【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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14、薤露

にせつがい

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 閉じたアルベラの目にも、女王の屍の横で髪を掻き毟り、嘆き悲しみ、恨みに悶える男の姿が視える。
 
 三百年前の女王と騎士。二人の愛の結晶を無理矢理に摘んだ〈禁苑〉の暴挙が、今日のこの日を生んだと言っても過言ではない。
 聖なる場所で出会う二人。龍種と、そのつがい
 もし、彼らの恋が別の未来を迎えていれば、世界は別の永遠に辿り着いたかもしれなかったのに。 
 二人を引き裂いた恋の傷が、密かに世界を歪めていく。――少しずつ崩れ落ちる、砂の城のように。

 イフリートとその後継者は、ナキアの地に根を下ろし、西の森の奥に泉神殿を築く。〈禁苑〉の信仰に偽装し、少しずつ女王国を侵蝕していく。女王を守るための〈黒影〉を操り、元老院を取り込んで、力を増していく。

「イフリート家にとって、女王のつがいは自分たち以外にいてはならない。だから、イフリート家が政権の中枢に食い込んで以来、〈聖婚〉は成されなかった。それが女王の力を弱めることだと知っていたけれど、それでも他のつがいに女王を奪われることなど許せなかった」

 偽番にせつがいでない女王とイフリート家の男との間に、子は産まれなかった。イフリート家の血と、女王家の血は相反する。だから時には他の家の男に女王の夫を譲る。しかしそれでも、つがいとして金の龍種と結ばれる〈聖婚〉だけは、どうしても認められなかった。

 愛すれば愛するほど、イフリート家の男は女王家の女を蝕んでいく。女王は子を得られず、命を削ってやがて早すぎる死に至る。わかっていても手放せない、どうしても奪われたくない、運命の相手。罪深いわが身を呪いながら、ただ力を失い壊れゆく女王を腕に抱きしめ、荒れ狂う絶望に吼えることしかできない。

「みな、気づいていたんだよ。このままでは世界を壊してしまうって。たとえ僕たちの信ずる神の説く世界が素晴らしくとも、新しき世をひらくために、古き世を壊せば多大な犠牲を生み出すことを。何よりも愛するつがいを、ただ傷つけ死に向かわせるだけの存在だということを。それでも――この身の内にある火蜥蜴サラマンダーの神が、銀の龍種を求めてやまなかった。……僕が今、目の前のお前の〈王気〉に心を奪われているように」

 そう、シメオンに強く手を握られて、アルベラははっとして自分の腕を視る。――微かに、ほんの微かにだが、銀色の淡い光が取り巻いていた。

「ええっ!」
「結界が強化されたからだ。――陰陽の力が強くなり、今までナキアを支配していたイフリートの魔の力が消えた。アルベラの中の銀の龍種の力が強まって、イフリート家の魔力が弱まったからだ」

 それによって、今まで阻害されて発現しなかったアルベラの〈王気〉が、ごく薄くではあるが発現した――。

「そんな――今さら……!」
 
 狼狽するアルベラに、シメオンが微笑む。

「やっぱり、龍種の〈王気〉は素晴らしいね。アライア女王も綺麗だったけど、ユウラ女王の〈王気〉の美しさは忘れられない。僕たちイフリート家はもともと近親婚を忌まない一族だから、〈王気〉を持つ王女が生まれてしまったら、とても我慢できなかっただろうね。……たぶん、天の配剤だったんだよ」

 シメオンが睫毛を伏せる。

「父上と、アライア女王は偽番にせつがいだった。あの、何者をも愛さない父上にとって、アライア女王だけが特別だった。一族の習いとして、他の女とも子を儲けたけど、父上が愛したのは、ただ一人だけ――」
「でも!……お父様はわたしのことも……テレイオスのことは愛していたけど、わたしのことはそんなには――」

 アルベラの反論に、シメオンは眉を顰め、辛そうに首を振る。

「確かに、テレイオスは特別だった。あれこそ、父上とアライア女王が番である証の存在だから。でも、アルベラのこともきっと、確かに愛していた。でも複雑な思いがあったのだと思う。父上はテレイオスの存在を〈禁苑〉が否定した時に、完全に結界の破壊へと舵を切った。結界を破壊し、イフリート家の王権を立ち上げる。そしてその後にアルベラ、お前が生まれた。〈王気〉を持たない王女の誕生は、父上の計画を後押しするものだった。――父上にもずっと、迷いはあったのだと思う。泉神の世を復活させることは、つまり陰陽の世界を破壊することだと、わかっていたから」

 若き日のウルバヌスは、諸侯の権力を抑えることのできない脆弱な女王の権力に不満を抱き、王権を世俗化させることで、女王権力を確立し、それによって安定した政治を現出させたいと、本気で考える世俗主義者だった。女王に忠誠を誓う若く清新な西の貴族であったウルバヌスは、しかし後継当主となることで、自身に流れるイフリートの呪われた血の真実を知る。

 〈完全テレイオス〉の誕生は、ウルバヌスとアライアがつがいであった証明。だが愛する者を損なわずにおかないイフリートの呪われた血が、アライアの死期を早める。ウルバヌスの絶望と、イフリート家の悲願、そして、アライア女王への愛。

「父上は最後まで迷っていたと思う。だから僕を後継に指名し、一族の最後を託した。――勝手な、話だと思うけれど」
 
 シメオンはアルベラの手を握りながら、睫毛を伏せるようにして言った。

「……お父様は、テレイオスをどうするおつもりだったの。どうして、わたしがいない間に、テレイオスは急に悪くなったの」

 アルベラの問いに、シメオンはちらりと、今は無人になった寝台を見た。

「テレイオスに〈王気〉があった。両性具有で、魔力もあって。……テレイオスが主神の一部を宿せば、あるいは主神がよみがえるかもしれないと、父上は考えた。それで――」

 シメオンは片手で顔を覆う。

「それで――僕が後継者として主神の神体を受け継ぐ時、テレイオスも一部を受け継いだ。でも、テレイオスの体調では、神体の魔に耐えられなくて、一気に悪化したんだ」
「……じゃあ、今テレイオスはどこに?」



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