【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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11、ナキア入城

玉座

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 エイロニア侯爵がユリウスに言い、ヴェスタ侯爵が叫ぶ。

「奴等は、この数か月のイフリート公爵の独裁中の法改正が、まだ有効などと喚いているのだ! そんなのが認められるはずがない!」
「認めるも認めないも、議決で決まったのだ! おぬしら、自分でナキアから逃げ出しておいて、何を言うか」

 壇上からアリオス侯爵が叫び返す。ざわめく議場に、フェルネル侯爵が大きな声で周囲に呼ばわる。

「静粛に! 王女殿下と皇帝陛下の御前であるぞ!」

 フェルネル侯爵の言葉に、言い争っていた議員たちがフェルネル侯爵と、その背後に立つ男女を見る。
 
 背の高い黒髪の男と、白金色の髪の華奢な、だがどちらも素晴らしく美しい二人。一瞬、ほう、と溜息が漏れて、だが二人のあまりの美しさが、かえって彼らを侮るような空気を生んだ。

 もともと、元老院はお飾りの女王を名目的に戴き、国政を牛耳ってきたのだ。いかにも可憐な外見の王女は、従来通りの元老院の美しい操り人形の女王と何も変わることはない。そっと王女を守るように立つ男もまた、二十歳を過ぎたばかりの若僧に過ぎぬ。何しろ、男の肩には黒い鷹が止まり、その足元では白い子獅子が珍しそうにふんふんと周囲の匂いを嗅いでいる。元老院にペットを連れ込んだ者は、二千年で初めてではないのか。

 壇上のアリオス侯爵が、鷲鼻の狡猾そうな顔にいかにも侮蔑したような笑みを浮かべ、わざとらしい慇懃いんぎんさで腰を折った。

「これはこれは……皇帝陛下におかれましては、王女殿下をわざわざナキアにお連れいただき、感謝の言葉もございません。ですが我ら元老院はこの二千年、〈禁苑〉から独立した組織にございます。たとえ武力に優れるとも、我ら元老院の自由の砦を崩すことは許されますまい。――さらには、伝え聞くところによりますれば、陛下はご幼少時は聖地にて生い育たれたとか。まさか〈禁苑〉の作り上げた贋の皇子というようなことは――」

 アリオス侯爵がその侮蔑的なセリフを言い終える前に、突如、皇帝が左手から長大な剣を取り出し、光をまとったそれを一閃する。ぶわりと剣先から金色の光の波が発せられて、アリオス侯爵ら数人が、椅子もろともに光の波に吹っ飛ばされる。

「うわあ!」

 ガタガタ、ガシャン!と議場内の椅子や調度品も巻き添えを食って倒れる。
 さっきまで、皇帝は身に寸鉄も帯びてはいなかったのに、左手には尋常ならざる光を発する剣が握られている。それがまさしく〈聖剣〉であると知り、場内が息を飲んだ。

 吹っ飛ばされたアリオス侯爵以下数人が、理解のおよばぬ態で起き上がり、白金色の髪の女を守るように抱き寄せた若い男を茫然と見る。その足元では、白い子獅子がフーっと毛を逆立てて威嚇し、黒い鷹も鋭い眼光でいつでも襲いかかれるように羽を広げた。

「自由の砦とは笑止千万。魔物を斬るために天と陰陽より賜ったこの剣で、その無礼極まりない口を永久に封じてやろうか。破格の栄誉を子々孫々伝えるがよい!」

 皇帝は驚くべき美貌の持ち主だが、反面、その笑みはひどく冷酷そうに見えて、その場の者が背筋を震わせる。

「陛下、俺にご下命を。陛下のお手や聖剣を汚すまでのことはございません」

 一際背の高い騎士が進み出て、自分にらせろと殺意の籠った瞳でアリオス侯爵を睨む。同時に、護衛らしい騎士数人が音もなく壇上に駆け上って、剣を抜いてアリオス侯爵を取り囲んだ。

「ひいっ!……げ、元老院内での抜刀は法の処罰対象で……」

 突きつけられた剣先に、アリオス侯爵が悲鳴を上げる。

「馬鹿じゃねぇの、爺さん。何で俺らがそんな決まり守らなきゃならんの。……俺らにとっての法とは、陛下ただお一人のみ。陛下を侮辱したってことは、命を取られてもいいって覚悟なんだろ?」

 蓮っ葉な声にその顔を見て、さらに驚愕する。

「……テセウス? 死んだのではなかったのか?」
「俺はテセウスじゃねーよ。ばーか」

 剣の柄でゾラに額をどつかれて、アリオス侯爵は昏倒する。
 シンとなった議場で、フェルネル侯爵が慌てて議員に促す。

「とにかく席に――ひとまず高壇の執政官の席は空席とし、下壇の席に着席せよ」

 ざざっと潮が引くように、議員たちはそれぞれの議席に座る。……およそ、三分の一程度の椅子は、空席であった。これが強固なイフリート派の議席だったのだろう。残りの三分の一がイフリート公爵とは距離を置いた世俗派、そして残りの三分の一が〈禁苑〉派。……つまり、アデライード即位を積極的に歓迎する諸侯たち、ということだ。

 議員たちが着席し、中央の赤い絨毯の上に立っているのは、フェルネル侯爵と皇帝夫妻、レイノークス伯ユリウス、そしてその護衛騎士たちだけだ。――アリオス侯爵はあっと言う間に議場から退場させられていた。

 皇帝はアデライード王女の腰を右手で抱き込み、左手に聖剣を下げたまま、ゆっくりと絨毯の上を歩き、高壇に上っていく。白い子獅子はもちろん、ころころと絨毯の上を跳ねるようにして、一足先に玉座の周囲をクルクル走り回っている。それを見て、シルキオス伯爵が「ああっ椅子が……」と叫んだ。フェルネル侯爵もそこで初めて気づく。

 本来は壇上の中央に女王の玉座があり、その右手側に執政長官インペラトールの椅子が置かれていたはずなのだ。だがここ十年、女王が元老院に出席することも稀で、さらに執政長官は不在であった。執政長官の椅子がいつの間にか撤去されていることに、ほとんどの議員が気づいていなかった。

 椅子が一つしかない!
 
 フェルネル侯爵は舌打ちを辛うじて堪える。おそらくは新執政長官となる皇帝への意趣返しのために、椅子を撤去した愚か者がいたのだ。

 フェルネル侯爵とシルキオス伯爵が、慌てて椅子を運ばせるかと迷ううちに、だが、皇帝は全く動じることなく女王の玉座の前に立ち、なんとアデライードを膝の上に乗せて玉座に座ると、聖剣をザンっと玉座の前の床に突き刺した。
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