ろしささえ覚える。
腰を強く抱かれたまま、大きな掌が頬に覆いかぶさり、優しく撫でられる。間近に、恭親王の整った顔があり、黒い瞳で真っ直ぐに射竦められる。そのまま、唇が重ねられ、唇を割って男の舌が咥内に侵入する。男の、力強く荒々しい〈王気〉が直接、彼女の身体の中に入り込み、脳から脊髄が侵されて、荒ぶる激情に飲み込まれていく。
しばらく為すがままに唇を蹂躙され、アデライードが息も絶え絶えになったころ、ようやく唇が解放された。アデライードは顔を心持ち上気させ、肩で息をしていると、男の大きな手が両肩からするりと下がって細い手首を握り、掌を絡めっとって指を絡ますように強く握り込まれる。男の熱い視線が射抜くようにアデライードを見つめ、そのままもう一度口づけられる。今度の口づけは先ほどのものよりも激しくなくて、すぐに開放され、至近距離で吐息を絡めるように見つめ合った。握り込まれた指先から蕩けるような〈王気〉が流れ込み、アデライードは全身がずくずくと溶けていきそうだった。
「愛しているよ……アデライード」
耳元で低く、甘い声が囁く。潤んだ瞳で恭親王を見つめると、握った腕が引っ張られ、そのまま彼の胸に倒れ込んだ。
「そんな瞳で見つめられたら、我慢できなくなる。……これからは、時間を作って頻繁に会いに来よう。あなたの封印を解くその日まで、少しずつ、私のものになる覚悟を、決めていってくれたらいい」
硬い胸板に抱き留められ、アデライードは目を閉じた。
封印が解かれるその日――。
自分は、自由になるのか。それとも、見えぬ鎖で囚われるのか――。
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