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八、鴛鴦之契*
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陛下の身体がわたしの上に圧し掛かったまま、互いに荒い息を吐いて抱き合っていると、陛下がわたしの中から抜け出していくのを感じる。
これで、終わったのだ――話を聞くのと実際では大違いだった。
ここまでしてやっと、皇后のお役目完遂なのだ。
他の妃嬪たちも、みんなこんなことをしているなんて――
皇帝の寵愛を争う、という意味を初めて理解して、わたしは呆然と帳台の天井の、暗がりを見上げていた。
その時。
突然、世界が反転して、わたしはえっと息を飲む。陛下にうつ伏せにひっくり返されたのだと気づいたが、次の瞬間、背後からもう一度陛下に突き立てられ、わたしは悲鳴をあげてしまった。
「いあっ?」
「詩阿……まだ足りない……」
肩口から耳元で囁かれて、わたしは強引な交接に息もできない。背中から陛下が圧し潰すように圧し掛かってきて、身動きすら封じられたまま、陛下がさらに腰をぶつけてくる。
しかも――
「……皇……上……?」
帳の外から宦官が声をかけていきて、わたしは外に人がいたことを思い出す。
――さっきの、ずっと聞かれて……
「黙れ、邪魔をするなっ」
「ひい、申し訳ございません!」
陛下が宦官を叱り飛ばすけれど、わたしは羞恥心で頭が真っ白になってしまった。
だって、あんな恥ずかしい声を全部、聞かれていたなんて。もう、死にたい……
「や、やだ……もう……ああっ」
「気にするな……詩阿……」
「あ、だって……あっ……あああっ……」
もうやめて欲しいのに、陛下はやめる気がないのか、大きな手で背後からわたしの両胸を鷲掴みすると、上半身を抱き起すようにして、さらに激しく腰を突き上げてくる。――こんな、恥ずかしい体勢、それに、さっきより深い――
「ああっ……やあっ……あっ、ぁああっあ―――ッ」
胸の先端を摘ままれれば、疼くような快感が立ち上って、もう声を堪えることなんてできなかった。
閨のお勤めがこんな激しいなんて聞いてない。わたしは半泣きのまま、陛下の為すがままにされる。穏やかな人だと思っていたのに、荒々しく責め立てられ、わたしは羞恥心と快感で何も考えられなくなる。
こんなの恥ずかしい、なのに気持ちいい。陛下の閨にお仕えするのに、わたしが気持ちよくなっちゃっていいの?
陛下こんな人だったの? もうわけがわからない。早く終わって――
「ふっ……ああっ詩阿……悦い……すごく、締まる……」
「ああっ、あっああっ……弘、毅……さま……ああっ、奥、当たって……あ―――っ」
もう一度快楽の波にさらわれて、わたしは両手で褥を握り締めて絶頂に耐えているのに、繋がっている場所のすぐ上の、一番敏感な場所を陛下に弾かれて、あまりの快感に頭が真っ白に焼き切れて、わたしは意識を飛ばしてしまった。
『降りられないよ! 弘毅兄さん、だっこ!』
『ああ、おいで詩阿……』
我が家の敷地だけは広い庭。ごつごつした岩に登ったはいいが降りられないわたしは、一緒にいた少年らしい人に我が侭を言う。光の溢れる庭は永遠まで続くように広くて、ひらひらと花びらが散っている。
その人の顔はよく見えないが、わたしを抱き上げてふわりと地面に下ろしてくれる。
その人の手が、わたしの髪をそっと撫でる。なんだかふわふわとした、温かい夢。
『詩阿ね、大きくなったら、弘毅兄さんのお嫁さんになるの!』
『そうか、楽しみだな。早く大きくなれ……』
顔の見えないその人が、そう言って笑った――
どれくらい経ったのか。
たぶん、それほど長い時間ではないけれど、わたしが目を覚ました時には、陛下がわたしの身体を布で拭ってくださっていて、驚きのあまり飛び上がりそうになった。
そんなことを万乗の君にさせて、他所に知られたら大変なことになるのでは――
「陛下?」
「気づいたか?」
「あ、あの……」
わたしがあわあわしていると、陛下が信じられないくらい綺麗なお顔で微笑んで言った。
「閨では昔の名で呼んでくれ。詩阿」
「え、えっと……弘毅さま?」
陛下は白い絹の襦衣をわたしの肩に着せかけると、ご自身も襦衣を羽織って、わたしを腕枕して褥に横たわる。
皇帝陛下の腕枕! まずいのでは……。しかし、わたしの動揺を無視し、陛下は衾までかけてくださって、恐縮してしまう。
「無理をさせたかな……」
「い、いえ、その……」
腕枕されているので、至近距離に陛下のご尊顔がある。世界で一番尊い方のお顔を、こんな近くで見てもいいのかしら――
陛下がわたしを抱きしめようとする気配を感じて、わたしはおずおずと陛下の首筋に縋りついた。
「詩阿……やっと、手に入った……」
そうしみじみ言われて、わたしはさきほどの話を思い出す。
わたしは忘れてしまったけれど、陛下は昔の約束を覚えていた。それで、わたしを「お嫁さん」にしたいと思って……
もしかして――だから納后儀礼に拘った……の……?
皇后以外の後宮妃嬪はすべて位階を持つ、要は皇帝の臣下。でも皇后は位階がなく、皇帝の「妻」だから――
陛下はわたしを臣下じゃなくて、「お嫁さん」として迎えたかった、から――?
いやでも、まさかそんな理由で――?
もし、わたしが昔のことを覚えていたのなら、すごく嬉しかったかもしれないけれど、生憎覚えていないので、よくわからない。
いやでも、あの儀礼は本当に面倒くさくて、理由を知ったら、宰相以下のお偉い官僚たちみんな、呆れるんじゃないかしら……
わたしがグルグルと考えていると、陛下にギュッと抱きしめられ、あやうく「ぐえっ」と声を出しそうになる。
……あぶない、あぶない。
でもふと、思いついたことがあったので、わたしは勇気を出して陛下に言った。
「その……弘毅さまのお名前、思い出した……のとはちょっと違うのですけど……」
「詩阿?」
「うちのお墓には母と、兄と弟としかいないのですけど、なんとなくもう一人、弘……という名前の兄が、わたしを抱きしめて守ってくれたような気がしていて……あれが、陛下だったのですね。命を助けていただいたのに、忘れていたなんて。本当にごめんなさい」
「そうか、少しは憶えていてくれたか。詩阿……」
陛下がさらに力を込めてわたしを抱きしめ、さらに髪を撫でてくださった。
「後宮はいろいろと厄介な場所だが、そなたのことは俺が……いや、朕が守ると誓う。絶対に」
「はい、信じております……」
わたしは殊勝に答えたが、たぶん、後宮には陛下の力でも、どうにもならない厄介事がきっといっぱいある。
でも守ると言ってくださる以上、それに縋っていくしかない。
こうして、わたしは二か月を経てようやく、正真正銘の皇后になった。
これで、終わったのだ――話を聞くのと実際では大違いだった。
ここまでしてやっと、皇后のお役目完遂なのだ。
他の妃嬪たちも、みんなこんなことをしているなんて――
皇帝の寵愛を争う、という意味を初めて理解して、わたしは呆然と帳台の天井の、暗がりを見上げていた。
その時。
突然、世界が反転して、わたしはえっと息を飲む。陛下にうつ伏せにひっくり返されたのだと気づいたが、次の瞬間、背後からもう一度陛下に突き立てられ、わたしは悲鳴をあげてしまった。
「いあっ?」
「詩阿……まだ足りない……」
肩口から耳元で囁かれて、わたしは強引な交接に息もできない。背中から陛下が圧し潰すように圧し掛かってきて、身動きすら封じられたまま、陛下がさらに腰をぶつけてくる。
しかも――
「……皇……上……?」
帳の外から宦官が声をかけていきて、わたしは外に人がいたことを思い出す。
――さっきの、ずっと聞かれて……
「黙れ、邪魔をするなっ」
「ひい、申し訳ございません!」
陛下が宦官を叱り飛ばすけれど、わたしは羞恥心で頭が真っ白になってしまった。
だって、あんな恥ずかしい声を全部、聞かれていたなんて。もう、死にたい……
「や、やだ……もう……ああっ」
「気にするな……詩阿……」
「あ、だって……あっ……あああっ……」
もうやめて欲しいのに、陛下はやめる気がないのか、大きな手で背後からわたしの両胸を鷲掴みすると、上半身を抱き起すようにして、さらに激しく腰を突き上げてくる。――こんな、恥ずかしい体勢、それに、さっきより深い――
「ああっ……やあっ……あっ、ぁああっあ―――ッ」
胸の先端を摘ままれれば、疼くような快感が立ち上って、もう声を堪えることなんてできなかった。
閨のお勤めがこんな激しいなんて聞いてない。わたしは半泣きのまま、陛下の為すがままにされる。穏やかな人だと思っていたのに、荒々しく責め立てられ、わたしは羞恥心と快感で何も考えられなくなる。
こんなの恥ずかしい、なのに気持ちいい。陛下の閨にお仕えするのに、わたしが気持ちよくなっちゃっていいの?
陛下こんな人だったの? もうわけがわからない。早く終わって――
「ふっ……ああっ詩阿……悦い……すごく、締まる……」
「ああっ、あっああっ……弘、毅……さま……ああっ、奥、当たって……あ―――っ」
もう一度快楽の波にさらわれて、わたしは両手で褥を握り締めて絶頂に耐えているのに、繋がっている場所のすぐ上の、一番敏感な場所を陛下に弾かれて、あまりの快感に頭が真っ白に焼き切れて、わたしは意識を飛ばしてしまった。
『降りられないよ! 弘毅兄さん、だっこ!』
『ああ、おいで詩阿……』
我が家の敷地だけは広い庭。ごつごつした岩に登ったはいいが降りられないわたしは、一緒にいた少年らしい人に我が侭を言う。光の溢れる庭は永遠まで続くように広くて、ひらひらと花びらが散っている。
その人の顔はよく見えないが、わたしを抱き上げてふわりと地面に下ろしてくれる。
その人の手が、わたしの髪をそっと撫でる。なんだかふわふわとした、温かい夢。
『詩阿ね、大きくなったら、弘毅兄さんのお嫁さんになるの!』
『そうか、楽しみだな。早く大きくなれ……』
顔の見えないその人が、そう言って笑った――
どれくらい経ったのか。
たぶん、それほど長い時間ではないけれど、わたしが目を覚ました時には、陛下がわたしの身体を布で拭ってくださっていて、驚きのあまり飛び上がりそうになった。
そんなことを万乗の君にさせて、他所に知られたら大変なことになるのでは――
「陛下?」
「気づいたか?」
「あ、あの……」
わたしがあわあわしていると、陛下が信じられないくらい綺麗なお顔で微笑んで言った。
「閨では昔の名で呼んでくれ。詩阿」
「え、えっと……弘毅さま?」
陛下は白い絹の襦衣をわたしの肩に着せかけると、ご自身も襦衣を羽織って、わたしを腕枕して褥に横たわる。
皇帝陛下の腕枕! まずいのでは……。しかし、わたしの動揺を無視し、陛下は衾までかけてくださって、恐縮してしまう。
「無理をさせたかな……」
「い、いえ、その……」
腕枕されているので、至近距離に陛下のご尊顔がある。世界で一番尊い方のお顔を、こんな近くで見てもいいのかしら――
陛下がわたしを抱きしめようとする気配を感じて、わたしはおずおずと陛下の首筋に縋りついた。
「詩阿……やっと、手に入った……」
そうしみじみ言われて、わたしはさきほどの話を思い出す。
わたしは忘れてしまったけれど、陛下は昔の約束を覚えていた。それで、わたしを「お嫁さん」にしたいと思って……
もしかして――だから納后儀礼に拘った……の……?
皇后以外の後宮妃嬪はすべて位階を持つ、要は皇帝の臣下。でも皇后は位階がなく、皇帝の「妻」だから――
陛下はわたしを臣下じゃなくて、「お嫁さん」として迎えたかった、から――?
いやでも、まさかそんな理由で――?
もし、わたしが昔のことを覚えていたのなら、すごく嬉しかったかもしれないけれど、生憎覚えていないので、よくわからない。
いやでも、あの儀礼は本当に面倒くさくて、理由を知ったら、宰相以下のお偉い官僚たちみんな、呆れるんじゃないかしら……
わたしがグルグルと考えていると、陛下にギュッと抱きしめられ、あやうく「ぐえっ」と声を出しそうになる。
……あぶない、あぶない。
でもふと、思いついたことがあったので、わたしは勇気を出して陛下に言った。
「その……弘毅さまのお名前、思い出した……のとはちょっと違うのですけど……」
「詩阿?」
「うちのお墓には母と、兄と弟としかいないのですけど、なんとなくもう一人、弘……という名前の兄が、わたしを抱きしめて守ってくれたような気がしていて……あれが、陛下だったのですね。命を助けていただいたのに、忘れていたなんて。本当にごめんなさい」
「そうか、少しは憶えていてくれたか。詩阿……」
陛下がさらに力を込めてわたしを抱きしめ、さらに髪を撫でてくださった。
「後宮はいろいろと厄介な場所だが、そなたのことは俺が……いや、朕が守ると誓う。絶対に」
「はい、信じております……」
わたしは殊勝に答えたが、たぶん、後宮には陛下の力でも、どうにもならない厄介事がきっといっぱいある。
でも守ると言ってくださる以上、それに縋っていくしかない。
こうして、わたしは二か月を経てようやく、正真正銘の皇后になった。
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