【R18】お飾り皇后のやり直し初夜【完結】

無憂

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三十三、蛍火

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 結局、劉宝林と鄭才人は冷宮送りとなり、趙淑妃は居宮に謹慎処分となった。
 処分に差ができた理由は実行犯か否か、そして、淑妃はなんといっても二人の皇女の母親ということもあり、陛下も厳しい処分を下さなかったと聞いた。




 五月に入り、陛下が新修なった大明宮に行幸するに際し、妃嬪としては、ただわたし一人だけを伴うとの告知があった。 
 それを聞いたときは、まず耳を疑った。

「本気で?」

 馬婆マーさんが頷く。
 
「ええ。淑妃は謹慎中ですし、高賢妃は体調がまだ戻りません。例の件で後宮も落ち着きませんし、誰を連れていって誰を連れていかないとなると、騒ぎになるだけと仰って。娘娘にゃんにゃん以外は一律に全員置いていく、と」
「なにその理論!」

 わたしは呆れたが、ふと思いついて馬婆に尋ねる。

「高賢妃はまだ、よくないの?」

 馬婆が声を潜めて言った。
 
「体調は名目ですよ。皇上は表だっては高賢妃を咎めてはいませんが、内心では相当、怒っていらっしゃるようで……」
「なぜ? 賢妃は被害者では……」
「そもそも、最初に賢妃の宮から出た呪いの人形ひとがたについては、劉宝林も鄭才人も関与を否定しているんです。つまり、賢妃の自作自演だったんですよ。それに触発されて、劉宝林と鄭才人が薛脩媛に濡れ衣をかけようとした。後宮内の脚の引っ張り合いの、引き金を引いたのは賢妃自身なんです」
「そうだったの……」

 王婆ワンさんも言う。

「ここで賢妃まで処罰するのは、事が大きくなり過ぎるとお考えなのでしょう。賢妃にお咎めはありませんが、もう、次はないというか……」
「流産の後も、賢妃の方から幾度もお目通りを願い出ているのを、皇上はいずれも退けていらっしゃるそうです」

 二人にこもごも言われ、わたしは高賢妃の現状を思い、深いため息をついた。





 離宮は太極宮から北東の位置。だから、当日、陛下の車駕は北の玄武門から出る。
 それで、わたしは前夜、陛下の居宮である甘露殿に泊まり、そこから車駕に同乗して向かうことになった。

 甘露殿に召されるのは二度目。
 一度目は元宵の夜で、雪も散らつく寒い夜だったけれど、今は夏。陛下の部屋は前回と異なり、泉に面した涼しい作りの、夏用の部屋だった。

「どうしても、離宮に行く前に済ませておかねばならぬことがあるから、先に寝台に入って待っていてくれ」

 陛下にそう言われて、わたしは一人、帳台の内で手持ち無沙汰に団扇を弄っていた。
 簾の内からそっと窓の外を見上げれば、夜空に十日の月が輝いていた。夜の庭に、衛士の焚く篝火が遠くに見える。
 
 陛下の寝台でこうして過ごすなんて、嘘のように思える。
 昨年の十月に宮中に入ってから、二か月は陛下にお会いすることもできず、「お飾りの皇后」だなんて言われて、わたしもその運命に甘んじるつもりだったのに――

 白い半月をなんとなく眺めていると、後宮に入る前の、家のことを思い出してしまう。窓からは虫の音が聞こえ、蛍が数匹、ぼうっと光って飛んでいく。わたしは団扇を弄びながら、その儚い軌跡を目で追った。

 昔、もっと幼い頃、兄や父と月を見上げ、誰かが蛍を捕まえて虫籠に入れて、それをずっと眺めていたっけ――


 
「詩阿」

 カタリと風が動いて、廉公公レンさんが帳を開き、陛下が長身をかがめるようにして、帳の中に入っていらっしゃった。
 薄い絽の単衣に着替えていて、寛げた襟からよく鍛えた裸の胸が覗く。わたしは恥ずかしくなって団扇で顔を覆う。

「なんだ、今さら。朕の裸など見慣れているだろうに」
「そんなの……恥ずかしいのは変わりません」

 陛下が笑い、わたしの隣に腰を下ろす。そうして、わたしが眺めていた庭に眼をやった。

「何を見ていた」
「蛍を……昔、兄が捕まえてくれたのを思い出しておりました」

 すると陛下が一瞬、ムッとしたような表情をなさる。

「……陛下?」
「忘れていることを咎めたくはないが、昔、蛍を捕まえてやったのは朕だぞ? 礼文は虫を捕まえたりするのが下手くそだったのだ」
 
 その表情があまりに子供じみていて、思わず団扇の影で噴き出してしまい、陛下もつられて笑い出す。
 
「離宮の池にも蛍は多いと聞く。また、捕まえてやろう」
「まさか陛下に虫取りなんて、頼めません」 
 
 わたしが笑えば、陛下がわたしの肩を抱き寄せた。

「離宮で朕が捕まえるのは、そなただ。離しはせぬから覚悟しろよ?」

 陛下の眼が月明りにギラリと光った気がしたけれど、その時のわたしは、あまり深く考えなかった。




 
 翌朝、もう体にしみこんでいるのか、陛下もわたしも夜明け前には起きてしまう。
 宦官たちが着替えや洗面の用意を持って入ってきて、にわかに慌ただしくなる。
 乱れた髪を綺麗に結い直し、黒い幞頭ぼくとうを被る。天子のは特別に、後ろの「脚」の部分が上向きになっているのだけれど、基本的な形は一般のものと変わらない。
  
 わたしは暑い時期でもあるので薄ものの斉胸襦裙せいきょうじゅくん。近頃の流行だとかで大きく襟をはだけ気味にした上襦の上に、胸まで裙(スカート)を上げて着つける。この時、馬婆マーさんはいつも、わたしの胸を殊更に盛り上げるようにするので、胸の谷間が強調されてすごく恥ずかしい。凝った形に髪を結い、金銀に宝石を散らした髪飾りをつける。額には赤い花鈿かでん。金属を磨いた鏡で仕上がりを確かめ、馬婆に礼を言った。

 食事を終え、出立の支度の出来上がるまで、陛下の帳台に腰掛けて待つ。

「そうだ詩阿、今日のために作らせたものがあった。……廉、例のものを」

 陛下が控えている廉公公に言えば、彼は即座に、錦貼りの小さな函を持ってきた。中に入っていたのは――
 
「これは何ですの?」
  
 ちょうど杏の実くらいの、精巧な彫刻が施された金属の玉が二つ、赤い紐でつながっている。
 中が鈴になっていて、微かにチリンと音を立てる。

「……鈴?」
勉鈴ミエンリンと言うのだ」
 
 陛下がそれを手にして、わたしに微笑みかける。

「気に入ったか?」
「え、ええ……」

 鈴にはたぶん、縁起のよい文字が彫りつけられていて、音も悪くない。だが、胸元に飾るには武骨だし、こんな装身具は見たことがない。わたしが戸惑っていると、陛下が美麗な笑みを浮かべ、わたしの前に跪くように座った。

「朕が手ずからつけてやろう。詩阿――裙を捲って脚を開け」
「……え?」

 わたしが理解する前に、陛下が薄物の裙を捲り上げた。

「きゃっ……! 陛下、何を?」

 暑い時期なので、裙の下には袴を穿かず、薄い下裳しかつけていない。それも一緒に捲り上げられると、脚が露わになってしまう。さらに、わたしの片足を広げるよう、寝台の上に置いたから、たまらない。必然的に陛下の眼の前に秘所がさらけ出される。何が起きたのかわからず、わたしはただ、混乱する。

「待って、な、なにを……」

 夜更けまで陛下を受け入れていたそこは、まだ少しだけ潤んでいた。そこを陛下の長い指が触れる。

「ひっ……いけません、もうすぐ出発……」
「わかっている……まだ濡れているな。これなら問題なく入りそうだ」

 そうして、さきほどの勉鈴の玉を一つ、二つとわたしの蜜洞に入れてしまった。冷たいものが入って、わたしは悲鳴を上げる。

「きゃああっ……やめっ……」

 ずぶりと奥まで突っ込まれて、二つの玉がチリンと音を立てる。奥で二つがぶつかり合い、蜜洞を広げる感覚に、わたしは背筋を走る疼きに思わず身を捩った。

「ああっ……」

 陛下は下からわたしの表情を見上げ、満足げに微笑むと、何事もなかったように脚を下ろし、裙を元通りにする。

「陛下……なにを……」
「これを落とさぬように中に入れておくのだ」
「……そん、な……」

 中に異物が入っている違和感に、背筋がぞわぞわして汗がにじんでくる。

「陛……」

 陛下がわたしの耳朶に唇を触れ、甘噛みする。その刺激もまた、いつもより敏感に感じられて、わたしはビクリと身を震わせた。

「いや、取って……こんなの……」
「ダメだ。朕の命令が聞けぬか?」
「それは……ああっ……」

 もう一度耳朶を食まれ、わたしは甘いため息を零して身悶える。そのたびに、内部の二つの玉が動き、それがまた刺激になってわたしを責め苛む。身体の内部からじっとりと何かが溢れるのを感じる。こんな状態で、離宮に――?

「では参ろうか」
「む、無理です。立ち上がったら……」
「ならば、車駕までは朕が抱いて参ろう」
「そんなの……」

 膝の裏に手をかけて軽々と抱き上げられるけれど、わずかな振動が響いて、快感に変換されてしまう。

「はっ……まっ……待って……」
「よい、朕に掴まっておれ、落としはせぬ」

 こうして、わたしは陛下の腕に抱かれた状態で、天子の車に乗せられたのだ。
 ――もちろん、見送りの百官の面前で。

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