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皇上こうじょうにおかれましては、新年の第一夜はこちらにてお過ごしになります。元会儀礼が終わりましてからのご来儀になりますので、時刻は深更に及ぶかもしれませんが、お心積もりのほど、お願いいたします。皇上よりのご伝言、謹みてお伝え申し上げます」

 恭しく告げる太監たいかんに、皇后であるわたしはただ、黙って頷いた。

 新年明けた元日の朝。ちょうど、皇后の正殿に内命婦ないめいふ――後宮の妃嬪たち――が、朝賀のために集まっていた。宮殿の堂内、北側に一段高くなった御座に南面する皇后に向かい、一品以下の夫人たちが身分に従った盛装を身にまとって整列している。品階に従い、首飾あたまかざりの花釵の数が異なるのだ。

 わたしもまた、皇后の最高礼服である深い青色の褘衣きいを纏う。襟と袖口に朱紅色の凝った縁取りがあり、全体には花鳥紋の精緻な刺繍が施されている。そして頭上には花十二樹の飾られた、黄金と真珠が煌めく豪華な花釵かさを戴く。これがまた、首がもげるかと思うほど重い。頷くのがせいぜいだ。

 内命婦たちとの朝礼が終わったら、皇后は妃嬪を率いて掖庭宮えきていきゅう(つまり後宮)との境にあたる通明門まで出向き、外命婦がいめいふ――公主(皇帝の娘)や高官の妻たち――からの朝賀を受けることになっている。殿庭にはすでに輿が準備され、門外には高位妃嬪の乗る車が居並んで、宦官たちが交通整理にキリキリ舞いのはず。
 そこに、予定にはなかった皇帝陛下からの使者がやってきた。いったい何事かと、居並ぶ妃嬪たちや女官・宦官が息を殺して聞いてみれば――
 
 なんてことはない。年始の第一夜は皇后のもとで過ごす。
 たったそれだけのことを、こんな衆目の前で言われて、わたしは胃の腑のあたりがキリキリして、首飾あたまかざりのの重みがさらに増した気がした。

 なんなのかな。今さら、無理に来なくてもいいのに。いや、できれば来てほしくない。
 年始のお渡りは皇后から、というキマリでもあるのかしら。
 きっと陛下もいやいや来るんだわ。どうせわたしは「お飾りの皇后」なのに――

 皇后になって二か月ほど経つけれど、皇帝陛下は一度たりともわたしのもとを訪れず、また召し出すこともなかった。お顔だって、結婚式にあたる同牢礼の時に一度見たきり。緊張と暗さでよく見えなかったから、その辺ですれ違っても、気づかない自信がある。
 鳴り物入りで皇后として迎えられたにも関わらず、ずっと放置されているわけで、後宮では儀式の時に「置物」として飾るために、後宮に入れたんじゃないか、なんて陰口を叩かれているくらいだ。

 たしかに、この青い衣装と冠を着け、じっと座っているだけの姿は、人形というより、置物めいている。
 きっと皇帝陛下がわたしに求めているのは、愛でも子を生すこともでなく、家柄と、重たい衣装を着て儀式をこなす辛抱強さだけなんだと、この二か月で思い知らされたばかりなのに。
 新年早々、わたしにいったいどうしろと――

 とそこまで考え、わたしは気づく。

 新年最初の皇帝の後宮入りも、つまりは儀式なのだ、と。

 皇帝からの使者の太監が、口上を終えて立ち上がり、両袖を払って優雅に頭を下げ、踵を返す。
 颯爽と歩み去る太監の後ろ姿を見送り、やれやれと息をついて、堂内から降り注ぐ、痛いほどの視線に、わたしはハッと我に返る。

「おめでとうございます、中宮ちゅうきゅうさま。……今宵こそ、陛下の御心にかないますように」

 妃嬪中でもっとも位の高い趙淑妃が、赤く塗った唇を微笑えませたつもりらしいけれど、目はギラギラと嫉妬に歪んでいて、わたしはうっと息を飲んだ。そのほかの妃嬪たちの笑顔も、意地悪そうに引きつっている。

 嫉妬と憎しみと、嘲りがこもった視線。

 ――陛下も、何もこんなところで伝えなくてもいいのに。
 
 わたしは、二か月前の皇后冊立儀礼のことを思い出し、そっとため息を飲み込んだ。
 
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