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ルイーズ2
修羅場 続き
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「キャー!」
「うわあん! ギャー!」
アンの泣き声と女の悲鳴が響き渡り、素裸の女がベッドから転がり出てきて、わたしにドシンとぶつかる。
「……リンダ?!」
「キャー! お、お、お嬢様! 助けて! 助けてください!」
そう言われても、わたしは女性とはいえ他人の裸などほとんど目にしたことはないから、どうしていいかわからない。……妙に肉感的というか……リンダ、太った?
が、いつの間にか背後に控えていた人物がするりと前に出て、難なくリンダを捕まえる。誰なの? と薄暗い中で目を凝らせばそれはミス・アダムスで、グイッとリンダの腕を後ろに回し、手慣れた様子でリンダを床に押し付け、膝をつかせる。
「痛い! 助けて! 助けて!」
「静かにしな! やかましい女は嫌いだよ!」
普段の穏やかな物腰とは別人のような高圧的な態度、看護婦というよりかは、熟練の兵士のような立ち姿。仰天して声も出ないわたしに向かい、ミス・アダムスは貫禄たっぷりにウインクして見せた。
「ああ、奥様、すいませんね。あたしも実は特務なんですよ! 内緒ですけどね!」
「えええ!」
ベッドの上では本格的な立ち回りが続き、アンを人質に銃剣を振り回すモーガンに、ケネスとジョンは手を出しかねていたが、夫が踏み込んでステッキでモーガンの腕をしたたかに打ち付け、跳ね上げて同時に腹に膝蹴りをくらわす。
「うぐっ! ……クソぉ! この野郎ぉ!」
銃剣が男の手から離れ、男の腕が緩んで、アンが滑り落ちる。
「とうたま!」
「アン、もう大丈夫だ!」
夫がアンを抱き留め、ケネスが至近距離から銃で肩を撃ち抜く。同時に近づいたジョンが短銃のグリップで後頭部を殴りつけ、男はその場に崩れ落ちた。
その間に、ベッドの隅で震えていた裸の男が、這うようにして逃げ出そうとする。動きに気づいた夫が、素早く振り向きざまに長い脚で蹴り上げ、男はギャ、と悲鳴をあげてひっくり返る。
「……レイフ……」
この裸の男は当然、この家の主のレイフ・ニコルソン医師で、わたしは目のやり場に困っておろおろする。アンを抱き上げたままレイフを足蹴にした夫が、わたしの様子を振り返って、軽く肩を竦める。
「……だから下がってなさいと言ったのに」
「旦那様にも下がってもらいたかったですよ……」
額の汗を拭いならジョンが悪態をつき、ケネスがジョンの肩を叩き、言った。
「旦那様がわざとくだらない話をして、モーガンの気を惹きつけてくださったんだよ、さすが旦那様だ」
ケネスがニコニコと言うのに、夫が首を傾げる。
「いや、別にわざとというわけでは……」
「くだらな過ぎて、モーガンを捕まえる前、俺の腰が砕けそうでしたよ……」
「おや、ようやく州警察のお着きのようだよ!」
ミス・アダムスが言い、同時に、階段をドタバタと複数の足音が上ってきて、州警察の制服を着た警官たちがなだれ込んできた。
後始末は夫たちと警察に任せ、わたしとミス・アダムスは泣きじゃくるアンを宥めながら、先にゴルボーン・ハウスに戻るように言われた。アンの身体に怪我がないかも心配だったので、わたしはおとなしく夫の指示に従う。
「君が来てくれてよかったよ、ルイーズ。確かに僕たちだけでは、アンを宥められなかったね」
「ジーン……」
強引についてきただけで何の役にも立たなかったわたしを、気遣ってくれた言葉に、わたしはかえって気まずい気分になる。だが夫はわたしとアンにそれぞれキスを送り、微笑んで背中を押した。
「いきましょう、奥様。後は旦那様に任せて」
「え……ええ……」
ミス・アダムスにも促され、アンを抱いて階段を下りかけたとき、奥の部屋からすさまじい男の悲鳴が聞こえ、わたしは思わず息を飲んだ。
「大丈夫ですよ、奥様、心配はいりません」
「そ、そうね……アン、行きましょう……」
「かあたま、とうたまはだいじょうぶ?」
「旦那様は、ああ見えてもお強いのです。大砲の弾でも死ななかったのですよ」
ミス・アダムスがさっきとは別人のような、穏和な表情でアンを宥め、わたしは夢でも見たのかという気分になる。アンも安心したのか、わたしにぎゅっと抱き着いて、腕の中で目を閉じた。
「うわあん! ギャー!」
アンの泣き声と女の悲鳴が響き渡り、素裸の女がベッドから転がり出てきて、わたしにドシンとぶつかる。
「……リンダ?!」
「キャー! お、お、お嬢様! 助けて! 助けてください!」
そう言われても、わたしは女性とはいえ他人の裸などほとんど目にしたことはないから、どうしていいかわからない。……妙に肉感的というか……リンダ、太った?
が、いつの間にか背後に控えていた人物がするりと前に出て、難なくリンダを捕まえる。誰なの? と薄暗い中で目を凝らせばそれはミス・アダムスで、グイッとリンダの腕を後ろに回し、手慣れた様子でリンダを床に押し付け、膝をつかせる。
「痛い! 助けて! 助けて!」
「静かにしな! やかましい女は嫌いだよ!」
普段の穏やかな物腰とは別人のような高圧的な態度、看護婦というよりかは、熟練の兵士のような立ち姿。仰天して声も出ないわたしに向かい、ミス・アダムスは貫禄たっぷりにウインクして見せた。
「ああ、奥様、すいませんね。あたしも実は特務なんですよ! 内緒ですけどね!」
「えええ!」
ベッドの上では本格的な立ち回りが続き、アンを人質に銃剣を振り回すモーガンに、ケネスとジョンは手を出しかねていたが、夫が踏み込んでステッキでモーガンの腕をしたたかに打ち付け、跳ね上げて同時に腹に膝蹴りをくらわす。
「うぐっ! ……クソぉ! この野郎ぉ!」
銃剣が男の手から離れ、男の腕が緩んで、アンが滑り落ちる。
「とうたま!」
「アン、もう大丈夫だ!」
夫がアンを抱き留め、ケネスが至近距離から銃で肩を撃ち抜く。同時に近づいたジョンが短銃のグリップで後頭部を殴りつけ、男はその場に崩れ落ちた。
その間に、ベッドの隅で震えていた裸の男が、這うようにして逃げ出そうとする。動きに気づいた夫が、素早く振り向きざまに長い脚で蹴り上げ、男はギャ、と悲鳴をあげてひっくり返る。
「……レイフ……」
この裸の男は当然、この家の主のレイフ・ニコルソン医師で、わたしは目のやり場に困っておろおろする。アンを抱き上げたままレイフを足蹴にした夫が、わたしの様子を振り返って、軽く肩を竦める。
「……だから下がってなさいと言ったのに」
「旦那様にも下がってもらいたかったですよ……」
額の汗を拭いならジョンが悪態をつき、ケネスがジョンの肩を叩き、言った。
「旦那様がわざとくだらない話をして、モーガンの気を惹きつけてくださったんだよ、さすが旦那様だ」
ケネスがニコニコと言うのに、夫が首を傾げる。
「いや、別にわざとというわけでは……」
「くだらな過ぎて、モーガンを捕まえる前、俺の腰が砕けそうでしたよ……」
「おや、ようやく州警察のお着きのようだよ!」
ミス・アダムスが言い、同時に、階段をドタバタと複数の足音が上ってきて、州警察の制服を着た警官たちがなだれ込んできた。
後始末は夫たちと警察に任せ、わたしとミス・アダムスは泣きじゃくるアンを宥めながら、先にゴルボーン・ハウスに戻るように言われた。アンの身体に怪我がないかも心配だったので、わたしはおとなしく夫の指示に従う。
「君が来てくれてよかったよ、ルイーズ。確かに僕たちだけでは、アンを宥められなかったね」
「ジーン……」
強引についてきただけで何の役にも立たなかったわたしを、気遣ってくれた言葉に、わたしはかえって気まずい気分になる。だが夫はわたしとアンにそれぞれキスを送り、微笑んで背中を押した。
「いきましょう、奥様。後は旦那様に任せて」
「え……ええ……」
ミス・アダムスにも促され、アンを抱いて階段を下りかけたとき、奥の部屋からすさまじい男の悲鳴が聞こえ、わたしは思わず息を飲んだ。
「大丈夫ですよ、奥様、心配はいりません」
「そ、そうね……アン、行きましょう……」
「かあたま、とうたまはだいじょうぶ?」
「旦那様は、ああ見えてもお強いのです。大砲の弾でも死ななかったのですよ」
ミス・アダムスがさっきとは別人のような、穏和な表情でアンを宥め、わたしは夢でも見たのかという気分になる。アンも安心したのか、わたしにぎゅっと抱き着いて、腕の中で目を閉じた。
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