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13、認証式
廉郡王vs.ウルバヌス
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広間では死闘が続いていた。
廉郡王の麾下の聖騎士の半数が地に伏し、イフリート公爵の配下の〈黒影〉も、数を半ばに減らしている。
イフリート公爵ウルバヌスが、何合目になるかわからない強烈な斬撃をしかけ、廉郡王がそれを弾く。
ガキーン!
単純な剣技の力量としては、廉郡王がはるかに勝っている。何度も切りつけているのに、魔物が憑依しているウルバヌスを傷つけるには至っていない。廉郡王の剣ももちろん聖別されているが、廉郡王はウルバヌスに対峙する前に十人以上の〈黒影〉を退治しており、すでにかなりの魔力を消耗していて、そしてウルバヌスに憑依している魔物は相当に強大なのである。無限にも見える体力と魔力と、ついでに精力を誇る廉郡王だが、彼の額にも玉の汗が浮かび、微かにだが肩で息をしている。
「爺のくせにしつっけえな、いい加減、観念しろや」
廉郡王が黒い瞳をギラギラさせ、刃毀れした愛用の長剣を構える。ウルバヌスは先ほどと変わることなく、不敵なまでの落ち着きでやはり剣をかざしてみせた。
「しつこいのはおぬしの方だ! そろそろあの世に送ってやる!」
ウルバヌスが剣を振るう。幼少時から剣の腕を磨いてきた廉郡王にとっては、どうということもない打ち込みのはずだ。だが、その剣に込められている魔力が廉郡王を取り込んで、上手く躱すことができない。
何とかギリギリで飛び退るけれど、剣の先が廉郡王の鎧を掠める。ビシッと鋭い音がして、廉郡王の纏う金属鎧にひび割れが走る。
「ぐわっ……」
廉郡王が背後によろめいて、そのまま尻もちをつく。
「殿下!」
横で他の〈黒影〉に対峙していたユキエルが反射的に一歩踏み出すが、その不用意な一歩を〈黒影〉に狙われる。
「うあっと!」
ギリギリで避けるが剣が頬を掠め、ユキエルの兜が弾け飛び、ユキエルも勢い余って前につんのめった。ぐるんと一回転して起き上がるが、そこへ〈黒影〉の次の斬撃が降りてくる。頬から流れた血が片目に入り、攻撃がよく見えない。
ガキン!
何とか剣で弾いたが、その剣がとうとう折れた。
「トドメ!」
〈黒影〉の振り下ろす次の一撃を、躱す手段がない。目もよく見えないし、万事休す、と思った時、ユキエルの周囲に赤い光の魔法陣が浮き上がり、斬撃を弾いた。ジュルチが咄嗟に張った防御の魔法陣だ。
その隙に廉郡王も起き上がって、ユキエルを庇うように立つ。
「さあ、面白くなってきやがったぜ! とうとうこの俺様を本気にさせやがったな!」
「ちょ、今まで本気じゃないとか、人生舐めすぎですよー、殿下ー」
「あったりめぇだ! 俺の人生は美眉のアソコのように甘いんだぜ!」
「その冗談、童貞の僕には刺激が強すぎるぅ~」
「何だとお! おめ、まだ童貞だったのかよ! 何でそれを早く言わないっ!」
「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あ、ほら、ウルバヌスさん本気出して来てるぅ~!」
ウルバヌスそっちのけで背後のユキエルを振り返っている廉郡王に、ユキエルが迫ってくるウルバヌスを指さし、早く闘えと急かす。
「わーってるって! 部下を童貞のまま死なせたとあっちゃあ、この俺様の名折れだ! ウルバヌス、覚悟!」
「そんな理由で発奮しなくて、いいんですってば!」
だが廉郡王は刃毀れした剣を正眼に構え、叫ぶ。
「〈光よ、地に満ちよ! 聖なる力よ、わが身に満ちよ〉……うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁああ!」
「若造め! これで終わりだ! 破ッ!!」
ウルバヌスが渾身の気合を込めて、〈気〉を発する。その気が周囲を巻き込んで、廉郡王の背後にいたユキエルも、ユキエルに攻撃を加えようとした〈黒影〉も吹っ飛ばされる。
「うわあああ!」
だが廉郡王の金色の〈王気〉はその〈気〉を弾き返し、そのまままっすぐウルバヌスに突進した。上段から振り下ろす廉郡王の剣を、ウルバヌスが弾こうと剣を跳ね上げるが、廉郡王は直前でするりと避け、肩口から首筋へと剣を叩き込む。
「どりゃああああ!」
裂帛の気迫。ウルバヌスの目には、金色の巨大な光の龍が焔を噴き上げ、それがウルバヌスの全身を覆うのが見えた。
「ぐわああああああああ……」
ウルバヌスの首が弾き飛ばされ、血しぶきではなく、赤い光の粒子が弾ける。それが信じられないほど大きな、月神殿を覆うほどの炎を纏った蜥蜴の形を為して、今度は廉郡王の金色の龍に襲いかかった。
龍と火蜥蜴と。
火蜥蜴が噴き上げた焔が、一気に広間を覆っていく。さらにわずかに生き残っていた〈黒影〉たちが、突如グズグズと崩れて、憑依していた魔物たちが巨大な火蜥蜴に合流し、力を増していく。
「うわあっ、ちょお、ナニコレ! 何でこんなの、視えるの!」
吹き飛ばされて転がったところをジュルチに助け起こされて、ユキエルが狼狽して叫ぶ。
「坊主も視えるのか! 魔力が強い者なら視認できるかもしれんな」
ジュルチが言いながら、前方を注視する。力を増してうねる巨大な火蜥蜴の精に対し、廉郡王は一人、金色に輝く光の龍を背負って仁王立ちする。
火蜥蜴が咆哮し、灼熱の焔を口から吹き上げて、それがまっすぐ廉郡王を襲った――。
廉郡王の麾下の聖騎士の半数が地に伏し、イフリート公爵の配下の〈黒影〉も、数を半ばに減らしている。
イフリート公爵ウルバヌスが、何合目になるかわからない強烈な斬撃をしかけ、廉郡王がそれを弾く。
ガキーン!
単純な剣技の力量としては、廉郡王がはるかに勝っている。何度も切りつけているのに、魔物が憑依しているウルバヌスを傷つけるには至っていない。廉郡王の剣ももちろん聖別されているが、廉郡王はウルバヌスに対峙する前に十人以上の〈黒影〉を退治しており、すでにかなりの魔力を消耗していて、そしてウルバヌスに憑依している魔物は相当に強大なのである。無限にも見える体力と魔力と、ついでに精力を誇る廉郡王だが、彼の額にも玉の汗が浮かび、微かにだが肩で息をしている。
「爺のくせにしつっけえな、いい加減、観念しろや」
廉郡王が黒い瞳をギラギラさせ、刃毀れした愛用の長剣を構える。ウルバヌスは先ほどと変わることなく、不敵なまでの落ち着きでやはり剣をかざしてみせた。
「しつこいのはおぬしの方だ! そろそろあの世に送ってやる!」
ウルバヌスが剣を振るう。幼少時から剣の腕を磨いてきた廉郡王にとっては、どうということもない打ち込みのはずだ。だが、その剣に込められている魔力が廉郡王を取り込んで、上手く躱すことができない。
何とかギリギリで飛び退るけれど、剣の先が廉郡王の鎧を掠める。ビシッと鋭い音がして、廉郡王の纏う金属鎧にひび割れが走る。
「ぐわっ……」
廉郡王が背後によろめいて、そのまま尻もちをつく。
「殿下!」
横で他の〈黒影〉に対峙していたユキエルが反射的に一歩踏み出すが、その不用意な一歩を〈黒影〉に狙われる。
「うあっと!」
ギリギリで避けるが剣が頬を掠め、ユキエルの兜が弾け飛び、ユキエルも勢い余って前につんのめった。ぐるんと一回転して起き上がるが、そこへ〈黒影〉の次の斬撃が降りてくる。頬から流れた血が片目に入り、攻撃がよく見えない。
ガキン!
何とか剣で弾いたが、その剣がとうとう折れた。
「トドメ!」
〈黒影〉の振り下ろす次の一撃を、躱す手段がない。目もよく見えないし、万事休す、と思った時、ユキエルの周囲に赤い光の魔法陣が浮き上がり、斬撃を弾いた。ジュルチが咄嗟に張った防御の魔法陣だ。
その隙に廉郡王も起き上がって、ユキエルを庇うように立つ。
「さあ、面白くなってきやがったぜ! とうとうこの俺様を本気にさせやがったな!」
「ちょ、今まで本気じゃないとか、人生舐めすぎですよー、殿下ー」
「あったりめぇだ! 俺の人生は美眉のアソコのように甘いんだぜ!」
「その冗談、童貞の僕には刺激が強すぎるぅ~」
「何だとお! おめ、まだ童貞だったのかよ! 何でそれを早く言わないっ!」
「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あ、ほら、ウルバヌスさん本気出して来てるぅ~!」
ウルバヌスそっちのけで背後のユキエルを振り返っている廉郡王に、ユキエルが迫ってくるウルバヌスを指さし、早く闘えと急かす。
「わーってるって! 部下を童貞のまま死なせたとあっちゃあ、この俺様の名折れだ! ウルバヌス、覚悟!」
「そんな理由で発奮しなくて、いいんですってば!」
だが廉郡王は刃毀れした剣を正眼に構え、叫ぶ。
「〈光よ、地に満ちよ! 聖なる力よ、わが身に満ちよ〉……うおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁああ!」
「若造め! これで終わりだ! 破ッ!!」
ウルバヌスが渾身の気合を込めて、〈気〉を発する。その気が周囲を巻き込んで、廉郡王の背後にいたユキエルも、ユキエルに攻撃を加えようとした〈黒影〉も吹っ飛ばされる。
「うわあああ!」
だが廉郡王の金色の〈王気〉はその〈気〉を弾き返し、そのまままっすぐウルバヌスに突進した。上段から振り下ろす廉郡王の剣を、ウルバヌスが弾こうと剣を跳ね上げるが、廉郡王は直前でするりと避け、肩口から首筋へと剣を叩き込む。
「どりゃああああ!」
裂帛の気迫。ウルバヌスの目には、金色の巨大な光の龍が焔を噴き上げ、それがウルバヌスの全身を覆うのが見えた。
「ぐわああああああああ……」
ウルバヌスの首が弾き飛ばされ、血しぶきではなく、赤い光の粒子が弾ける。それが信じられないほど大きな、月神殿を覆うほどの炎を纏った蜥蜴の形を為して、今度は廉郡王の金色の龍に襲いかかった。
龍と火蜥蜴と。
火蜥蜴が噴き上げた焔が、一気に広間を覆っていく。さらにわずかに生き残っていた〈黒影〉たちが、突如グズグズと崩れて、憑依していた魔物たちが巨大な火蜥蜴に合流し、力を増していく。
「うわあっ、ちょお、ナニコレ! 何でこんなの、視えるの!」
吹き飛ばされて転がったところをジュルチに助け起こされて、ユキエルが狼狽して叫ぶ。
「坊主も視えるのか! 魔力が強い者なら視認できるかもしれんな」
ジュルチが言いながら、前方を注視する。力を増してうねる巨大な火蜥蜴の精に対し、廉郡王は一人、金色に輝く光の龍を背負って仁王立ちする。
火蜥蜴が咆哮し、灼熱の焔を口から吹き上げて、それがまっすぐ廉郡王を襲った――。
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