【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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4、〈王気〉なき王女

〈聖婚〉のしらせ

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『これは王女ではありませんね。王女はどちらです?……え?この〈王気〉のない少女が?〈王気〉あってこそ、王女であり、女王となる資格を持ちます。〈王気〉のない者に女王認証を与えることはできません。〈王気〉なき王女など、王女として認めることすらできません』

 〈王気〉を持たぬことで、アルベラは王女としての存在意義まで否定されたのである。
 あの日、アルベラの周りの世界は、ガラガラと音を立てて崩れた。
 急遽即位することになった叔母ユウラの認証式が無事終了するまで、アルベラは自室に閉じ込められ、屈辱に塗れて泣き暮らした。

 即位を否定され、何故、自分には〈王気〉がないのか、恨み、悩んだ。アルベラを支えてくれたのは、父ウルバヌスだった。父は常にアルベラに言う。王は天のために存在するのではなく、ましてや〈禁苑〉のためでもなく、民のためだ、と。

『そなたは天と〈禁苑〉には否定されたが、民はそなたを否定してはいない。民のために生き、民とともに歩む女王になればよい。』

 アルベラは父の薫陶を受け、女の身でありながら気軽に馬を駆って野山を駆け、街に出て民衆に溶け込み、人々の生活の実態を目にし、夜は遅くまで書物を繙いて、民のための女王になるべく、日々努力してきたのだ。

 昨年、長く体調を崩して床についていたユウラ女王が身罷みまかり、ウルバヌスは再びアルベラの女王即位を画策する。当然、〈禁苑〉からの認証官はそれを拒否する、という茶番が繰り返される。

 世俗主義のイフリート公爵は、女王即位の条件としての〈王気〉の存在に納得していない。アルベラは紛れもなく、アライア女王の腹を痛めた第一子であり、執政長官インペラトール)イフリート公爵の娘である。貶められ、女王位を奪われる理由がない、というのが彼の意見であった。

 彼が十年前に、一旦ほこを収め、ユウラ女王の即位を認めたのは、アルベラが九歳とまだ幼かったからだ。だがアルベラが十九歳と成人している現在、イフリート公爵はもはや引く気はない。女王の空位は一年に及ぶが、あくまでわが娘の即位を要求していくつもりである。

「わざわざテセウスを遠乗りの最中まで呼びに遣るとは、いったいどうなさったのです?」

 アルベラが執務机に座るウルバヌスに尋ねると、ウルバヌスは父譲りの赤い髪の娘をじっと見据え、言った。

「聖地に忍び込ませた間者からの報告が入ったのだ。〈禁苑〉はアデライードを結婚させるらしい」

 アルベラは翡翠色の瞳をぱちぱちと瞬きした。アデライードはアルベラの従妹で現在十六歳、アルベラよりも三歳年下だ。十年前に聖地の修道院に入って以来、実母であるユウラ女王の葬儀にすら帰国せず、一度も聖地を出ていない。

「そうですか……」

 十九歳のアルベラこそ結婚適齢期だが、女王の夫は執政長官として元老院議長を兼ね、国政のトップに立つ。生半可な人物を結婚相手に選ぶことはできない上、アルベラの女王即位が認証されないために婿探しもできない有様だ。このままでは行き遅れること、間違いない。

 アルベラ自身はまだまだ結婚などしないで自由に過ごしたいと思っているが、自分の女王即位を認めない〈禁苑〉が、年下の従妹の結婚を決めたとなれば、内心面白くはない。〈禁苑〉はアデライードをこそ女王に推しているのだ。その結婚は女王位争いに無関係ではないだろう。

「相手は東の皇帝の第五親王で、すでに慣例に則りソリスティア総督に就任したらしい。二百年ぶりの〈聖婚〉だそうだ。……〈陰〉と〈陽〉の〈王気〉を交合させ、陰陽の調和を取り戻すのだそうだ」

 ギュスターブは皮肉な笑みを浮かべ、アルベラに説明した。アルベラは目を瞠る。

「〈聖婚〉――?」
「そう、〈聖婚〉。〈王気〉を持たぬお前には、即位はおろか、〈聖婚〉の資格すらないそうだ」

 アルベラの脳裏に、母アライア女王の葬儀の時に一度だけ見かけた、輝くばかりの銀色の〈王気〉に包まれた、幼いアデライードの姿が蘇えった。

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