【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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3、うたかたの恋

切通しの戦い

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 ゾーイが予想した通り、しばらく走ると背後から集団の馬蹄の音が聞こえてきた。

 耳のいいゾーイがまずそれに気づき、すぐ前を行くトルフィンに命じた。

「後ろから来たぞ。トルフィン、お前が先頭に立って、二人を守りながら行けるな?」
「本職じゃないけど鋭意努力します」

 素早く意志を疎通する彼らから、それまでのどこかのんびりした雰囲気が消えていく。

「少し、スピードをあげるぞ。敵はおそらく十五から二十騎といったところだ。迎え撃つのにちょうどいい、狭い場所まで走れ」

 ゾーイに指示されて、アルベラとシリルは慌てて馬腹を蹴る。 
 アルベラは遠乗りが趣味で、馬術は得意だと思っていた。それでも、彼らのスピードに着いて行くのはギリギリだった。今、さらにスピードを上げろと言われたのだ。

 しばらく立ち乗りで馬を走らせ、アルベラとシリルの額に汗が流れ落ちるころに、先頭を走っていたトルフィンに、ゾラが後ろから止まれと指示を出した。その場所は両側が切通しになった狭い道であった。

「嬢ちゃんたちは後ろに下がってろ。ちょっと血生臭いことになるけど、少しだけ我慢してくれよ」
 
 ゾラは切通しの奥の細い場所に二人を押し込むと、二人の前にフエルが馬を立て、弓を構える。その前にランパとトルフィン、そして先頭にゾラとゾーイが馬を並べ、追ってくる騎士たちを待ち受ける。

 地の底から響くような馬蹄の轟きも、アルベラは初めて体験することであった。――そう、結局テセウスの死体さえ見ていないのだ。

「十七騎ってところかな。デブが二人ばかりいるかもよ?」
「お前のその耳は、いったいどういう作りになっているんだ?」
 
 ゾラの耳は馬蹄の響きから、人数と甚だしい場合はその体型をも言い当ててしまうのである。

「どうせなら足音で別嬪べっぴんかどうか、判別できる耳がよかったっすよ」

 くだらない軽口をたたくうちに、曲がりくねった山道から土煙とともに騎士達が近づいてくるのが見えた。

「十七騎、ピッタリ賞で温泉旅行にご招待! とかいう特典はねぇっすかね」
「デブが二人じゃなくて三人いるから駄目だ。――討ち漏らした場合、我々の情報が知られて厄介だ。殲滅するぞ」

 ゾーイが静かに宣言し、五人がそれぞれ剣を抜いた。

 
 
 まず先頭を切って走ってきた大柄な騎士が、剣を鞘走らせてまっすぐゾラに向かう。ゾーイに比べて体格の劣るゾラは、たいてい与しやすいと見られるからだ。だがゾラはその剣が降ってくる前にひらりと馬を寄せ、すれ違いざまに剣を横に薙ぎ払う。
 
 スパン!

 と音がするように、丸いものが飛んで行った。――それが騎士の首だとわかるまで、アルベラは数秒を要した。首を失った騎士はそれでもしばらく走ってきて、突如ガシャンと頽れる。その時にはもう、ゾラは次の騎士と切り結んでいた。 

「おのれ、何者!」
「名乗るほどじゃあ、ございやせん!っと」

 二人目の騎士はゾラの細剣で頸動脈を切り裂かれ、鮮血を噴き上げて倒れる。その血のアーチをかい潜って走ってきた一人目のデブが、ゾーイに長大な剣を振り下ろす。斬馬剣と呼ばれる、ゾーイに言わせれば無駄に長い剣で、ちょっと避けるとそのまま地面を斬り、重みで抜けなくなる。そこをゾーイが長剣を振るい、騎士は横っ面をぶったたかれて吹っ飛び、隣の騎士を巻き込んで落馬する。

 馬のいななきと、男たちの怒号、悲鳴、血の匂い。アルベラとシリルは初めて見る血生臭い現場に、ただ馬の手綱を握り締めて硬直する。ふと前を見ると、フエルの顔色も蒼白で、唇を噛み締め、額から頬へと汗が流れていた。構えた弓を握りしめる手が、真っ白だった。

 先頭の二人が奮戦する隙間から、侵入しようとする騎士をトルフィンが迎え撃つ。やや髪を伸ばした彼だけはどこか雰囲気が違っていて、先ほども本職ではないと言っていたが、それでも華麗に剣を捌いていく。明らかに自分より体格のいい騎士と三合ほど打ち合わせて、隙を見て首のネックガードの隙間を正確に突き、素早く剣を抜いて、次の騎士は一合で両腕を切飛ばす。

「フエル! 射ろ!」

 トルフィンの声にアルベラの前に馬を立てていたフエルがハッとして、慌てて両腕を失った騎士に矢を射る。最初の一矢は狙いを外し、だが落ち着いて二射目で騎士の額の中央を正確に射抜いた。騎士がどごり、と馬から落ちる。
 
「すごい! やったわ!」

 アルベラがはしゃぐが、トルフィンが振り返ってフエルを叱った。

「あんな至近距離で外すなよ! 前にいる味方に当たるだろうが!」
「すみません! 次は外しません!」
「当たり前だ!」

 そのやり取りの横で、ランパは大柄な騎士と切り結び、こちらはなかなか苦戦していた。というより、やはりランパとフエルの騎士の技量は、他の三人よりも大きく劣るらしいと、アルベラも気づく。

 だがランパも粘り強く相手の剣を弾き返し、とうとう十合目でようやく、その騎士の首筋を切り裂いてほっと息をつく。その間、フエルは隙間から回り込もうとする敵に矢を放ち、それは全て命中した。

 先頭の二人はがんがんと敵を倒していく。一度に三人が嵩にかかって襲ってきても、まるで意に介さず、ゾラは飄々と、ゾーイは壮絶な殺気を発して、面白いように片づけていく。ゾーイが三騎を相手にして切り結んでいる中、背後の残り四騎が馬首を返し、逃げようとしたのを見て、ゾーイが叫ぶ。

「追え、ゾラ。トルフィンも援護につけ! 絶対に撃ち漏らすな!」
「はい!」

 言われる側からゾラはひらりと馬を駆って一騎を斬り捨て、トルフィンもまた、即座に反応して馬首を巡らし、一気にスピードに乗る。味方が逃げ出したのを目にして、ゾーイと相対していた三騎も浮足立ち、続けざまに二騎が血しぶきを噴き上げ、半ば逃げ出した最後の一騎は背後を袈裟懸けにされた。

 ゾーイはしばらく逃げた三騎と追いかけた二人を目で追っていたが、ゾラが一騎、続いてトルフィンが一騎を斬り捨てるのを見て、後を振り返り、背後の四人の無事を確認した。

「怪我はないか」
「は、……はい」

 アルベラが圧倒されて頷く。周囲はものすごい血の匂いが充満して、普段のアルベラならば気を失っていたかもしれない。
 
「あとはゾラが最後の一騎を討って戻れば、すべて片づけた。しばらくは我々の情報は漏れず、あちらはおぬしらを追うのに手間取るはずだ」
「十七騎、すべていますかね?」

 フエルが死体を数えながら言う。

「ゾーイさんが五騎、ゾラさんが今追っているのを含めて六騎、トルフィンさんが三騎、僕が二騎、ランパさんが一騎。……ランパさん、効率悪すぎでしょ?」

 フエルがランパを睨みつけるが、ランパは剣の血糊を拭き取るのに必死だ。――剣が汚れるのが嫌なのだ。

 と、ゾーイが突然、剣を足元に突き刺した。

「ぐえぇ!」

 フエルが射落とした男が、最期の力を振り絞り、ゾーイの馬を狙っていたのだ。

「フエル。息の根は必ず止めろ。一瞬の慢心が、命取りになる」
 
 ゾーイは長剣を振るい、血糊を払うと剣を鞘に納めた。
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