【R18】お飾り皇后のやり直し初夜【完結】

無憂

文字の大きさ
上 下
6 / 37

五、後宮妃嬪

しおりを挟む
 せつ美人の言葉に、わたしいはだいたいの展開が読めて、内心、ウンザリする。
 この人がわたしの宮に会いに来るときは、たいてい、こうなのだ。

 わたしが後宮内で、「お飾りの皇后」だと揶揄されている知りたくもないのに知ったのは、この薛美人のご注進のおかげだ。

 わたしは務めて笑顔を崩さずに尋ねる。

「そう、何ておっしゃったの?」
「なんて言ったと思います? 趙淑妃さまは宋尚儀にやり込められた後で、『有名無実の名ばかりの皇后のクセに』って呟いて、そしたら、腰巾着のてい才人が、『あんな人はお飾りの置物も同じ』だなんて! ひどい言われようでございます! 是非、処罰してやってくださいませ!」

 唾を飛ばしながら力説する薛美人に、わたしは苦笑する。

「そうは言っても、悪口を言われたくらいで罰するなんてできないわ。わたしは気にしていないから……」
「でもぉ! 中宮さまがお優しいから、あの人たちは調子に乗って!」

 わたしは困惑を隠さずに、首を傾げる。

「まあ、でも仕方がないわ。入宮早々に寝込んで、陛下にもご心配をおかけしてしまったし」
「そんなの! だいたい陛下が二か月も――」

 言いかけて、薛美人は口元を手で覆う。その様子を見ていた馬婆まーさんが、言った。

皇上こうじょうは、娘娘にゃんにゃんの体調をおもんぱかられたのだと思いますよ」

 そうそう、と王婆ワンさんも調子を合わせる。

「皇上も、納后儀礼があんなに厄介だとは、思ってもみなかったのかもしれませんね、無理をさせ過ぎたと反省していらっしゃると、劉太監が言っていました」
「そんなことが……」
「先々代の御代に、病の篤い寵姫を無理に皇后に冊立したら、儀礼の翌日に亡くなってしまったことがあったそうですよ。それくらい苛酷な儀礼なんですよ」

 意外な事実にわたしは目を丸くする。

「……生きててよかったわ……」
「本当です」

 わたしと二人の傅母が納得していると、しかし薛美人が口を挟む。

「でも……趙淑妃さまやその取り巻きは、中宮さまが『子供っぽすぎて期待外れだったのね』、とか、『疲れて眠ってしまっうなんて、信じられない』とか、『もともと、家柄だけが取り柄なのよ。容姿も特筆するほどでもないし』とか言いたい放題だったんですよ!」
「薛美人さま、口をお慎みくださいませ、誰が聞いているか知れたものではありませんよ」

 王婆ワンさんが、薛美人を窘める。「他の誰それが言っていた」と誹謗中傷を伝達するのは、わたしを誹謗中傷するのとそれほど変わらない。それに気づいた薛美人が慌てて謝る。

「も、申し訳ありません!」
「いいのよ。咎めるつもりはないわ。でも、そういうお話を聞かせてくださらなくてもいいから……」

 薛美人はしばらくシュンとしていたが、やがて帰って行った。






「悪いことをしたかしら」
  
 薛美人が帰ってからわたしが呟くと、馬婆が言った。

「気になさることはございませんよ。最近、少々、調子に乗っていたようでございますしね」
「調子に?」
「中宮様の一番のお気に入りと、あちこちに吹聴ふいちょうしていたようでございますから」
「お気に入り……ってことになるかしら? たしかにあの人が一番やってくるけど」

 基本的に来る者拒まずなのだけど。

「よそでは、娘娘にゃんにゃんの様子なども、あれこれ話のネタにしているようでございますよ。娘娘のお人が好いのをいいことに」
「そうそう、ああ見えてけっこう、したたかなんでございますよ、あの人は」

 と、王婆が口を揃える。

「薛美人と鄭才人は、同時に後宮に入りまして、最初は二人、親友のように仲が良かったそうですの。だいたい、似たような時期に相次いで御寝に侍したのでございますが、薛美人が二度目のお召に与ったのに比べて、鄭才人はそれっきりでございましてね。そのあたりで友情も壊れたと申しますか……」
「……世知辛いのね……」

 わたしが同情を込めて呟けば、王婆は肩を竦めて見せた。

「よくあることでございますよ。特に今上は女嫌いってほどでもないですけど、なんと申しますか、いやいや後宮に通っているようなフシがございましてね。周りがうるさいから仕方なく召し出されるけれど、まあ、たいていは一度っきりでございます。むしろ二度目があった薛美人の方が僥倖ぎょうこうと申しますか」
「そうなのね。では薛美人は陛下のお気に入りなのね」

 馬婆と王婆が顔を見合わせる。

「……そういう感じでも。今、高位妃嬪として辞していらっしゃる方は、たいてい、一度目か二度目でご懐妊して、位を昇級なさった感じですね。でも中には昇級直前に懐妊は間違いだったのがわかったりして。薛美人は結局、三度お召に与った後は特に何もなく……」
「立て続けに三回、お召があったので、ようやくご寵姫が現れたかと思いましたが、その後はさっぱりですねぇ。それももう、一年も前に話で……」

 後宮内では、陛下が皇后冊立を決めたのは薛美人を寵愛したせいではないか、などと先走ったことを言うものもいた。その無責任な噂のせいで薛美人は趙淑妃や高昭容ら高位妃嬪から、露骨ないじめにあったりもしたらしい。

「……こわッ……」

 わたしが思わず身を縮めると、王婆が綺麗に描いた眉を寄せた。

「薛美人が娘娘に擦り寄っているのも、まあ、そういうことがあって保身のためだと思いますよ」
「そうなのね……」

 後宮の人間関係って大変なんだ。儀式は死ぬほど面倒くさいけど、皇后でまだマシだったかもしれない……
 そんな風にわたしは思ったのだった。




 後宮は、皇后以下、百二十二人の妃嬪がひしめきあう女の園である。
 
 夫人 正一品 貴妃、淑妃、徳妃、賢妃
 九嬪 正二品 昭儀、昭容、昭媛、脩儀、脩容、脩媛、充儀、充容、充媛
 二十七世婦 正三品 婕妤 九人
       正四品 美人 九人
       正五品 才人 九人
 八十一女御 正六品 宝林 二十七人
       正七品 御女 二十七人
       正八品 采女 二十七人

 もちろん、この定員がすべて埋まっているわけでもないけれど、制度上、皇帝はこれだけの女を侍らすことが許されているし、これ以外に――例えば、後宮の女官たち――に手をつけても別に叱られたりはしない。

 馬婆マーさんに対して、わたしは後宮内命婦の表を指さしながら尋ねる。

「えーっと、今、一番位が高いのが、趙淑妃。その下が高昭容と韓充儀……」
「そこまでが、お子様のいらっしゃる方ですよ。淑妃に公主が二人。充儀は男のが生まれたけど、すぐに亡くなって、高昭容も死産。蔡婕妤、という方が懐妊したというので徳妃に冊立しようという寸前で、懐妊が間違いと気づいたと言い出して。陛下も相当に不信感を抱かれたのか、降格こそありませんでしたが、ここ二年くらいはずっと放置されていますわね。冷宮送りにならずに幸いでしたよ」
「うわあ……」

 もし陛下の気を引くための噓だとしたら、下手をすれば死刑にされてしまう。

「あと、その下の世婦以下になると……蔡婕妤、林婕妤、薛美人、樊美人、鄭才人、許才人、周才人、王宝林、劉宝林……」
「そんなにいるんだ……」
「先代の皇上に比べれば、今上は少ないほうです。それに、下の方の方は一度しかお召のない人がほとんどですよ」

 ふと、わたしのあの、婚礼の夜はお召に数えられるのだろうかと、考えてしまった。 
 
 
   

しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...