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ユージーン0

見知らぬ婚約者

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 王太子妃選びが難航する中、僕は国王陛下に呼び出される。
 私的な応接間ドローイング・ルームで待っていたのは、陛下と母と、そして――何度か見かけたことがあるので辛うじて見覚えていた、バークリー公爵オスカー・スタンリー卿だった。

 何の話か見当もつかず、僕が不安で陛下と公爵をちろちろ見ていると、公爵の方でも僕を値踏みするように見ているのに気づく。……正直、すごく嫌な気分だった。

 陛下が、話を切り出す。

「ユージーン、そなたいくつになるかの」
「……来年、二十歳になります……」
  
 僕が目を伏せて応えれば、陛下は満足そうに頷き、公爵に向かって言った。

「その、例の娘は十五であるとか」
「……はあ。ですが――まだ、社交デビューも済んでおりませんし、何しろずっと田舎で暮らしておりまして……」
「じゃが、バークリーの後継者が必要であると申す。ならば……」

 陛下が僕と公爵を見ながらニコニコと断言された。

「その娘……ルイーズと申したか。代襲相続を許して遣わす。その代わり、それなるユージーンを婿に迎えることが条件じゃ」

 僕は一瞬、頭が真っ白になる。……婿? 僕が? 代襲相続? バークリー?

「あ、あの、陛下、いったい何のことか、僕にはさっぱり……」
「何、そちらのオスカーには一人娘しかおらぬ。それゆえ、娘にバークリー公爵の代襲相続を求めてまいった。代襲相続とはその娘が産んだ男児への継承を認めること。故に、娘の婿にそなたをと、思うておる」
「そんな勝手な!……っと!」

 僕が口を滑らすのを、母が慌てて扇で僕の手を打つ。

「そなた、バークリー公爵令嬢と結婚したいと申しておったではないか」
「それは別人で……!」

 僕が求婚したのは、先代バークリー公爵の令嬢マデリーンで、現バークリー公爵の令嬢ではない。まだ会ったこともない、社交デビューすらしていない十五歳の少女との結婚なんて、まるきり領地目当だし、僕は気が乗らない。バークリー公爵の方でも、僕みたいなのが婿では頼りないと思っているのが、ありありとわかった。

 バークリー公爵家と言えば、建国以前の七王国の末裔でもある、北の大領。その令嬢に相続の勅許が下りて婿探しをするとなったら、ランデル中の男が殺到する。僕より有能な奴らが山と押し寄せるだろう。それを王家の無理強いで、僕を押し込もうというのだ。

 だが母の様子も、そして妙に上機嫌の陛下の表情からも、僕から断るなんて絶対にできそうもない。それはきっと、バークリー公爵家の方も同じで――

 正規に庶子として認知することもできず、当然、高位の爵位を叙爵することもできない僕を、由緒ある公爵家の跡取りに押し込める千載一遇のチャンス、それを陛下が逃すはずがない。当事者の思惑を無視し、僕とレディ・ルイーズ・スタンリーとの婚約はあっさり整えられ、異例のスピードで結婚式の日取りまで決まってしまった。

 この結婚に対する僕なりの反抗心もあって、僕は婚約者となったレディ・ルイーズとは全く連絡を取らなかった。一方、僕と従妹の婚約を聞き知ったマデリーンからは、泣き言のような手紙が来て僕は面食らった。

 バークリー公爵の本来の継承者は当然、先代公爵の娘である自分のはずなのに、叔父のオスカー卿によってすべてを奪われた、というもの。
 僕は先代公爵がマデリーンに代襲相続を願い出ず、弟のオスカー卿を継承者に決めた詳しい経緯は知らない。だが、オスカー卿は閣僚中でも切れ者と名高く、バークリー公爵を襲爵以前から、陛下の覚えもめでたい。先代ラッセル卿がマデリーンに代襲相続を願い出ても、認められなかった可能性も高いのだ。マデリーンの不満はもっともだけれど、運が悪いとしか言いようがない。

 マデリーンは自分から求婚を断ったことなど忘れたかのように、僕との仲を裂かれて、僕が従妹と結婚することになったと、周囲に嘆いて見せた。その当時はまだ、僕もマデリーンが迷路の少女だと信じていたから、マデリーンと結婚できないのは辛いと調子を合わせていた。遠くバークリーにいる会ったこともない婚約者よりも、断られたとはいえ求婚したマデリーンの方が大事だったからだ。
 愚かな僕は、マデリーンがばら撒いたこの噂が、後に王都でルイーズを苦しめることになるなんて、想像すらできなかったのだ。
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