136 / 236
12、女王の寝室
王城の侍女たち
しおりを挟む
女王とその夫君である皇帝の居間の周辺では、もとから王城に仕えていた侍女、女官らと、女王アデライードが連れてきた侍女――つまり、リリアとアンジェリカだ――との間にピリピリした緊張感が漲っていた。
王城の女官は全員、曲がりなりにも貴族出である。けして裕福とは言えない貴族家の娘が、賃金と箔づけ目的で出仕することが多く、それ故に平民を何かと見下して、自らの無駄な矜持を維持していた。侍女は平民だが、全員が生粋のナキアっ子。二千年の女王の都は、地方出身者を田舎者と蔑む気風が殊の外強い。ソリスティアなんて辺境の街の、さらに平民の小娘が、女王のお世話を独占するなんて生意気なと、思っているのを隠そうともしない。
対するリリアとアンジェリカは商人の街ソリスティアで育ち、貴族何するものぞ、と思っている。アデライードとは強い信頼関係を築いている自信もあり、一見無表情なアデライードのわずかな仕草から、彼女がこの城にもナキアにも、けしていい印象を抱いていないのを、二人の侍女はとっくに見抜いていた。なにせこの城の奴らは、辺境伯の令嬢であるアデライードのことも、内心では田舎者だと馬鹿にしているのだから。
加えて、皇帝の近侍である宦官たちの存在が、王城の女官や侍女の神経を逆撫でする。男でも女でもない、一見少年にしか見えない彼らは、一分の隙もなく皇帝(そして女王)の周囲を取り巻き、透明な障壁を築いて、王城の侍女たちが女王夫妻に近づくのを阻んでいた。
初日の夜、女王夫妻が食事を終え、寝室に入ったタイミングで、主席らしいまだ若い宦官が、配下の宦官たちと女王直属の侍女二人を従え、もとから王城に仕える女官長補佐――女官長はイフリート派の貴族の出身で、落城前に脱出して行方が知れない――以下、女官、侍女らを呼び出した。
「万歳爺……つまり皇帝陛下より太監に任ぜられております、シャオトーズと申します。以後、陛下の寝室及びその日々の私生活のお世話に関しては、私が最高責任者です。これは王城の従来の序列を越えたものとお考え下さい」
大人しそうな見かけと違う厳しさで宣言され、女官長補佐のケイトリンは思わず背筋を伸ばす。この女はナキア陥落の折りに、怯える女官、侍女を引き連れて塔に籠っただけあって、責任感の強い姐御肌であった。生来の負けん気がむくむくと頭をもたげ、榛色の瞳でキッとシャオトーズを見返す。
「勝手なことを! 皇帝だか何だか知りませんが、ここは女王陛下のお居間です! 陛下のことはわたくしたちが……!」
「魔力耐性のない女性にとっては、陛下のお側に寄ることは命にかかわります。西では爵位があっても平民と変わらない程度の魔力しかない者が多いと聞いております。魔力耐性のあることが確認できている者以外は、両陛下の寝室、浴室周辺には寄せるわけにはまいりません」
「命って……」
初耳であった。
「見かけは人と同じでも、陛下は紛れもなく龍種であらせられる。陛下の精は平民の女性には猛毒です。それ故に我ら、陰陽の両界に立つ者がお仕えしているのです。廉郡王、詒郡王の両殿下も宦官や獣人を従えておられるのは、そのせいです」
占領当初、二人の皇子が女漁りをするのでは、と女官たちは恐れおののいていたが、現在に至るまで、女性が被害に遭うようなことはない。二皇子は獣人奴隷を何人も連れ込んで、夜な夜な乱交に及んでいるとの噂で、獣人にしか反応しない変態なのかと、ケイトリンは軽蔑していた。皇族の精が平民の女には毒だなんて、初めて知った。
「両陛下の寝具、衣類等の交換、洗濯に関しては、すべて我らが責任を持ちます。その他、部屋の調度類に関しては、あなた方の方が心得ているでしょうから。――ですが、あのカーテンの色はいただけません。部屋の調和を乱している。明日にも交換してください」
「それは……今、探しているのですが、ナキアも物資が不足で……」
「女王がこちらに向かっているという、情報は得ていたのでしょう?それにも関わらずお部屋を整えていなかったというのは、女王陛下に対する忠誠を疑わざるを得ません。以後、きちんと弁えられることを期待します」
ケイトリンは悔しくて唇を噛む。王城付きの女官や侍女は、要は結婚までの腰掛けの職だ。とくにこの十年は女王も不在。アルベラ王女とイフリート公爵の住まうエリアは、イフリート家の息のかかった侍女たちが押さえていて、女王の棟はただ定員を充たすのみで、碌に仕事もない状態であった。女王の居間も掃除はしていたけれど、絨毯やカーテンに不具合が出ていることに気づくのが遅れたのだ。
王城の女官は全員、曲がりなりにも貴族出である。けして裕福とは言えない貴族家の娘が、賃金と箔づけ目的で出仕することが多く、それ故に平民を何かと見下して、自らの無駄な矜持を維持していた。侍女は平民だが、全員が生粋のナキアっ子。二千年の女王の都は、地方出身者を田舎者と蔑む気風が殊の外強い。ソリスティアなんて辺境の街の、さらに平民の小娘が、女王のお世話を独占するなんて生意気なと、思っているのを隠そうともしない。
対するリリアとアンジェリカは商人の街ソリスティアで育ち、貴族何するものぞ、と思っている。アデライードとは強い信頼関係を築いている自信もあり、一見無表情なアデライードのわずかな仕草から、彼女がこの城にもナキアにも、けしていい印象を抱いていないのを、二人の侍女はとっくに見抜いていた。なにせこの城の奴らは、辺境伯の令嬢であるアデライードのことも、内心では田舎者だと馬鹿にしているのだから。
加えて、皇帝の近侍である宦官たちの存在が、王城の女官や侍女の神経を逆撫でする。男でも女でもない、一見少年にしか見えない彼らは、一分の隙もなく皇帝(そして女王)の周囲を取り巻き、透明な障壁を築いて、王城の侍女たちが女王夫妻に近づくのを阻んでいた。
初日の夜、女王夫妻が食事を終え、寝室に入ったタイミングで、主席らしいまだ若い宦官が、配下の宦官たちと女王直属の侍女二人を従え、もとから王城に仕える女官長補佐――女官長はイフリート派の貴族の出身で、落城前に脱出して行方が知れない――以下、女官、侍女らを呼び出した。
「万歳爺……つまり皇帝陛下より太監に任ぜられております、シャオトーズと申します。以後、陛下の寝室及びその日々の私生活のお世話に関しては、私が最高責任者です。これは王城の従来の序列を越えたものとお考え下さい」
大人しそうな見かけと違う厳しさで宣言され、女官長補佐のケイトリンは思わず背筋を伸ばす。この女はナキア陥落の折りに、怯える女官、侍女を引き連れて塔に籠っただけあって、責任感の強い姐御肌であった。生来の負けん気がむくむくと頭をもたげ、榛色の瞳でキッとシャオトーズを見返す。
「勝手なことを! 皇帝だか何だか知りませんが、ここは女王陛下のお居間です! 陛下のことはわたくしたちが……!」
「魔力耐性のない女性にとっては、陛下のお側に寄ることは命にかかわります。西では爵位があっても平民と変わらない程度の魔力しかない者が多いと聞いております。魔力耐性のあることが確認できている者以外は、両陛下の寝室、浴室周辺には寄せるわけにはまいりません」
「命って……」
初耳であった。
「見かけは人と同じでも、陛下は紛れもなく龍種であらせられる。陛下の精は平民の女性には猛毒です。それ故に我ら、陰陽の両界に立つ者がお仕えしているのです。廉郡王、詒郡王の両殿下も宦官や獣人を従えておられるのは、そのせいです」
占領当初、二人の皇子が女漁りをするのでは、と女官たちは恐れおののいていたが、現在に至るまで、女性が被害に遭うようなことはない。二皇子は獣人奴隷を何人も連れ込んで、夜な夜な乱交に及んでいるとの噂で、獣人にしか反応しない変態なのかと、ケイトリンは軽蔑していた。皇族の精が平民の女には毒だなんて、初めて知った。
「両陛下の寝具、衣類等の交換、洗濯に関しては、すべて我らが責任を持ちます。その他、部屋の調度類に関しては、あなた方の方が心得ているでしょうから。――ですが、あのカーテンの色はいただけません。部屋の調和を乱している。明日にも交換してください」
「それは……今、探しているのですが、ナキアも物資が不足で……」
「女王がこちらに向かっているという、情報は得ていたのでしょう?それにも関わらずお部屋を整えていなかったというのは、女王陛下に対する忠誠を疑わざるを得ません。以後、きちんと弁えられることを期待します」
ケイトリンは悔しくて唇を噛む。王城付きの女官や侍女は、要は結婚までの腰掛けの職だ。とくにこの十年は女王も不在。アルベラ王女とイフリート公爵の住まうエリアは、イフリート家の息のかかった侍女たちが押さえていて、女王の棟はただ定員を充たすのみで、碌に仕事もない状態であった。女王の居間も掃除はしていたけれど、絨毯やカーテンに不具合が出ていることに気づくのが遅れたのだ。
21
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる