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14、薤露

気の重い命令

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 フエルが下がると、入れ代わりにゲルとトルフィンがやってきた。

「アルベラ姫が確保されたと聞きました」
「ああ」
「どうしますか」

 シウリンはシャオトーズに命じて、胃薬を煎じさせる。

「どうするかな。……やっぱり、精脈を絶たないとまずいよな?」

 トルフィンが気まずそうに言う。

「でも……そんなの意味、あるんですか?」
 
 だがゲルは断固として言い切った。

「迷信のように思われるかもしれませんが、意味があるから続いてきたのです。本来ならば、街全体に命令を下すべきですが、あの家は娘を余所に嫁がせることがないと聞いています。ですが、例の淫祀の件もありますので、イフリート家に嫁いだ者と、イフリート家の血を引く娘に対しては、特に魔力の強い者を派遣し、精脈を絶つ必要があると存じます」
「……すでに妊娠していたら、効果があるのか?」

 シウリンの問いに、ゲルが淡々と答える。

「龍種と貴種の精に含まれる魔力は、胎児のような弱い魔物の精を殺っすると言われています。それが本来の目的なのです」

 シウリンがつい、掌で顔を覆う。

「……複雑だな。私自身が胎の子を失ったばかりというのに。この命令ばかりは出すのが慣れない」 

 ゲルが主の心情をおもんばかり、軽く目を伏せる。

「ナキア市内のイフリート家の邸はすでに押えてございます。後は、泉神殿にいた娘たちは、アルベラ姫以外は全て、自害していたようで……」
「わかった。ナキアの方には聖騎士を派遣しろ。無茶はするなと言い添えて。――しかしアルベラは……」

 仮にも女王家の姫である。それを強姦しろと命令するのは、さすがにまずくはないか。――全然知らない女ならまだしも、シウリンにとっては一緒に旅をしたアルベールの印象が強くて、とてもじゃないがそんな命令を下す気にはならない。
 それはトルフィンも同じらしく、眉間に皺を寄せている。しかしゲルはあくまで強硬だった。

「ですが、すでに新月も経過しておりますれば、淫祀の犠牲になっている可能性が高い。これを放置することはできますまい」
「妊娠してたら中絶させるってのじゃ、ダメなのか?」

 シウリンの打開策に、トルフィンも横で頷く。

「ですがアルベラ姫の御子は要は女王家の子ということになり申す。父親が誰であれ、それを殺すことはかえって許されません。将来の禍根を絶つためにも、精脈を絶っておくべきと思われますが」

 アルベラが妊娠した場合、子が龍種である可能性はないわけではない。それを中絶することはさらにできない。頭を抱えてしまったシウリンに、トルフィンが言った。

「……強姦じゃなくて、和姦ならいいんですよね?」
「いいかどうかは知らんが、同意の上なら文句は言えん。……誰か口説き上手でも派遣しろというのか」

 と、そこまで言ってから、シウリンもトルフィンも顔を見合わせた。

「……確かにいたな。幼女以外なら、どんな女も和姦に持ち込めると、豪語していた馬鹿が」
「そうですよ! その異能バカを、今使わなくて、いつ使うんですか!」
「ああ、あの馬鹿ですか……」

 ゲルまでもが妙に納得して、しかし、少し考えるように顎に手を当てた。

「まあ確かに、あいつの祖母は公主で、相当に魔力も強いですし――ですが、引き受けますかね?」
「引き受けさせるしかあるまい。それにゾラはテセウスやらいう、アルベラ姫の護衛の男に瓜二つらしいのだ。その縁でアルベラは妙にゾラに懐いていた。こうなったらあの馬鹿に縋るしかない。……ぼやぼやしていると、グインやダヤンの耳に入って、面倒くさいことになる。そろそろアイツらも、獣人に飽きてきたころだ」
 
 何のかんの言ってもアルベラは美人だ。〈王気〉こそないが女王家の姫である。その精脈を絶つとなったら、グインとダヤンが俺にやらせろと言い出すに決まっている。あの二人は桁違いの絶倫の上に、容赦や加減というものを知らないし、〈王気〉はないと言え、女王家の姫と皇子を遇わせるのは危険だ。――いろんな条件を考えても、ゾラに口説かせるのが一番、マシだ。主義として強姦レイプはしない、というゾラの良心に賭けるしかない。胃薬を飲み干して、シウリンが怠そうに立ち上がる。

「私はもう少し寝る。月神殿での女王認証が無事終了し、始祖女王の結界が修復されたこと、以後、魔物の被害は大幅に減るはずだが、万一、何かに憑依して残存している者に関しては、速やかに王城か神殿に届け出れば討伐に向かう旨、明日朝いちばんで布告を出すように」
「は。すでに草案も完成して、清書に入っております」
「まずはイフリート派の残党狩りを優先し、新女王の謁見は年明け以後とする。その布告も出しておけ」 
「仰せの通りに」

 数歩、寝室に向かって歩きだしたところでシウリンがあっと叫ぶ。どうしたのかと、怪訝な表情で見上げるゲルとトルフィンに、シウリンが気まずそうに振り返って言う。

「最悪だ。……明日は結婚記念日じゃないか。私としたことが何も準備してない」
「……それどころじゃなかったですからね」

 トルフィンも、認証式の顛末には主夫妻への同情を禁じ得ない。目覚めたアデライードは、非常につらい事実を知らされることになるのだから――。

「王城の女官に命じて、花束でも準備させます。姫君はプレゼントで愛情を測る方ではないですから、お気持ちは通じますよ」

 トルフィンは女王陛下と呼ぶのが面倒くさくなったのか、姫君呼びで押し通すことに決めたらしい。

「わかった。手間をかけるが頼む。……さすがにもう、眠くて死にそうだ」

 シウリンはそう言って、寝室へと去った。
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