【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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3、うたかたの恋

うたかたの恋

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 西の森を抜けた水車小屋の前で、シリルとアルベラはテセウスを待ってた。――はぐれた時はここで、とシリルと予めて決めていたという。だが、日が高くなってもテセウスは現れない。しばらくして、シリルが言った。

「――アルベラ、先に進もう。テセウスは来ないかもしれない」
「そんな――! 来るわよ、テセウスは絶対に来るわ!」
 
 ストロベリー・ブロンドを振り乱して、アルベラが叫ぶ。実際、テセウス無しのシリルとアルベラだけでは、森を抜けて旅することも難しい。彼らが去就を迷っている時、数騎の馬蹄の音を聞いた。

「アルベラ――追っ手かも!」
「どうしよう!」
「逃げるっきゃないよ! 死ぬ気で飛ばすよ!」

 二人はそれぞれ馬に乗って駆けだした。だがその音を、近づいてきた馬蹄の集団に聞きつけられてしまった。

 テセウスがいれば、その馬蹄の集団は訓練された騎士ではない――つまり、イフリート家の追手ではないと気づいただろう。だが、深窓育ちのアルベラはもちろん、シリルだってそんな訓練は受けていない。闇雲に走っても、彼らに居場所を報せるだけだった。

 さらに運の悪いことに、その集団はイフリート家の騎士よりもはるかに性質タチが悪かった。

「おカシラぁ、なんか、子ウサギが二匹ばかりうろちょろしてるみたいっスよ」
 
 頭と呼ばれた男は、黒い頭を布で包み、顔の半分は髭で覆われている。左手には酒瓶を呷りながら、森の木立の間を目を眇めてみる。

 確かに、赤く長い髪が煌めくのがちらりと見えた。

「昨夜はロクな女がいなかったからなあ。――なるほど、さすが、天と陰陽はよくわかってなさる。こっちに獲物を用意してくれていたとは」
「捕まえますか?」
「おう。捕まえた奴には俺の次にヤらせてやろう。……野郎ども、追っかけっこの始まりだぜ!」

 村への略奪行の帰り道、イマイチな収穫に欲求不満を滾らせた山賊たちは、目の前の獲物に目の色を変える。
 頭が飲み干した酒瓶を勢いよく放り投げるのと、下卑た男たちが一斉に馬腹を蹴るのが同時であった。




「アルベラ、追ってきたよ!……なんか、イフリート家の騎士とは違うみたいだけど!」

 シリルが振り返りながら言うのに、アルベラも立ち乗りのまま、振り返って眉を顰める。
 薄汚いバラバラの鎧、頭には兜ではなく、いろんな色の布を乱雑に巻いている。

「じゃあ、どうしてわたしたちを追いかけるのよ!」
「知らないよぉ!」

 王城育ちの二人は、山賊などという存在を思い浮かべることができない。それに捕まったらどんな目に遭わされるかも――。

 必死に駆ける二人の前に、ヒュンと音がしてぎらつく剣が突きつけられる。
 見ると、頬に傷のある男が下卑た笑いを浮かべてアルベラを舐め回すように見ていた。
 いつの間にか、前に回られてしまったのだ。

「追っかけっこは俺の勝ち~。うひょー!こりゃまた、すっげぇ上玉じゃん!」
「こっちの坊主もなかなかだぜ? 俺はそっちの気はないと思ってたが、こいつのケツなら掘ってもいいな」

 シリルの前にはもう一人の男の剣が突きつけられ、二人は無理矢理馬から引きずり降ろされてしまった。 
 
 男たちにそれぞれ羽交い絞めにされて、頭と呼ばれる男の前に連れ出される。男たちのいやらしい視線と、ヒューヒュー囃し立てる声に、アルベラはぞっとする。

「こりゃあ、とんでもねぇ別嬪じゃねぇか。こっちの坊主もなかなかだ。身なりも悪くねぇし、どっかのお貴族サマのおやしきから逃げてきたのか?」
「そりゃまた、飛んで火に入る夏の虫ってやつだな」

 ガハハと無遠慮な笑い声が響き、アルベラにもだんだん、自分たちの置かれた状況が理解されてくる。

「ギイとロージャがお手柄か、じゃあ、俺の次にヤらせてやろう。……そっちの、坊主はどうする? 俺は女だけでいいから、ヤりたいやつは勝手にしろ」
「や、やだ何すんの! 触んなよ!」

 シリルの身体をまさぐっていた男が、驚きの声を上げる。

「おい、おめぇも女か? ちんこついてねぇじゃねーかよ!」
「なんだと? 見せてみろ!」
「違う、やめろって! やだ!」
 
 男たちがシリルに圧し掛かって押さえつけ、無理やり脚衣を脱がせてしまう。

「ほんとだ!……でも、穴もねぇぜ?」
「何だよそりゃあ……東の宮廷にいる、宦官ってやつか?」
「やめて! シリルに触らないで!」
  
 必死に叫ぶアルベラが、今度は男に押さえつけられる。

「人の事を気にする余裕があるらしいじゃねーか。いい度胸だな」

 ニヤニヤと髭面がいやらしい笑みを浮かべてアルベラを見下ろしていた。全身に鳥肌が立ってぞっとする。男の臭い息が顔にかかり、思わず顔を背ける。

 ビリッとチュニックが破られて、麻の下着が露わになる。それをも簡単に破り捨てられ、まだ誰にも触れられていない、真っ白な胸が男たちの目に前に曝された。

「こっちは普通の女だ! けっこう、いい身体してやがるぜ!」
「いやあ! やめて! いやあ―――っ!」

 恐怖と嫌悪感でアルベラが叫ぶ。
 その時。

「そこまでだな」

 低い、冷静な声がしてアルベラの上に圧し掛かっていた男の動きが止まる。見ると、頭の首筋に長剣がピッタリと突きつけられていた。

 アルベラからは逆光になって顔は見えなかったが、長身の騎士が頭の後ろに立っていた。
 
「何だてめぇら!」
「真昼間から多勢で婦女を手籠めにしようとは、まったく天と陰陽に顔向けのできぬ仕儀だな。このまま引くのであれば命は取らぬが、もし歯向かうのであればこのカシラの首は――」
「うわあああ、野郎ども、引け、引くんだ!」

 カシラの命令に、山賊どもは銘々、自分の馬に戻って逃げて行こうとする。

「ちょっと待ったー! そこの嬢ちゃんたちの乗ってきた馬じゃねぇのか、それ! どさくさに紛れて勝手に持っていくんじゃねーよ、盗人猛々しい!」
「いや、ゾラ、こいつらどう見ても盗人だから。盗人としては正しい行動だよ。だからって見逃さないからね。返してよ!」

 アルベラ達の馬を曳いて行こうとした山賊の一人に、ゾラが剣を突き付けて脅すと、仕方なくそいつらは馬を置いて去っていった。

 シリルの方は別の赤い髪の長身の騎士が救け起こし、脚衣を穿きながら泣いているのを、背中をさすって慰めているらしい。アルベラは露わになった胸を両腕で覆って、茫然と座り込んでいた。

「嬢ちゃん! やっぱあの時の嬢ちゃんじゃねぇか!」

 その声にハッとして顔を上げると、目の前にはずっと待っていたテセウスの顔――。

「テセウス! よかった、テセウス、待ってたの! テセウス待ってたらあいつらに追いかけられて――」
「アルベラ――その人……テセウスじゃ……」

 黒髪の男は痛まし気に眉を寄せると、山賊たちが剥ぎ取ったアルベラの黒いマントを拾い、バサバサと振って埃を落としてから、ふわりとその細い肩を覆う。

「嬢ちゃん、そのテセウスのことで、話がある。でもその前に、嬢ちゃんが落ち着いた方がいいな?――おい、ランパ、フエル!茶、茶あ沸かせや!」
「ああもう、わかってますよ! まったく人使いが荒いんだから!」

 甲高い、少年の声が聞こえて、アルベラも理解した。

 目の前の男は、テセウスじゃない。
 そして、テセウスはもう、ここには来ないのだ。

 あの、一瞬の口づけだけが、二人のうたかたの恋の結末――。
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