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14、薤露
そっくりだけど違う
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宿舎に戻り、ゾラは士官用に宛がわれた一人部屋の、寝台に横たわって天井を見上げた。
今日一日で、一週間分ぐらいの労働をした気分だ。――体力お化けの主が魔力切れでぶっ倒れるくらいだったのだ。それを見ているから、こき使われても文句は言えない。
でも、アルベラはなあ――。
自分でもらしくねーな、と思う。いったい何を動揺しているのか。抱いてみたら処女だったからか。
――普段のゾラならば、たぶん二つ返事で引き受けて、処女だったら幸運、くらいなもんで、美味しくいただいて終わりだった。
もともと精脈を絶つ、という呪術的処置において、処女かどうかは問われない。事前に処女だとわかっていても、命令は実行されただろう。だが、さすがのゾラも処女だと知っていたら、踏み切れなかったかもしれない。その程度には、ゾラはアルベラに対して思い入れがあった。
いやむしろ、テセウスに対してか。
俺は、テセウスじゃない。当たり前だが、この国で何度もテセウスと呼びかけられると、ゾラの自我認同も揺らいでくる。俺は本当はテセウスで、あの西の森で死んだんじゃないのか。本物は死んで、それでもなおアルベラに執着して、亡霊となって付きまとっているんじゃないか――。
シメオンだか言う、アルベラの異母兄に至っては、俺がテセウスじゃないなんて、疑いもしなかった。
『ねえ――アルベラを、愛してる?』
『……僕も、愛してた。幸せにしてあげて』
シメオンの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
テセウスも、シメオンも、アルベラを愛してた。――どちらも、絶対に結ばれないと知りながら。片方は、王女の夫にはなれない身分のゆえに。片方は、異母兄ゆえに。
そしてアルベラは、たぶん、イライラするくらい初心で鈍かった。……恋に恋することすら知らない、子供っぽい娘。物知らずで弱っちくて、全てにおいて認識が甘くて、何の力もないくせに、自分は一人で歩いていけると思い込んでいた、馬鹿な小娘。それだけの努力をしたと、本人は胸を張っていたけど、アンタが一人で生きていけるわけねーだろって、ついついデコピンでもかましたくなる、甘えたお嬢ちゃん。
でもそんな、とんでもなく危ういところから、目が離せなかった。それはきっと、ゾラだけじゃなくて、テセウスも、シメオンも、同じ。
ゾラが目を閉じ、さっきまでの情事の余韻に浸る。
ほっそりとして、それでいてしなやかな、森の小鹿みたいに敏捷で。どこもかしこも綺麗で、触れるのが恐ろしいくらい、清らかで。堪えきれずに上げた喘ぎ声も愛らしくて。
あんないい女の側で、十五年もお預け喰らって、テセウスって野郎は正真正銘の馬鹿だと思う。
そんな風に死ぬ気で守ったお姫様の処女を、俺みたいなクズ男に掻っ攫われて、今頃草葉の陰で歯噛みして悔しがっているに違いない。
ああ、それでも!
どんなに顔が似ていても、俺はテセウスじゃねーんだよ!
「死んじまった恋人には、勝てねぇよ……」
……とここまで考えて、ゾラは思わずガバリと起き上り、両手で頭を抱える。
「……そっか、俺……けっこう本気で嬢ちゃんのことが好きだったのか……」
好きでなければ、テセウスの代わりでもなんでもいいはずだ。それが、迂闊に抱いちまったもんだから、そこから一歩も先に進めなくなってしまった。
「あり得ねえ……俺こそ、正真正銘のアホだな……」
ゾラはもう一度、ぽすりと寝台に背中を預けると、両手で顔を覆って身悶えた。
今日一日で、一週間分ぐらいの労働をした気分だ。――体力お化けの主が魔力切れでぶっ倒れるくらいだったのだ。それを見ているから、こき使われても文句は言えない。
でも、アルベラはなあ――。
自分でもらしくねーな、と思う。いったい何を動揺しているのか。抱いてみたら処女だったからか。
――普段のゾラならば、たぶん二つ返事で引き受けて、処女だったら幸運、くらいなもんで、美味しくいただいて終わりだった。
もともと精脈を絶つ、という呪術的処置において、処女かどうかは問われない。事前に処女だとわかっていても、命令は実行されただろう。だが、さすがのゾラも処女だと知っていたら、踏み切れなかったかもしれない。その程度には、ゾラはアルベラに対して思い入れがあった。
いやむしろ、テセウスに対してか。
俺は、テセウスじゃない。当たり前だが、この国で何度もテセウスと呼びかけられると、ゾラの自我認同も揺らいでくる。俺は本当はテセウスで、あの西の森で死んだんじゃないのか。本物は死んで、それでもなおアルベラに執着して、亡霊となって付きまとっているんじゃないか――。
シメオンだか言う、アルベラの異母兄に至っては、俺がテセウスじゃないなんて、疑いもしなかった。
『ねえ――アルベラを、愛してる?』
『……僕も、愛してた。幸せにしてあげて』
シメオンの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
テセウスも、シメオンも、アルベラを愛してた。――どちらも、絶対に結ばれないと知りながら。片方は、王女の夫にはなれない身分のゆえに。片方は、異母兄ゆえに。
そしてアルベラは、たぶん、イライラするくらい初心で鈍かった。……恋に恋することすら知らない、子供っぽい娘。物知らずで弱っちくて、全てにおいて認識が甘くて、何の力もないくせに、自分は一人で歩いていけると思い込んでいた、馬鹿な小娘。それだけの努力をしたと、本人は胸を張っていたけど、アンタが一人で生きていけるわけねーだろって、ついついデコピンでもかましたくなる、甘えたお嬢ちゃん。
でもそんな、とんでもなく危ういところから、目が離せなかった。それはきっと、ゾラだけじゃなくて、テセウスも、シメオンも、同じ。
ゾラが目を閉じ、さっきまでの情事の余韻に浸る。
ほっそりとして、それでいてしなやかな、森の小鹿みたいに敏捷で。どこもかしこも綺麗で、触れるのが恐ろしいくらい、清らかで。堪えきれずに上げた喘ぎ声も愛らしくて。
あんないい女の側で、十五年もお預け喰らって、テセウスって野郎は正真正銘の馬鹿だと思う。
そんな風に死ぬ気で守ったお姫様の処女を、俺みたいなクズ男に掻っ攫われて、今頃草葉の陰で歯噛みして悔しがっているに違いない。
ああ、それでも!
どんなに顔が似ていても、俺はテセウスじゃねーんだよ!
「死んじまった恋人には、勝てねぇよ……」
……とここまで考えて、ゾラは思わずガバリと起き上り、両手で頭を抱える。
「……そっか、俺……けっこう本気で嬢ちゃんのことが好きだったのか……」
好きでなければ、テセウスの代わりでもなんでもいいはずだ。それが、迂闊に抱いちまったもんだから、そこから一歩も先に進めなくなってしまった。
「あり得ねえ……俺こそ、正真正銘のアホだな……」
ゾラはもう一度、ぽすりと寝台に背中を預けると、両手で顔を覆って身悶えた。
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