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9、記憶の森
閨語り
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シウリンが寝室に戻ってきたとき、アデライードは寝台の上でうつらうつらしていた。
幸いにして悪阻はさほど重くないのだが、とにかく疲れやすく、眠い。今日のような緊張を強いられた日は、早々に床に就くことにしていた。
カタリ、という音と、ひんやりした冷気が漂って、誰かが部屋に入ってきたとわかり、アデライードは眠い目をこすって少しだけ身を起こす。
「シウリン……戻っていらっしゃったの?」
「ああ、アデライード、まだ起きていたのか」
寝台の紗幕をするりと開けて入ってきた夫からは、微かな酒精の香りがした。
「少しだけ、ジュルチ僧正と飲んでいたのだ」
「そうですか。今日はご苦労様でしたものね」
夫は絹の単衣の夜着を纏っていて、そのことにも彼が記憶を取り戻したのだと、アデライードは実感する。昨夜まで十二歳だった彼は、シャオトーズに細々と世話されるのも慣れなかった。さらに、着慣れないせいか打ち合わせ式の東方風の夜着が、いつの間にかはだけてズルズルになってしまう。あまりにひどいので、しばらく、夜着に着替えるのをやめていたくらいだ。
シャオトーズも、以前のとおりに世話を再開できてホッとしていることだろう。
上掛けをはぎ取るようにして寝台に上ってきた彼は、次の瞬間にはアデライードの顔を両腕の間に挟んで、上から見下ろすようにしていた。
「殿下……」
「シウリンでいい」
「じゃあ、シウリン……どうしたの?」
「するぞ?」
その黒曜石の瞳が、微かな魔力灯の光を弾いて、情欲を移して煌いた。
「だめ……メイローズさんが……」
「宦官でも男の名は呼ぶな……中に出さなければ大丈夫だ」
「シウリ……んんっ……」
反論も許されずに唇で唇を塞がれる。こういうところも、十二歳の彼と今の彼は違う。十二歳の彼は目上の人の気持ちや指示を汲もうとし、どんな時もアデライードの意向を確かめた。――それでいて、いつだって何のかんのと、自分の要求を上手く通してしまったが。一方の二十三歳の彼は命令することに慣れ、時には強引で、反論もさせてくれない。
彼の熱い舌がアデライードの咥内をかき回す。舌が絡まり、口蓋の裏を舐めあげられ、唾液を吸われる。唾液とともに流れ込む〈王気〉の甘さが、脳髄を直撃する。シウリンの手が夜着に伸びて、手際よく脱がされてしまう。外気に当たっていたせいか少しひんやりとする大きな手が、アデライードの肌を這う。
「ふっ……んっ……だめっ……」
「だめじゃない……」
男の唇がアデライードの首筋を滑り落ちる。鎖骨のくぼみを舌で舐め、細い肩に軽く歯を立てる。
「愛してる……アデライード……」
シウリンはそう呟いて、アデライードの白い双丘のあわいに顔を埋め、深い溜息をついた。両手を背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。
「胸は……だめ……」
「わかってる……」
乳首への刺激は子宮の収縮に影響を与える可能性があると、メイローズに言われていた。シウリンは柔らかい乳房の感触を楽しむように、唇で食んでいく。
「ああ……好きだ……本当に、あなただけ……」
熱に浮かされたように、シウリンがもう一度呟く。もとより、その言葉を疑ったことはない。愛してくれる、誰よりも深く――。彼の金色の龍は輝きを増して、アデライードの銀色の龍を誘惑し、絡みつこうとしている。銀色の龍も逃げずに、自ら身を寄せて長い尾を絡ませ合っている。その金銀の龍を下から見上げて、アデライードもまたシウリンの黒髪に両手で縋りつく。
「んんんっ……シウリン……わたしも、あなたが……好き……」
幸いにして悪阻はさほど重くないのだが、とにかく疲れやすく、眠い。今日のような緊張を強いられた日は、早々に床に就くことにしていた。
カタリ、という音と、ひんやりした冷気が漂って、誰かが部屋に入ってきたとわかり、アデライードは眠い目をこすって少しだけ身を起こす。
「シウリン……戻っていらっしゃったの?」
「ああ、アデライード、まだ起きていたのか」
寝台の紗幕をするりと開けて入ってきた夫からは、微かな酒精の香りがした。
「少しだけ、ジュルチ僧正と飲んでいたのだ」
「そうですか。今日はご苦労様でしたものね」
夫は絹の単衣の夜着を纏っていて、そのことにも彼が記憶を取り戻したのだと、アデライードは実感する。昨夜まで十二歳だった彼は、シャオトーズに細々と世話されるのも慣れなかった。さらに、着慣れないせいか打ち合わせ式の東方風の夜着が、いつの間にかはだけてズルズルになってしまう。あまりにひどいので、しばらく、夜着に着替えるのをやめていたくらいだ。
シャオトーズも、以前のとおりに世話を再開できてホッとしていることだろう。
上掛けをはぎ取るようにして寝台に上ってきた彼は、次の瞬間にはアデライードの顔を両腕の間に挟んで、上から見下ろすようにしていた。
「殿下……」
「シウリンでいい」
「じゃあ、シウリン……どうしたの?」
「するぞ?」
その黒曜石の瞳が、微かな魔力灯の光を弾いて、情欲を移して煌いた。
「だめ……メイローズさんが……」
「宦官でも男の名は呼ぶな……中に出さなければ大丈夫だ」
「シウリ……んんっ……」
反論も許されずに唇で唇を塞がれる。こういうところも、十二歳の彼と今の彼は違う。十二歳の彼は目上の人の気持ちや指示を汲もうとし、どんな時もアデライードの意向を確かめた。――それでいて、いつだって何のかんのと、自分の要求を上手く通してしまったが。一方の二十三歳の彼は命令することに慣れ、時には強引で、反論もさせてくれない。
彼の熱い舌がアデライードの咥内をかき回す。舌が絡まり、口蓋の裏を舐めあげられ、唾液を吸われる。唾液とともに流れ込む〈王気〉の甘さが、脳髄を直撃する。シウリンの手が夜着に伸びて、手際よく脱がされてしまう。外気に当たっていたせいか少しひんやりとする大きな手が、アデライードの肌を這う。
「ふっ……んっ……だめっ……」
「だめじゃない……」
男の唇がアデライードの首筋を滑り落ちる。鎖骨のくぼみを舌で舐め、細い肩に軽く歯を立てる。
「愛してる……アデライード……」
シウリンはそう呟いて、アデライードの白い双丘のあわいに顔を埋め、深い溜息をついた。両手を背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。
「胸は……だめ……」
「わかってる……」
乳首への刺激は子宮の収縮に影響を与える可能性があると、メイローズに言われていた。シウリンは柔らかい乳房の感触を楽しむように、唇で食んでいく。
「ああ……好きだ……本当に、あなただけ……」
熱に浮かされたように、シウリンがもう一度呟く。もとより、その言葉を疑ったことはない。愛してくれる、誰よりも深く――。彼の金色の龍は輝きを増して、アデライードの銀色の龍を誘惑し、絡みつこうとしている。銀色の龍も逃げずに、自ら身を寄せて長い尾を絡ませ合っている。その金銀の龍を下から見上げて、アデライードもまたシウリンの黒髪に両手で縋りつく。
「んんんっ……シウリン……わたしも、あなたが……好き……」
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