【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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12、指輪の選択

〈狂王〉への批判

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 言いにくいことを正面から言われ、ギュスターブは皮肉っぽい笑みを唇に貼りつける。恭親王は椅子の背に預けていた体を起こすと、ルキニウスの方を振り向いて言った。

「姫君を別邸におかくまいしているのは、神官長より姫君の安全の確保を依頼されたためだ。そうであったな、ルキニウス」

 恭親王がルキニウスを見ると、ルキニウスが頷く。これはメイローズを通して根回ししておいたのだ。

「婚約式以前から、刺客が徘徊いたしましてな。太陰宮の女戦士の護衛では不安心と思い、僭越ながら総督閣下にお預かりいただいた次第でござる。月神殿からの馬車も襲撃されたが、総督閣下ご自身と配下の奮闘によって無事、退けられておる」

 ギュスターブはルキニウスの言葉にも表情は変えずに続ける。

「しかし、婚約者と申しても、我々元老院もナキアの女王陛下も、アデライード姫の婚約について、何の承諾も与えておりません。いわば、正式な婚約も済まぬ未婚の王女に過ぎませぬ。それを単なる婚約者候補の別邸に滞在させるなど、高貴な姫君を預かる太陰宮とも思えぬ仕儀にございましょう。我が亡き妻は姫君の純潔を守るべく、聖なる砦と頼んで太陰宮にお預けしたものを……まさかユリウス卿のたくらみに、太陰宮も一枚噛んでおられるのでしょうか」

 恭親王が唇の端を歪めて嘲笑するように言った。

「何を想像しているのか知らぬが、単純に、姫君に警備のしっかりした邸を提供しているだけに過ぎぬ。私は別邸には宿泊したこともないし、婚約式の日も聖地までは日帰りだ。その後は聖地に足も踏み入れていない。私は赴任直後の目の回るような忙しさで、婚約者に会いに来る時間すら取れないのだ。それを世間体を理由に批判されるとは、心外だな。姫君の世間体を護って太陰宮に留め置き、むざむざと暗殺者の手にかかってしまった方が、ギュスターブ卿には都合がよかったということか?」

 恭親王のあからさまな嫌味にギュスターブは頬をわずかに引き攣らせるが、さすがは百戦錬磨のギュスターブ、目には目を、嫌味には嫌味を返すことにした。

「その言葉、よりによって〈狂王〉の二つ名を持つ、ユエリン皇子から出たものを、どうして信用などできましょう。いかな〈聖婚〉とはいえ、まともな神経を持つ者ならば、娘や姉妹を差し出そうなどとは、思いますまい。何しろ、〈狂王〉ユエリンは〈処女殺し〉。処女にしか興味を示さないと、もっぱらの噂でござる。太陰宮の奥地で傅かれた、この上もなく清らかな姫君に、〈狂王〉の食指が動かないはずはない」

 覚悟はしていたが、〈処女殺し〉の評判を持ち出され、恭親王はうんざりする。誰が言い出したのか、恭親王は一部では病的な処女好きと噂されているが、まったくそんなことはない。少年時代に過失で平民の侍女の命を奪って以来、むしろ処女は敬遠している。

(どいつもこいつも、人の古傷を無遠慮に抉ってくれる……)

 龍種の精は耐性の無い者には毒だが、特に処女は破瓜のショックで激烈な反応が出る。龍種の精の毒に苦しむ、あの時の侍女の凄惨な情景は、彼のトラウマだ。「据え膳は食う」がモットーの恭親王だが、処女と香水臭い女だけは遠慮する。ゾラの言う、「殿下が死んでも食わない二大据え膳」という奴だ。

「貴公の話は噂ばかりだな。陰陽宮のメイローズ枢機卿が姫君の側に付いているし、先ほども言ったように、そもそも別邸には婚約式以来、足を向けていない。食指を動かす暇もない」

 恭親王の反論に、ギュスターブはなおも追及する。

「どうだか……世話役のエイダ修道女を、姫君のお側より退けられたとか。よこしまな目的が知れるというものです」

 どうしてもギュスターブは、恭親王とアデライードの間に身体の関係があることにしたいらしい。ずっと聖地から海を隔てたソリスティアに居て、アデライードと会ってすらいない、と言っているのに、全く話を聞かない。

(馬鹿じゃないのか、こいつ……)

「宿泊記録や港の船の出入りの記録を調べてもらえば明らかだが、婚約式の折りの、別邸での滞在時間は短いものだし、常にメイローズが側に控えている。エイダ修道女は身元も不確かで、姫君の身近に置くに相応しくないと判断した。私が選んだ身元の確かな侍女二人をつけてある」

 恭親王は最近は獣人しか相手にしていない。彼の中では獣人は道具と同じなので、女遊びの範疇に入らない。こんな品行方正な男を捕まえて、ひどい言いがかりだと、内心憤慨していた。

「時間などいくらでも操作できるではありませんか。たとえ滞在が短時間でも、義父としては、姫君が無体を強いられていないか心配するのは当然です。まさか太陰宮までが、殿下のなさりようを黙認しておるとは、聖地が聞いて呆れますな」

 いや、私は短時間で済ませられるほど早漏じゃない、とおかしな方向で反論しそうになり、危ういところで言葉を飲み込む。ギュスターブの言いざまに、聖職者たちも騒ぎ出していた。

「太陰宮や〈禁苑〉まで愚弄するとは、ギュスターブ卿も言葉が過ぎますぞっ……!!」

 ユリウスも、さらにルキニウスをはじめとする太陰宮の神官たちも、自分たちが女衒ぜげんよろしくアデライード姫を総督に売り渡したとまで言われ、いささか頭に血がのぼっているようだ。

 少々ギュスターブのペースに乗せられすぎだな、と恭親王は攻勢に出るタイミングを計った。
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