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10、皇帝親征
継承の条件
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同じ泉神殿の地下の祭壇前、彫刻の施された大きな椅子に腰かけた、赤い髪をしたガッシリした男が、溜息をつく。
前に居並ぶ大柄な男たちは七人。いずれも黒いローブを着、男と同じ赤い髪をしている。
「ヘリオスもだめだったか。……意外ともたないものなのだな」
「なかなか、〈器〉と〈気〉が調和しないようで……」
横に立っているのは、やはり赤い髪をした中年の女。
「あるいは、自我の育っていない、子供の方がいいのかもしれないとも思いましたが、そうすると今度は、〈器〉の方が耐えられないのです」
椅子に座った赤い髪の男――ギュスターブ――は、傲慢そうな顔を歪め、ペッと唾を吐き捨てる。
「父上も厄介なことを言う。……〈不完全〉な奴らに魔を憑依させたところで、〈完全〉になるわけではあるまいに」
「ですが、〈完全〉があの調子では、もう、他に方法が……」
「最初から、あいつに期待する方がおかしい。……最も魔力の強いアタナシオスを帝国に派遣して、むざむざ失ってしまった。あいつの魔力なら、耐えられたかも知れなかったのに」
「テレイオスは魔力は強いのですよ。ですが陰の魔力は強ければ強いほど、身体を蝕むので……」
横に立つ女神官長の言葉に、ギュスターブは肩を竦める。
「あれほどの力を持つアデライードが、いまだに元気なのはなぜだ」
帝都の皇宮の宮殿を一つぶっ潰したアデライードの魔力のすさまじさは、すでに報告を受けている。
「それが、番の魔法陣の威力ですよ。結局、例の総督も復活したようで――」
「全く苦々しいことだ」
ギュスターブはもう一度、忌々しそうに唾を吐き捨てる。
数か月行方不明であった総督が再び現れ、どうやら新皇帝として即位したらしい。カンダハルに籠り切りだった帝国軍の動きも活発になり、ナキア侵攻は時間の問題と思われた。
「普通に戦っても勝ち目はないからな。……こいつら〈不完全〉どもが、自分の身内に宿る魔を使いこなせるか否か」
ギュスターブが紫紺の瞳でローブの男たちをぐるりと見まわした時、扉が開いて伝令が入ってきた。
「ギュスターブ殿、公爵閣下からのお呼び出しです」
「父上が?――わかった、今行く」
ギュスターブが立ち上がり、臙脂色の天鵞絨のマントを捌いて出口の方に一歩踏み出し、思い出したように振り返る。
「ああそうだ、アルベラが見つかったらしいが、どうしている?」
女神官長が、ややふっくらした頬を歪めて、嗤った。
「閣下はどうしてもテレイオスにだけは甘いようで。あれの希望の通り、身近に」
「〈完全〉、……か。名前ばかりの出来損ないの癖にな……」
ナキア王城の執政官の居室にギュスターブが顔を出す。以前は遠慮させられていたが、〈禁苑〉との決別宣言を機に、ギュスターブは再びウルバヌスの下で働くようになった。――何のかのと、やはり長男の俺を、親父は頼りにしているのだ、とギュスターブとしては思っていた。
月神殿のある湖を見はるかす窓辺に、イフリート公爵ウルバヌスは立っていた。ギュスターブの訪問を知り、振り向く。白髪交じりの赤い髪が逆光を浴びて、表情はよく見えない。
「来たか、ギュスターブ」
「お呼びと伺いまして」
ギュスターブが頭を下げる。ふと、窓辺近くのやや影になった椅子に、一人の男が座っているのに気づく。
「……シメオン?」
私情に絆されて、大事な駒である異母妹を逃亡させた愚かな異母弟。……地下牢で締め上げられているとばかり思っていたが。
ギュスターブが声をかけると、シメオンがゆったりとした動作で立ち上がる。細身で、やや頼りない印象だった異母弟だが、だが、今目の前にいる男からは、妙な威圧感が漂っていた。
「お久しぶりです。兄上」
「そうだ、お前にも報告が必要だと思ってな。ギュスターブ。……正式に、イフリート家の継承者として、シメオンを指名することにした。すでに、正式な継承の儀式も終えた。以後はわしだけでなく、シメオンの指示にも従うように」
ウルバヌスの言葉に、ギュスターブがぎょっとする。
「父上? どういうことです? イフリート家の嫡男は俺です。以前は〈禁苑〉から破門されていましたが、今はもう、それも関係ない」
「わしはいまだかつて、おぬしを後継だと言った覚えはないぞ。おぬしは確かに長男だが、それだけだ」
屈辱で、ギュスターブの頭に血が上る。
「まさかそんな……! 俺はずっと父上の片腕として……」
「ユウラ女王を手籠めにしたりと、勝手に暴走する片腕など、幾度切り落としてやろうと思ったことか。正式な後継者が見つからなかったため、仕方なく誤解のままにさせておいたのだがな」
ウルバヌスが溜息をつく。
「おぬしにはイフリート家の継承者たる資格がないのだ。残念なことに」
「シメオンにはあると言うのですか!こいつは髪も目の色も薄くて、不適格だと……」
激昂するギュスターブに、シメオンが頬を歪める。
「イフリート家の継承の条件は、望気者であること、だそうですよ。……僕はずっと隠していたのですけれど、まさかそんな条件だなんて想像もしなくて、愚かにも自ら暴露してしまった」
ギュスターブの紫紺の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれる。シメオンが自分の右手で、自身の胸に触れた。
「……おかげで、この身の内にイフリート家の主、火蜥蜴の精を宿す羽目になってしまったのですよ」
前に居並ぶ大柄な男たちは七人。いずれも黒いローブを着、男と同じ赤い髪をしている。
「ヘリオスもだめだったか。……意外ともたないものなのだな」
「なかなか、〈器〉と〈気〉が調和しないようで……」
横に立っているのは、やはり赤い髪をした中年の女。
「あるいは、自我の育っていない、子供の方がいいのかもしれないとも思いましたが、そうすると今度は、〈器〉の方が耐えられないのです」
椅子に座った赤い髪の男――ギュスターブ――は、傲慢そうな顔を歪め、ペッと唾を吐き捨てる。
「父上も厄介なことを言う。……〈不完全〉な奴らに魔を憑依させたところで、〈完全〉になるわけではあるまいに」
「ですが、〈完全〉があの調子では、もう、他に方法が……」
「最初から、あいつに期待する方がおかしい。……最も魔力の強いアタナシオスを帝国に派遣して、むざむざ失ってしまった。あいつの魔力なら、耐えられたかも知れなかったのに」
「テレイオスは魔力は強いのですよ。ですが陰の魔力は強ければ強いほど、身体を蝕むので……」
横に立つ女神官長の言葉に、ギュスターブは肩を竦める。
「あれほどの力を持つアデライードが、いまだに元気なのはなぜだ」
帝都の皇宮の宮殿を一つぶっ潰したアデライードの魔力のすさまじさは、すでに報告を受けている。
「それが、番の魔法陣の威力ですよ。結局、例の総督も復活したようで――」
「全く苦々しいことだ」
ギュスターブはもう一度、忌々しそうに唾を吐き捨てる。
数か月行方不明であった総督が再び現れ、どうやら新皇帝として即位したらしい。カンダハルに籠り切りだった帝国軍の動きも活発になり、ナキア侵攻は時間の問題と思われた。
「普通に戦っても勝ち目はないからな。……こいつら〈不完全〉どもが、自分の身内に宿る魔を使いこなせるか否か」
ギュスターブが紫紺の瞳でローブの男たちをぐるりと見まわした時、扉が開いて伝令が入ってきた。
「ギュスターブ殿、公爵閣下からのお呼び出しです」
「父上が?――わかった、今行く」
ギュスターブが立ち上がり、臙脂色の天鵞絨のマントを捌いて出口の方に一歩踏み出し、思い出したように振り返る。
「ああそうだ、アルベラが見つかったらしいが、どうしている?」
女神官長が、ややふっくらした頬を歪めて、嗤った。
「閣下はどうしてもテレイオスにだけは甘いようで。あれの希望の通り、身近に」
「〈完全〉、……か。名前ばかりの出来損ないの癖にな……」
ナキア王城の執政官の居室にギュスターブが顔を出す。以前は遠慮させられていたが、〈禁苑〉との決別宣言を機に、ギュスターブは再びウルバヌスの下で働くようになった。――何のかのと、やはり長男の俺を、親父は頼りにしているのだ、とギュスターブとしては思っていた。
月神殿のある湖を見はるかす窓辺に、イフリート公爵ウルバヌスは立っていた。ギュスターブの訪問を知り、振り向く。白髪交じりの赤い髪が逆光を浴びて、表情はよく見えない。
「来たか、ギュスターブ」
「お呼びと伺いまして」
ギュスターブが頭を下げる。ふと、窓辺近くのやや影になった椅子に、一人の男が座っているのに気づく。
「……シメオン?」
私情に絆されて、大事な駒である異母妹を逃亡させた愚かな異母弟。……地下牢で締め上げられているとばかり思っていたが。
ギュスターブが声をかけると、シメオンがゆったりとした動作で立ち上がる。細身で、やや頼りない印象だった異母弟だが、だが、今目の前にいる男からは、妙な威圧感が漂っていた。
「お久しぶりです。兄上」
「そうだ、お前にも報告が必要だと思ってな。ギュスターブ。……正式に、イフリート家の継承者として、シメオンを指名することにした。すでに、正式な継承の儀式も終えた。以後はわしだけでなく、シメオンの指示にも従うように」
ウルバヌスの言葉に、ギュスターブがぎょっとする。
「父上? どういうことです? イフリート家の嫡男は俺です。以前は〈禁苑〉から破門されていましたが、今はもう、それも関係ない」
「わしはいまだかつて、おぬしを後継だと言った覚えはないぞ。おぬしは確かに長男だが、それだけだ」
屈辱で、ギュスターブの頭に血が上る。
「まさかそんな……! 俺はずっと父上の片腕として……」
「ユウラ女王を手籠めにしたりと、勝手に暴走する片腕など、幾度切り落としてやろうと思ったことか。正式な後継者が見つからなかったため、仕方なく誤解のままにさせておいたのだがな」
ウルバヌスが溜息をつく。
「おぬしにはイフリート家の継承者たる資格がないのだ。残念なことに」
「シメオンにはあると言うのですか!こいつは髪も目の色も薄くて、不適格だと……」
激昂するギュスターブに、シメオンが頬を歪める。
「イフリート家の継承の条件は、望気者であること、だそうですよ。……僕はずっと隠していたのですけれど、まさかそんな条件だなんて想像もしなくて、愚かにも自ら暴露してしまった」
ギュスターブの紫紺の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれる。シメオンが自分の右手で、自身の胸に触れた。
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