【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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14、薤露

そっくりだけど違う

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 宿舎に戻り、ゾラは士官用に宛がわれた一人部屋の、寝台に横たわって天井を見上げた。

 今日一日で、一週間分ぐらいの労働をした気分だ。――体力お化けの主が魔力切れでぶっ倒れるくらいだったのだ。それを見ているから、こき使われても文句は言えない。

 でも、アルベラはなあ――。
 自分でもらしくねーな、と思う。いったい何を動揺しているのか。抱いてみたら処女だったからか。
  
 ――普段のゾラならば、たぶん二つ返事で引き受けて、処女だったら幸運ラッキー、くらいなもんで、美味しくいただいて終わりだった。
 もともと精脈を絶つ、という呪術的処置において、処女かどうかは問われない。事前に処女だとわかっていても、命令は実行されただろう。だが、さすがのゾラも処女だと知っていたら、踏み切れなかったかもしれない。その程度には、ゾラはアルベラに対して思い入れがあった。

 いやむしろ、テセウスに対してか。

 俺は、テセウスじゃない。当たり前だが、この国で何度もテセウスと呼びかけられると、ゾラの自我認同アイデンティティも揺らいでくる。俺は本当はテセウスで、あの西の森で死んだんじゃないのか。本物は死んで、それでもなおアルベラに執着して、亡霊となって付きまとっているんじゃないか――。

 シメオンだか言う、アルベラの異母兄に至っては、俺がテセウスじゃないなんて、疑いもしなかった。

 『ねえ――アルベラを、愛してる?』
 『……僕も、愛してた。幸せにしてあげて』

 シメオンの言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 テセウスも、シメオンも、アルベラを愛してた。――どちらも、絶対に結ばれないと知りながら。片方は、王女の夫にはなれない身分のゆえに。片方は、異母兄ゆえに。

 そしてアルベラは、たぶん、イライラするくらい初心ウブで鈍かった。……恋に恋することすら知らない、子供っぽい娘。物知らずで弱っちくて、全てにおいて認識が甘くて、何の力もないくせに、自分は一人で歩いていけると思い込んでいた、馬鹿な小娘。それだけの努力をしたと、本人は胸を張っていたけど、アンタが一人で生きていけるわけねーだろって、ついついデコピンでもかましたくなる、甘えたお嬢ちゃん。

 でもそんな、とんでもなく危ういところから、目が離せなかった。それはきっと、ゾラだけじゃなくて、テセウスも、シメオンも、同じ。

 ゾラが目を閉じ、さっきまでの情事の余韻に浸る。

 ほっそりとして、それでいてしなやかな、森の小鹿みたいに敏捷で。どこもかしこも綺麗で、触れるのが恐ろしいくらい、清らかで。堪えきれずに上げた喘ぎ声も愛らしくて。

 あんないい女の側で、十五年もお預け喰らって、テセウスって野郎は正真正銘の馬鹿だと思う。
 そんな風に死ぬ気で守ったお姫様の処女を、俺みたいなクズ男に掻っ攫われて、今頃草葉の陰で歯噛みして悔しがっているに違いない。

 ああ、それでも!
 どんなに顔が似ていても、俺はテセウスじゃねーんだよ!
 
「死んじまった恋人には、勝てねぇよ……」

 ……とここまで考えて、ゾラは思わずガバリと起き上り、両手で頭を抱える。

「……そっか、俺……けっこう本気で嬢ちゃんのことが好きだったのか……」

 好きでなければ、テセウスの代わりでもなんでもいいはずだ。それが、迂闊に抱いちまったもんだから、そこから一歩も先に進めなくなってしまった。

「あり得ねえ……俺こそ、正真正銘のアホだな……」

 ゾラはもう一度、ぽすりと寝台に背中を預けると、両手で顔を覆って身悶えた。
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