81 / 191
12、指輪の選択
〈狂王〉への批判
しおりを挟む
言いにくいことを正面から言われ、ギュスターブは皮肉っぽい笑みを唇に貼りつける。恭親王は椅子の背に預けていた体を起こすと、ルキニウスの方を振り向いて言った。
「姫君を別邸にお匿いしているのは、神官長より姫君の安全の確保を依頼されたためだ。そうであったな、ルキニウス」
恭親王がルキニウスを見ると、ルキニウスが頷く。これはメイローズを通して根回ししておいたのだ。
「婚約式以前から、刺客が徘徊いたしましてな。太陰宮の女戦士の護衛では不安心と思い、僭越ながら総督閣下にお預かりいただいた次第でござる。月神殿からの馬車も襲撃されたが、総督閣下ご自身と配下の奮闘によって無事、退けられておる」
ギュスターブはルキニウスの言葉にも表情は変えずに続ける。
「しかし、婚約者と申しても、我々元老院もナキアの女王陛下も、アデライード姫の婚約について、何の承諾も与えておりません。いわば、正式な婚約も済まぬ未婚の王女に過ぎませぬ。それを単なる婚約者候補の別邸に滞在させるなど、高貴な姫君を預かる太陰宮とも思えぬ仕儀にございましょう。我が亡き妻は姫君の純潔を守るべく、聖なる砦と頼んで太陰宮にお預けしたものを……まさかユリウス卿のたくらみに、太陰宮も一枚噛んでおられるのでしょうか」
恭親王が唇の端を歪めて嘲笑するように言った。
「何を想像しているのか知らぬが、単純に、姫君に警備のしっかりした邸を提供しているだけに過ぎぬ。私は別邸には宿泊したこともないし、婚約式の日も聖地までは日帰りだ。その後は聖地に足も踏み入れていない。私は赴任直後の目の回るような忙しさで、婚約者に会いに来る時間すら取れないのだ。それを世間体を理由に批判されるとは、心外だな。姫君の世間体を護って太陰宮に留め置き、むざむざと暗殺者の手にかかってしまった方が、ギュスターブ卿には都合がよかったということか?」
恭親王のあからさまな嫌味にギュスターブは頬をわずかに引き攣らせるが、さすがは百戦錬磨のギュスターブ、目には目を、嫌味には嫌味を返すことにした。
「その言葉、よりによって〈狂王〉の二つ名を持つ、ユエリン皇子から出たものを、どうして信用などできましょう。いかな〈聖婚〉とはいえ、まともな神経を持つ者ならば、娘や姉妹を差し出そうなどとは、思いますまい。何しろ、〈狂王〉ユエリンは〈処女殺し〉。処女にしか興味を示さないと、もっぱらの噂でござる。太陰宮の奥地で傅かれた、この上もなく清らかな姫君に、〈狂王〉の食指が動かないはずはない」
覚悟はしていたが、〈処女殺し〉の評判を持ち出され、恭親王はうんざりする。誰が言い出したのか、恭親王は一部では病的な処女好きと噂されているが、まったくそんなことはない。少年時代に過失で平民の侍女の命を奪って以来、むしろ処女は敬遠している。
(どいつもこいつも、人の古傷を無遠慮に抉ってくれる……)
龍種の精は耐性の無い者には毒だが、特に処女は破瓜のショックで激烈な反応が出る。龍種の精の毒に苦しむ、あの時の侍女の凄惨な情景は、彼のトラウマだ。「据え膳は食う」がモットーの恭親王だが、処女と香水臭い女だけは遠慮する。ゾラの言う、「殿下が死んでも食わない二大据え膳」という奴だ。
「貴公の話は噂ばかりだな。陰陽宮のメイローズ枢機卿が姫君の側に付いているし、先ほども言ったように、そもそも別邸には婚約式以来、足を向けていない。食指を動かす暇もない」
恭親王の反論に、ギュスターブはなおも追及する。
「どうだか……世話役のエイダ修道女を、姫君のお側より退けられたとか。邪な目的が知れるというものです」
どうしてもギュスターブは、恭親王とアデライードの間に身体の関係があることにしたいらしい。ずっと聖地から海を隔てたソリスティアに居て、アデライードと会ってすらいない、と言っているのに、全く話を聞かない。
(馬鹿じゃないのか、こいつ……)
「宿泊記録や港の船の出入りの記録を調べてもらえば明らかだが、婚約式の折りの、別邸での滞在時間は短いものだし、常にメイローズが側に控えている。エイダ修道女は身元も不確かで、姫君の身近に置くに相応しくないと判断した。私が選んだ身元の確かな侍女二人をつけてある」
恭親王は最近は獣人しか相手にしていない。彼の中では獣人は道具と同じなので、女遊びの範疇に入らない。こんな品行方正な男を捕まえて、ひどい言いがかりだと、内心憤慨していた。
「時間などいくらでも操作できるではありませんか。たとえ滞在が短時間でも、義父としては、姫君が無体を強いられていないか心配するのは当然です。まさか太陰宮までが、殿下のなさりようを黙認しておるとは、聖地が聞いて呆れますな」
いや、私は短時間で済ませられるほど早漏じゃない、とおかしな方向で反論しそうになり、危ういところで言葉を飲み込む。ギュスターブの言いざまに、聖職者たちも騒ぎ出していた。
「太陰宮や〈禁苑〉まで愚弄するとは、ギュスターブ卿も言葉が過ぎますぞっ……!!」
ユリウスも、さらにルキニウスをはじめとする太陰宮の神官たちも、自分たちが女衒よろしくアデライード姫を総督に売り渡したとまで言われ、いささか頭に血がのぼっているようだ。
少々ギュスターブのペースに乗せられすぎだな、と恭親王は攻勢に出るタイミングを計った。
「姫君を別邸にお匿いしているのは、神官長より姫君の安全の確保を依頼されたためだ。そうであったな、ルキニウス」
恭親王がルキニウスを見ると、ルキニウスが頷く。これはメイローズを通して根回ししておいたのだ。
「婚約式以前から、刺客が徘徊いたしましてな。太陰宮の女戦士の護衛では不安心と思い、僭越ながら総督閣下にお預かりいただいた次第でござる。月神殿からの馬車も襲撃されたが、総督閣下ご自身と配下の奮闘によって無事、退けられておる」
ギュスターブはルキニウスの言葉にも表情は変えずに続ける。
「しかし、婚約者と申しても、我々元老院もナキアの女王陛下も、アデライード姫の婚約について、何の承諾も与えておりません。いわば、正式な婚約も済まぬ未婚の王女に過ぎませぬ。それを単なる婚約者候補の別邸に滞在させるなど、高貴な姫君を預かる太陰宮とも思えぬ仕儀にございましょう。我が亡き妻は姫君の純潔を守るべく、聖なる砦と頼んで太陰宮にお預けしたものを……まさかユリウス卿のたくらみに、太陰宮も一枚噛んでおられるのでしょうか」
恭親王が唇の端を歪めて嘲笑するように言った。
「何を想像しているのか知らぬが、単純に、姫君に警備のしっかりした邸を提供しているだけに過ぎぬ。私は別邸には宿泊したこともないし、婚約式の日も聖地までは日帰りだ。その後は聖地に足も踏み入れていない。私は赴任直後の目の回るような忙しさで、婚約者に会いに来る時間すら取れないのだ。それを世間体を理由に批判されるとは、心外だな。姫君の世間体を護って太陰宮に留め置き、むざむざと暗殺者の手にかかってしまった方が、ギュスターブ卿には都合がよかったということか?」
恭親王のあからさまな嫌味にギュスターブは頬をわずかに引き攣らせるが、さすがは百戦錬磨のギュスターブ、目には目を、嫌味には嫌味を返すことにした。
「その言葉、よりによって〈狂王〉の二つ名を持つ、ユエリン皇子から出たものを、どうして信用などできましょう。いかな〈聖婚〉とはいえ、まともな神経を持つ者ならば、娘や姉妹を差し出そうなどとは、思いますまい。何しろ、〈狂王〉ユエリンは〈処女殺し〉。処女にしか興味を示さないと、もっぱらの噂でござる。太陰宮の奥地で傅かれた、この上もなく清らかな姫君に、〈狂王〉の食指が動かないはずはない」
覚悟はしていたが、〈処女殺し〉の評判を持ち出され、恭親王はうんざりする。誰が言い出したのか、恭親王は一部では病的な処女好きと噂されているが、まったくそんなことはない。少年時代に過失で平民の侍女の命を奪って以来、むしろ処女は敬遠している。
(どいつもこいつも、人の古傷を無遠慮に抉ってくれる……)
龍種の精は耐性の無い者には毒だが、特に処女は破瓜のショックで激烈な反応が出る。龍種の精の毒に苦しむ、あの時の侍女の凄惨な情景は、彼のトラウマだ。「据え膳は食う」がモットーの恭親王だが、処女と香水臭い女だけは遠慮する。ゾラの言う、「殿下が死んでも食わない二大据え膳」という奴だ。
「貴公の話は噂ばかりだな。陰陽宮のメイローズ枢機卿が姫君の側に付いているし、先ほども言ったように、そもそも別邸には婚約式以来、足を向けていない。食指を動かす暇もない」
恭親王の反論に、ギュスターブはなおも追及する。
「どうだか……世話役のエイダ修道女を、姫君のお側より退けられたとか。邪な目的が知れるというものです」
どうしてもギュスターブは、恭親王とアデライードの間に身体の関係があることにしたいらしい。ずっと聖地から海を隔てたソリスティアに居て、アデライードと会ってすらいない、と言っているのに、全く話を聞かない。
(馬鹿じゃないのか、こいつ……)
「宿泊記録や港の船の出入りの記録を調べてもらえば明らかだが、婚約式の折りの、別邸での滞在時間は短いものだし、常にメイローズが側に控えている。エイダ修道女は身元も不確かで、姫君の身近に置くに相応しくないと判断した。私が選んだ身元の確かな侍女二人をつけてある」
恭親王は最近は獣人しか相手にしていない。彼の中では獣人は道具と同じなので、女遊びの範疇に入らない。こんな品行方正な男を捕まえて、ひどい言いがかりだと、内心憤慨していた。
「時間などいくらでも操作できるではありませんか。たとえ滞在が短時間でも、義父としては、姫君が無体を強いられていないか心配するのは当然です。まさか太陰宮までが、殿下のなさりようを黙認しておるとは、聖地が聞いて呆れますな」
いや、私は短時間で済ませられるほど早漏じゃない、とおかしな方向で反論しそうになり、危ういところで言葉を飲み込む。ギュスターブの言いざまに、聖職者たちも騒ぎ出していた。
「太陰宮や〈禁苑〉まで愚弄するとは、ギュスターブ卿も言葉が過ぎますぞっ……!!」
ユリウスも、さらにルキニウスをはじめとする太陰宮の神官たちも、自分たちが女衒よろしくアデライード姫を総督に売り渡したとまで言われ、いささか頭に血がのぼっているようだ。
少々ギュスターブのペースに乗せられすぎだな、と恭親王は攻勢に出るタイミングを計った。
13
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる