221 / 236
エピローグ
輝く星のように
しおりを挟む
皇子は皇家の輩行に従ってアルデインと名付けられ、未来の皇帝候補として、すでに傅役の選定に入っている。成人後にソアレス公爵の襲爵が決まっているフエルが、その最有力候補である。――シウリンとしては不満ではあるが、アデライードがフエルを気に入っていることもあって、おそらくは学院卒業後に正式な拝命を受けることになるだろう。フエルもさすがに親父と同じ過ちは犯さないだろうと、シウリンも半ばあきらめている。
王女は女王家の慣習に従い、星の精霊から幼名をステルマリアと名付けられた。シウリンは七歳の命名式で贈る正式な名も、すでに決めている。五百年前の〈聖婚〉の王女の名にちなんで、アストレイアと名付けるつもりだ。アストレイアは星の女神であり、また双子の弟は少し遅れて生まれたことから、昴の後に続いて上り、「後に続くもの」と言う意味を持つ星の名、アルデバランより取った。天上に煌く星のように、人々を導いて欲しいとの願いを込めている。
健康そのものの皇子アルデインと違い、王女ステルマリアは身体が弱く、一時も気を抜くことができない。マニ僧都とアデライードとで、ほとんど専属の治癒術師のように貼りついて、魔力が安定するまでの困難な幼少期をなんとか乗り越えさせようと、常に目を光らせている。
昨年の一月に生まれたゾーイの長子フェロンは、ただの巨大児ではなく発達もすこぶる良好で、すでに自由に動きまわってやんちゃのし放題である。そのフェロンをゲルの息子三人が追いかけて王城の芝生を転げまわっている。子供たちの一番のお気に入りのお守りはジブリールで、ようやく伸びてきた白い鬣を引っ張ったり背中によじ登ったりしているが、百獣の王の貫禄で悠然といなしている。いずれアルデインもあの中に加わるのだろうと思いながらも、だが子供たちに圧し掛かられて潰れそうなジブリールをそろそろ救出しようと、シウリンは庭園の芝生を大股で横切り、ジブリールを呼んだ。
「お前たち、ジブリ―ルが我慢しているうちにいい加減にやめなさい。さっきアンジェリカが四阿におやつの用意をしていたから、行って食べてきたらどうだ」
一番大きいゲルの長男ルーンが立ち上がり、弟たちを促す。真ん中のレーンはよく気が付くタイプで、フェロンの手を繋いで四阿へと向かう。それを見送って、ようやく子守りから解放されたジブリールが甘えたように「クフン」と鳴いた。
「いつも苦労かけるな。……アデライードはどこだ?」
頭を撫でてやると、ジブリールは先に立って薔薇園の方へと歩きだす。すっかり大きくなって以前の毛玉のようなコロコロした感じはなくなって、ノッシノッシと貫禄のある歩き方だ。
手入れの行き届いた薔薇園の奥には、蔓バラを這わせた緑廊があって、アデライードはその陰にある大きなソファに寝そべって、何か書類のようなものを読んでいた。少し離れてアリナとマニ僧都が控え、上から吊るす形の籐の揺り籠で赤ん坊を寝かせていた。
まずアリナがシウリンの気配に気づき、立ち上がろうとするのを手で制して、マニ僧都には目礼してアデライードのソファの空いている場所に腰を下ろすと、ジブリールも二人の間に大人しく座った。アデライードが目を上げ、シウリンに微笑んだ。
「何を読んでいる?」
「アルベラからの手紙です」
「アルベラ?」
シウリンが黒い目を見開く。六月のこの時期、薔薇園は一気に盛りを迎えた薔薇の洪水で、噎せ返るような薔薇の香りに溢れていた。いくつも作られた蔓バラのアーチを、ちょうどメイローズとシャオトーズがお茶の盆を持ってくぐるのが見えた。真っ青な空の下を、さっきから黒い鷹が忙しく飛び回っている。
人間も鷹も、子育てに必死だな――。
ちらりと二つの揺り籠に目をやって、シウリンは唇の端をわずかに上げた。
「アルベラがなんて?」
「最近、銀色の〈王気〉がお腹の周りに視えるようになったと。女の子だとわかってホッとしているそうです」
アルベラの妊娠は伝えられていたが、性別まではわからなかった。つくづく、〈王気〉が視えるのは便利なものだと思う。
「なぜ女の子でホッとする?」
「だって、男の子だったら聖地に入れて〈純陽〉にするって、脅されていたそうですもの」
アデライードの視線が、僅かな非難を帯びているのを見て取り、シウリンは慌てて肩を竦める。
「口で言っているだけさ。兄上も照れているんだよ。五十を過ぎて今さら子供なんて……とか、私にも言っていたからな。本当は嬉しくてたまらないのを、本人は隠してるつもりでも、口元がだらしなく緩んでるから、バレバレだったけど」
「それでも……」
アデライードが何かいいさしたが、ちょうどシャオトーズとメイローズが茶の用意を運んできて、アデライードは口を噤む。
「それでも……何?」
「もともと、お兄様のところにおやりになるの、初めから決めていたんですって? 最初のお話では、たまたまお兄様がアルベラを気に入ってお手が付いてしまったと、仰っていたのに」
王女は女王家の慣習に従い、星の精霊から幼名をステルマリアと名付けられた。シウリンは七歳の命名式で贈る正式な名も、すでに決めている。五百年前の〈聖婚〉の王女の名にちなんで、アストレイアと名付けるつもりだ。アストレイアは星の女神であり、また双子の弟は少し遅れて生まれたことから、昴の後に続いて上り、「後に続くもの」と言う意味を持つ星の名、アルデバランより取った。天上に煌く星のように、人々を導いて欲しいとの願いを込めている。
健康そのものの皇子アルデインと違い、王女ステルマリアは身体が弱く、一時も気を抜くことができない。マニ僧都とアデライードとで、ほとんど専属の治癒術師のように貼りついて、魔力が安定するまでの困難な幼少期をなんとか乗り越えさせようと、常に目を光らせている。
昨年の一月に生まれたゾーイの長子フェロンは、ただの巨大児ではなく発達もすこぶる良好で、すでに自由に動きまわってやんちゃのし放題である。そのフェロンをゲルの息子三人が追いかけて王城の芝生を転げまわっている。子供たちの一番のお気に入りのお守りはジブリールで、ようやく伸びてきた白い鬣を引っ張ったり背中によじ登ったりしているが、百獣の王の貫禄で悠然といなしている。いずれアルデインもあの中に加わるのだろうと思いながらも、だが子供たちに圧し掛かられて潰れそうなジブリールをそろそろ救出しようと、シウリンは庭園の芝生を大股で横切り、ジブリールを呼んだ。
「お前たち、ジブリ―ルが我慢しているうちにいい加減にやめなさい。さっきアンジェリカが四阿におやつの用意をしていたから、行って食べてきたらどうだ」
一番大きいゲルの長男ルーンが立ち上がり、弟たちを促す。真ん中のレーンはよく気が付くタイプで、フェロンの手を繋いで四阿へと向かう。それを見送って、ようやく子守りから解放されたジブリールが甘えたように「クフン」と鳴いた。
「いつも苦労かけるな。……アデライードはどこだ?」
頭を撫でてやると、ジブリールは先に立って薔薇園の方へと歩きだす。すっかり大きくなって以前の毛玉のようなコロコロした感じはなくなって、ノッシノッシと貫禄のある歩き方だ。
手入れの行き届いた薔薇園の奥には、蔓バラを這わせた緑廊があって、アデライードはその陰にある大きなソファに寝そべって、何か書類のようなものを読んでいた。少し離れてアリナとマニ僧都が控え、上から吊るす形の籐の揺り籠で赤ん坊を寝かせていた。
まずアリナがシウリンの気配に気づき、立ち上がろうとするのを手で制して、マニ僧都には目礼してアデライードのソファの空いている場所に腰を下ろすと、ジブリールも二人の間に大人しく座った。アデライードが目を上げ、シウリンに微笑んだ。
「何を読んでいる?」
「アルベラからの手紙です」
「アルベラ?」
シウリンが黒い目を見開く。六月のこの時期、薔薇園は一気に盛りを迎えた薔薇の洪水で、噎せ返るような薔薇の香りに溢れていた。いくつも作られた蔓バラのアーチを、ちょうどメイローズとシャオトーズがお茶の盆を持ってくぐるのが見えた。真っ青な空の下を、さっきから黒い鷹が忙しく飛び回っている。
人間も鷹も、子育てに必死だな――。
ちらりと二つの揺り籠に目をやって、シウリンは唇の端をわずかに上げた。
「アルベラがなんて?」
「最近、銀色の〈王気〉がお腹の周りに視えるようになったと。女の子だとわかってホッとしているそうです」
アルベラの妊娠は伝えられていたが、性別まではわからなかった。つくづく、〈王気〉が視えるのは便利なものだと思う。
「なぜ女の子でホッとする?」
「だって、男の子だったら聖地に入れて〈純陽〉にするって、脅されていたそうですもの」
アデライードの視線が、僅かな非難を帯びているのを見て取り、シウリンは慌てて肩を竦める。
「口で言っているだけさ。兄上も照れているんだよ。五十を過ぎて今さら子供なんて……とか、私にも言っていたからな。本当は嬉しくてたまらないのを、本人は隠してるつもりでも、口元がだらしなく緩んでるから、バレバレだったけど」
「それでも……」
アデライードが何かいいさしたが、ちょうどシャオトーズとメイローズが茶の用意を運んできて、アデライードは口を噤む。
「それでも……何?」
「もともと、お兄様のところにおやりになるの、初めから決めていたんですって? 最初のお話では、たまたまお兄様がアルベラを気に入ってお手が付いてしまったと、仰っていたのに」
24
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる