【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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12、指輪の選択

公聴会

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 別邸で早めの昼食を済ませ、正装した恭親王とユリウス、アデライードの三人はメイローズを伴って馬車で月神殿に乗り付けた。文武の侍従官と護衛二十騎が従い、護衛は一部以外は控室に待機し、恭親王ら三人と侍従官二人は、月神殿内の会議室に案内された。

 太陰宮の大神官長ルキニウス、陰陽宮の管長ゼノン、太陽宮の太陽神殿大僧正ウルの三人は〈禁苑三宮〉の長であり、〈禁苑〉の最高位聖職者だ。彼ら三人を含め、月神殿の十二大神官、陰陽宮の十二枢機卿、太陽宮の十二僧正が揃い、その上でアデライードの養育責任者である〈光の花〉修道院長エラ、世話係のエイダ修道女、女王認証官ルーラが顔を揃えて待っていた。彼らが高貴な客人に礼を示して、一斉に立ち上がる。

 会場にエイダの姿をみとめ、アデライードがひゅっと息を飲み、見る間に顔色が青ざめ、表情が凍り付く。一方のエイダは大人しい鼠のような顔をしながら、その奥に獰猛な獣を飼っている素顔をほんの一瞬――恭親王以外は見落としたに違いない――だけ見せた。恭親王はすっと腕を伸ばしてアデライードの腕に触れる。触れた場所から〈王気〉が絡まりあう。

 (大丈夫、どうせ何もできやしない――あなたは、私が守る)

 そんな思いを〈気〉に乗せて伝えれば、アデライードがはっとして恭親王を見た。二人にしかわからない手段で思いを伝え、恭親王は唇の端を少しだけ上げて微笑んだ。アデライードの緊張した〈気〉が緩むのがわかる。目を見合わせて微笑み合う二人の周囲には、金銀の〈王気〉が龍の形を取って戯れ合い、それを視たルーラは思わず顔を赤らめた。

 まずは恭親王が上座に導かれる。その向い側に空いた椅子が置かれ、そちらがギュスターブの席と思われた。恭親王の文武の侍従官二人は恭親王の背後、かなり遠く離れて控える。

 アデライードとその後見人ユリウスは並んで、少し離れた席に導かれる。
 女王認証官のルーラをはじめ〈王気〉の視える聖職者たちは、恭親王の金龍の〈王気〉に一様に感嘆の溜息を漏らす。金色の光が体の周囲を取り巻き、時折、龍のような光が飛び交う。黒い髪に黒い瞳、それに合わせた黒地に金糸の装飾の入った正装姿は貴公子めいているものの、ややしどけない感じで、左手を打ち合わせ式の上着に懐手にし、豪華な椅子に腰かけ、長い脚をこれ見よがしに組んだ。高貴で端正な美貌にほんのちょっと野性味が添うのが、得難い魅力となって発散される。気怠い様子ながら優雅に右手で黒髪を掻き上げ、取り囲む聖職者をジロリと鋭く一瞥する。かったるい、とっとと終わらせろよ、と言う声が聞こえそうだ。

 一方、銀龍の〈王気〉を纏うアデライード姫は、月の女神のような白い長衣に金銀糸の組紐を胸高に締め、薄紫の地模様のある透ける肩衣を纏い、粒の揃った三連の真珠の首飾りをつけて、端然と座る。異母兄のユリウスはダークブロンドの長い髪をさらりと流し、深緑の天鵞絨ビロードのマントを華麗に捌いて、こちらは貴公子然とした様子で、やはり長い脚を優雅に組んだ。
 恭親王の美貌も群を抜いているが、アデライードとユリウス兄妹の美貌も負けてはいなかった。

 恭親王はちらりとアデライードを見やる。アデライードの胸元を飾る真珠は、皇家に代々伝わる重宝を、〈聖婚〉の花嫁への贈物として皇帝より賜ったもので、恭親王自身の手でアデライードの白い首筋にかけてやったものだ。あの滑らかな象牙のような肌を思い出すと、少し身体が熱くなるが、馬車の中でもユリウスに邪魔されて、文字通り、指一本触れることができなかった。欲求不満やるかたない。

 久々に会ったアデライードにあからさまに警戒され、恭親王はかなりヘコんだ。
 警戒して当然だ。自業自得。……それはわかっているけれど。

 今、ユリウスの隣に佇むアデライードは、普段通り、無機質な美しさを湛え、何の表情もない。今のところ、恭親王にはさほど興味はないらしいが、幸いにも、鷹のエールライヒには興味津々だ。鷹に餌をやるのをエサにして、少しずつ心を開かせていけば――。

 もうすぐ公聴会が始まるというのに、恭親王の意識はどうしても、少し開いた襟ぐりから覗く、アデライードの白い胸のふくらみに持っていかれてしまう。あのヒラヒラした、いかにも脱がせやすそうな衣装。あれで周囲をうろつかれて、半年も我慢しろとか、新手の拷問なのか。胸ぐらい揉んでもいいんじゃないか。いやいや、胸なんか揉んだら最後、そこで我慢する方が地獄だ。だいたいユリウスにも証文まで書かされているし――。

 恭親王が涼しい美貌の裏側で、アデライードへの欲望を滾らせながら待つことしばし。最後にイフリート公子ギュスターブが、臙脂えんじ色の天鵞絨ビロードのマントを翻し、侍従官を一人従えて現れた。
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