【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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8、神器の在処

エイダ

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 室内では、恭親王が食事を続けながらメイローズの報告を聞いていた。腕は相変わらずアデライードの腰に回されたままだ。

「……午餐会で出す予定の葡萄酒の壺全てに、毒が混入されておりました。即効性の毒薬ですので、周囲が苦しみ出すのを見て、毒と気づいて飲まない者も出るとは思いますが、何しろ強力な毒で……おそらく一口で命を奪うと思われます」
 
 メイローズがひとまずの情報を恭親王に伝えると、恭親王は頷き、アデライードは先刻の情景を思い出して顔を蒼ざめさせた。

「あれは臭いもなくて、乾杯で出されたらかなりの者が飲むだろう。私が気づかなければ、〈禁苑三宮〉の長三人をはじめ、かなりの被害が出た可能性があるな」
「……あと、護衛の者の控室ひかえしつにも、毒入りの葡萄酒が置かれておりまして……」

 恭親王は護衛たちにも月神殿での一切の飲食を禁じ、控室にも入らずに馬車周辺での待機を命じていた。もし、婚約式のお祝いですとでも、護衛達が控室で酒を勧められれば、一口二口とはいえ必ず口にしたであろう。敵方は二重三重の罠を張って、絶対にアデライードと恭親王を始末するつもりでいたに違いない。

「今回ばかりは殿下の毒探知能力のおかげで助かりましたが……しかし!」

 メイローズはびしっと恭親王を指差して苦言を呈した。

「あの侍女に対するやり方はよろしくありません! 殺してしまっては誰に命じられたのかわかりませんし、もしかしたら、何も知らずに葡萄酒を注ぎに来ただけかもしれないではありませんか! しかもあんな、公衆の面前で口……口移しで毒を飲ませるなどっ!」
「何も知らないってことはないな。私の〈王気〉があの女から強烈な敵意を感知したから。だからあの葡萄酒が怪しいと気づいたんだ」

 挟みパンを食べた後、指についたパン屑を舐めながら、恭親王が言った。

「命じた者については、拷問しても喋りはしないだろう。本来ならばターゲットだけに絞るはずの毒殺を、あの場に出席した者全員を道連れにするつもりで捨て身の戦法に出たんだ。おいそれと依頼人の名など口にはするまい」

 今回、月神殿の末端にも〈聖婚〉を阻止しようとする者の手が伸びていることが明らかになり、〈禁苑〉は喉元の裏切り者の存在を突き付けられたことになる。

「〈禁苑〉の教えにとって、〈聖婚〉はまさに陰陽調和のかなめともいうべき教義の根幹です。それを邪魔する者が他ならぬ〈禁苑〉の内部に存在することに、他の二宮も衝撃を受けています」
「イフリート公爵はなぜ、そこまで〈禁苑〉に執着するのだろうな?」
「娘を女王として認めなかったことを、心の底から恨んでいるという話ですが」
「いろいろと漏れ聞くところのイフリート公爵は、極めて現実主義の、合理的な思考をする人物なのだがな」
 
 娘可愛さで動く人物とも思えないのだが……と、恭親王は顎に手を当てて考え込む。

「ところで……あのエイダはどうした?あれが大人しくしているとは思えん。絶対に目を離すなよ」
 
 恭親王の言葉に、メイローズが秀麗な顔をやや顰めた。

「月神殿を退出するときに掴まってしまい、姫様のもとへ連れて行けと泣きつかれて大変でした。エラ院長からも口添えされるし……」

 エイダ修道女の名前を聞いて、アデライード姫の肩がぴくりと震える。

「あいつが間諜だ。絶対入れるなよ。」
「え、あのおばちゃんが?」

 ゾラが意外そうに口走ると、恭親王はアデライードをちらりと見て言った。

「姫はあの女が間者かんじゃだと気づいていたのだぞ」

 メイローズが驚愕の表情でアデライードを見、アデライードがそっと目を伏せて肯定の意を示した。
 
「どうして……わかったのです?」

 メイローズの疑問に、恭親王はこともなげに答えた。

「十年前の誘拐の一件からしてあからさまに怪しいだろう。エイダは実行犯の一人だ。馭者の他にも共犯がいる可能性はあるな。あいつもイフリートの〈黒影〉の一味なんだろう。修道女のくせに月の女神への祈りの時に焚く香の匂いひとつしないから、確信した。ああいう信心深い修道女ってものは、常に神殿で使うハーブ類でできた匂い袋なんかを身に着けているものだ。エラ院長も、何とかいう、目つきの怪しい中年の女神官も、薄荷ハッカ薫衣草ラベンダーの混じったみたいな匂いがするからな。エイダきっとはプロの暗部で、おそらく別の顔と名前を持って情報を収集しているんだろう。だから匂いがつかないようにしているのだ」

 恭親王の言葉にメイローズが目を瞠り、ゾラとトルフィンが感心したように頷いた。

「すげぇ殿下、さすが安心の匂いフェチ!」
「殿下の無駄に利く鼻が、初めて役に立った……!」
「誰が匂いフェチだっ!」

 若い主従の不毛な言い合いを茫然と見つめながら、アデライードはなるほどと感心していた。確かに、言われてみればエイダは何も匂いがしなかった。故にいつの間にか背後に立たれていたり、密かに家探しされたりすることが幾度もあった。

 「とにかく……今回の〈聖婚〉に関わる情報が全て筒抜けなのも、姫の間近にいたエイダのせいだ。修道院にはエイダの協力者もいるだろう。エイダはきっと、いろんなコネを使って別邸に入り込もうとするだろうが、一切取り合うな。それでもだめだと判断したら、全く別の人間に成りすまして近づこうとするかもしれない。絶対に、私が許可した者以外は誰も姫君に近づけるな。あの二人の侍女にも徹底しておくように」

 それぞれに念を押すように、ぐるりと部下たちを見回して恭親王は言い、隣に座るアデライードに蕩けるような笑みを向けた。

「だから、あなたはもう、安心していい。イフリート公爵の手の者は、もう近寄せることはない」

 アデライードははっとして恭親王を見る。黒い瞳はあくまで穏やかで、どこか憐れむような光を宿していた。二人がどちらからともなく見つめ合っていると、メイローズがコホンと咳払いして言った。

「エイダが間諜だというのはわかりましたが……その、エイダがこれまで姫君の命を救けてきた理由がわかりません。たとえば十年前だって、もっと簡単に殺せる機会がいくらでもありましたのに」

 恭親王が麗しの宦官を見て、薄く嗤った。

「あれはたぶん、二重スパイだ。雇い主から姫君の監視と保護を命じられ、さらに、姫君の暗殺を請け負っている奴等と近い関係にあるのだろう。だから、姫君の情報を渡して刺客を呼び寄せた上で、ギリギリのところで命だけは助ける。暗殺のやり口もわかっているから、そりゃ、簡単に防げるさ。まさに放火犯が火を消して褒められているようなもんだ。そうやって周囲の信頼も獲得していって、ますます姫君を追い込むわけだ。……そうだろう?」

 アデライードは目を見開いた。まるで見ていたかのように、エイダのやり口を言い当てられ、アデライードは驚く。アデライードはひとまず、この人の側にいればエイダの脅威からは逃れられるのではないかと、ようやく少しだけ安堵した。
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