【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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12、女王の寝室

訓戒

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 一通りの訓戒が終わってから、シャオトーズが配下の宦官を紹介し、さらにアデライード付きの侍女二人をも引き合わせる。

娘娘にゃんにゃん……アデライード女王陛下の身の回りのことは、この二人が引き続きいたします。見知らぬ者を周囲に置くのを望まれませんので。それから――」

 シャオトーズは部屋の隅の肘掛椅子に端然と座っていた、黒髪の妊婦を侍女たちに示す。

「こちらは護衛のアリナ様です。十二貴嬪家のゲセル家のご令嬢にして、同じくマフ家のゾーイ卿のご令室。見ての通り、現在はご懐妊中ですが、娘娘のよきお話相手でいらっしゃる。ご身分の高いお側付きですので、失礼のないように」
「よろしくね。あともうひと方、クラウス家のミハル嬢が、もうすぐこちらに到着なさいます。わたくしたちは護衛と相談相手を兼ねて、姫様――いえ、女王陛下のお側にお仕え致しておりますので、皆のお世話にもなるでしょう」

 西の下級貴族の娘でも、十二貴嬪家が東の最高貴族家ということくらいは知っている。にこやかに微笑むアリナに慌てて礼を返しながら、だがケイトリンは複雑な心境だ。

 西の女王なのに、アデライードの周囲は、東の貴種にがっちり囲い込まれている。なんというか、アデライード自身が、ナキアの貴族層から距離を置き、夫である皇帝の背中に隠れているように見える。唯一の例外は異母兄のレイノークス辺境伯と、伯父だというヴェスタ侯爵家出身の僧侶くらいだ。ユウラ女王が不遇であったことで、アデライードはナキア貴族を恨み、警戒しているのだろうか。

 と、そこへ扉をガリガリと引っ掻く音がして、不審に思ったアンジェリカが少しだけ開くと、隙間から白い毛玉が転がり込んでくる。

「ジブリール! こら! そっちはダメよ!」

 ジブリールははっはっと走って寝室の方に続く扉の匂いを嗅ぎ、ウロウロと落ち着かない。

「シリル! でん……じゃなくて陛下と姫様は今、しっぽりやってんだから、ジブリールの面倒はちゃんと見てなさいよ!」

 慌ててジブリールを追いかけてきたらしい、枯草色の髪に白い布を巻いた少年を、アンジェリカが両手を腰に当てて叱る。それを見たケイトリンは、榛色の瞳を見開き、思わず叫んでいた。

「やっぱりシリルよね!……どうして?! アルベラ様は? まさかお前、裏切ったの?」

 ビクっとしたシリルは落ち着きをなくして、今にも逃げたい風であったが、シャオトーズはそれを許さず、部屋に入るように命じる。
 ざわざわと目配せし合う侍女たちの前で、俯いてもじもじするシリルを、シャオトーズは何事もないように引き合わせた。
 
「こちらは事情があってメイローズ殿の預かりになっています。万歳爺わんすいいえも、また娘娘にゃんにゃんもお認めになられたことで、我ら側付きの者があれこれ詮索するべきことではありません。アルベラ王女の行方その他についても、事は政治の機密にも繋がる大事です。以後、シリルとアルベラ姫に関して、軽々しく口にすることは禁じます。彼も宦官の見習いとして、特に子獅子のジブリールの世話係として働いてもらっています」

 ピシャリと宣告されて、ケイトリン以下は反射的に頭を下げてしまう。
 この見かけ大人しそうな男――宦官だけど――は、その気になれば恐ろしく容赦がないに違いない。

「ジブリールがどうしても落ち着かなくて……サイードはもう寝ちゃってるんですよ。起こすのもかわいそうで」

 とにかく挨拶だけ済ませると、シリルは扉をガリガリ引っ掻いているジブリールを背後から抱え上げ、扉から引き剥がそうとするのだが、なかなか言うことを聞かない。ますますガリガリと扉に縋りつくばかりで、シャオトーズが加勢に入ろうとしたところで、甲高い呼子の笛の音が周囲を引き裂いた。

「!! なにこの音! 」
「!……この笛! メイローズさんです!」
「ええ?……じゃあ、殿下の?」
「もう陛下だって、何度言ったら……!」

 アンジェリカとリリアが言い争う間にも笛の音は間断なく続いて、その不穏な空気に誰もが凍り付く中、バタン!と乱暴に扉が開いて、宿直だったゾラとランパが走り込んできた。手にはすでに剣を抜いている。

「陛下の寝室だ! 突っ込むぞ! 道を開けろ!」
「キャー! キャー!」

 扉を蹴破り、剣を手にして部屋に入ってきたゾラの姿に、集められた王城の侍女が悲鳴を上げる。ケイトリンが金切り声で叫んだ。 

「テ、テセウス卿? どういうことなの!」
「うっせーな、俺はテセウスじゃねーよ! 怪我したくなきゃ下がってろ!」
 
 ゾラは主寝室に繋がる扉をも蹴破り、走り込む。ジブリールはシリルの手を振りほどき、弾丸のように後を追う。

「ああっジブリール!ダメだよぉ!」

 バコン! ドガン!
 奥の扉を蹴破る凄まじい音と、大きくなった呼子の笛の音に、侍女たちがキャーキャー甲高い悲鳴を上げて鳴き騒ぐ。

「静かに! 落ち着きなさい!」

 立ち上がったアリナが腹の座った声で一同に呼びかけ、侍女たちを宥めてその場に座らせるのと、離れた待機部屋にいたゾーイとテムジン他、数名の親衛騎士が走り込んでくるのが、ほぼ同時であった。

「わが主は寝室です!姫君も!」

 シャオトーズが素早く道を開け、ゾーイらに指し示す。

「アリナ! 侍女たちから目を離すな!」
「承知!」

 現在のアリナは刺客と乱闘ができる状態ではない。だが、この場の侍女たちにもし不穏な動きをする者がいれば、容赦なく討ち取ってもいい、という言外の意を、アリナは察して頷いた。

 アリナは腰に下げていた小刀を抜いて、それを侍女たちに示して言う。

「あなた方を疑いたくはないが、だが、信用するまでの時間はわたしたちにはなかった。事が落ち着くまで、勝手な行いは控えてもらう。もし余計な動きをする者があれば……」

 ヒュッとケイトリンのすぐ横を何かが飛んでいって、ビーンと奥の壁に突き刺さる。
 それはアリナが投げた小刀で、アリナは大股でケイトリンの横を歩いて小刀を抜き取って言う。

「こちらも切羽詰まっているから、手加減はできないかもしれない。――貴人に仕える以上、刺客の襲撃はつきもの。とにかく騒がずに、この場で待機すること」

 ケイトリンもその他の侍女たちは、その場でただ、座り込んだまま頷くしかなかった。
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