【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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2、辺境伯の砦

騎士たちの帰還

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 帝都の叛乱が収束して十日。トルフィン、ゾラ、アート、テムジンらが二百騎の聖騎士とともにソリスティアに帰還した。――恭親王の正傅ゲルは、まだ怪我が完全に癒えていないため、しばらく帝都で療養を続けるという。

 賢親王から総督府で待つゲルフィンらに真っ先に告げられたのは、十二貴嬪家以下、貴種に対する「奪服だっぷく」命令――服喪期間を強制的に終了し、出仕させる――であった。十二貴嬪家から八侯爵家の、とくに文官家の当主たちは軒並み殺害されている。その家族が服喪のために邸や領地に籠ってしまえば、国政の立て直しにも支障をきたす。ゲルフィンら家族を失った十二貴嬪家の者が喪に服さなければ、後々、批判を受ける可能性もある。国からの正式な奪服命令は、肉親の情に区切りをつけるためにも必要なのである。

 その上で、皇帝の諒闇りょうあんは一月で切り上げ――実質、叛乱中に諒闇は終了しているとされたーー叛乱以前の状態に復することを最優先に、ただ年内は派手な歌舞音曲かぶおんぎょくを伴う祝い事などは自粛するように、との通達が出ただけで、厳密な服喪は強制されないことになった。

「結局、廃太子への処断はどのようになったのだ?」

 ゲルフィンの問いに、戻ってきて早速、恭親王の書斎でメイローズの淹れた茶を飲みながら、トルフィンが答えた。

「帝都の北方にある、月神殿に押し込めですね」
「あれだけ殺してその程度なのか?」

 父も叔父も殺されているゲルフィンが、納得いかないと言う顔で片眼鏡モノクルをずり上げる。

「龍種は殺さないというのが不文律ですからね。こちらがそれに反するのは筋が通らないというのが、まず一点。それから、殺すまでもないんですよ。せいぜいあと半年か一年くらい、相当苦しい目に遭いながら、少しずつ死んでいく感じ?」

 トルフィンが肩を竦める。

「アタナシオスという、イフリート家の魔術師の〈王気〉を保つ術は、その〈王気〉を受け入れる際に非常に大きな〈キズ〉ができるんだそうです。一度その術を受けたら、〈王気〉の減退も早くなるし、永遠に〈王気〉を受け入れ続けなければならない。でももう、アタナシオスはいないし、あの人に〈王気〉を提供するような皇子もいませんので……」

 もちろん、マニ僧都の構築した魔法陣で治療すれば、その〈瑕〉を塞ぐことも可能だが、賢親王はその治療を禁じた。故にロウリンはこれから先、治療も受けられず、ただ日々〈王気〉を垂れ流し、魔力の不足による堪えがたい苦痛に苛まれて、最期の日まで生き続けるのだ。

「それでも、不満に思う人は多いでしょうね。〈王気〉を横取りされた皇子がたの中には、完全に回復するのは無理だろうって人もいらっしゃるし、下の息子二人も、命こそ取り止めましたけど、もう〈王気〉は戻らないらしくて、皇族の籍から抜けることになるそうです。でも、息子五人を皆殺しにされている賢親王殿下が、命をもってあがなわせるべきではない、と仰ったので、それ以上は誰も何も言えません」
「廉郡王殿下の処遇は?」

 ゼクトが、感情を押し殺した声でトルフィンに尋ねた。――廃太子が何事もなく位を継いでいれば、間違いなく皇太子に冊立されたはずの廉郡王は、謀叛人の息子の地位に転落した。

「グイン殿下は、うちの殿下の救出に功績があったこと、また賢親王殿下にも協力的であったこともあって、お咎めは無しになりました。もう少し帝都が落ち着いたら、征西大将軍として西方に戻るよう、命令が下る予定です」

 トルフィンの言葉に、ゼクトも、そしてゲルフィンも大きな安堵の溜息をついた。そこへ、トルフィンが唐突に爆弾を投下する。

「――あ、そうそう、帝都の大嫂ねえさんから手紙預かってきましたよ? 何と、結婚十年目にしてご懐妊ですって!」
「――なんだと! そ、そ、そんな馬鹿な!」

 妻の懐妊を知らされ、ゲルフィンは動揺のあまり思わず立ち上がる。

「いやあ、冷めきった夫婦かと思いきや、ちゃんとやることやってたんですねぇ! これでゲスト家も安泰だ!」
 
 トルフィンが面白可笑しく囃し立てるが、ゲルフィンは蒼白な顔で立ち尽くしたままだ。
 と、一同、不安になる。ゲルフィン夫婦はお世辞にもうまくいっていると言えない。ゲルフィンとその妻とは、些細な切っ掛けから数年単位で冷戦中なのである。プライドの高いゲルフィンから歩み寄るなんてあり得なくて、妻は妻で辛気臭い骨董趣味に逃げている夫に対し、かなり前から愛想を尽かしているのだが、ゲルフィンの方が絶対に離婚に同意しなかった。
 
 そういう事情を内々で知っているゾラもトルフィンも、夫の外征中に懐妊したというゲルフィンの妻に対し、まさかという疑念が沸き起こって顔が青ざめる。

「……え、もしかして、身に覚えがねぇとか、そういうオチは無しにしてくれよ……?」
「ちゃ、ちゃんとゲル兄さんの子だよね?」

 不穏なことを言い出した従弟とその友人に、ゲルフィンが慌てて叫ぶ。

「あ、当たり前だ!……身に覚えなら、ある」

 夜の方は数か月ご無沙汰だったが、西へと出発する前夜、いっそのこと離縁状を書いてくれという妻に、もうこれで死ぬかもしれないから、ゲスト家の子孫を残すためにとか、何とか理屈をこねてヤらせてもらったのだ。
 身に覚えはあるが、だからといって本当に妊娠するなんて想像もしていなくて、まさか、とゲルフィン自身が混乱してしまう。

 くしゃくしゃと、狼狽に任せて頭を掻きむしるゲルフィンに、マニ僧都が笑う。

「なんだ、アリナ殿といい、突然の懐妊続出ベビーラッシュかい。――もしかしたら、アデライードも期待できるかもしれないね?」

 少しだけ、明るい空気が総督府に戻ってきた。
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