【R18】記憶喪失の僕に美人妻は冷たい

無憂

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ルイーズ2

異変

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 アンが誘拐された、という話に、わたしも夫も飛びあがった。

「なんでそんな! 誰が! どうして!」

 恐慌に陥るわたしを、夫が抱きしめて冷静に尋ねる。

「どこで起きた。……アンは今、子供部屋じゃないのか?」

 サンダーズが息を吸って答える。

「この時刻はお昼寝から起きて、乳母ナニーと過ごしますが、だいたいはお庭で。いつもは一時間ほどで戻るはずが、今日は戻りが遅いとミス・アダムスとグレイグ夫人が気づいて――」

 冬の日は陰るのが早く、すでに夕暮れに近い。風も冷たくなるので、この季節、長時間は外には出られない。

「グレイグ夫人が庭に探しに出て、花壇の横で血を流して倒れている、乳母のモリソン夫人を発見したのです」
 
 モリソン夫人は頭を殴られたのか、額から血を流していて、周囲にアンはいなかったという。
 
「モリソン夫人がすぐに目を覚まして、男が突然、その生垣の陰から現れて、お嬢様を攫っていったと!」
「男?……見覚えのない奴なのか?」
「わが家の庭師ではなかったと。……今、ミス・アダムスが手当てをしています。庭師や下男に命じて、庭の周囲を探させておりますが……」

 夫は靴を履き、わたしを促して立ち上がる。

「もう一度モリソン夫人に事情を聞こう。ルイーズ、一緒に」
「え、ええ……」
「見知らぬ者の侵入を許しまして、お詫びのしようもございません」

 頭を下げるサンダースに、夫が頷く。

「悪い奴はどこにでもいる。あれだけ広い庭なら、見つからずに入り込むことも可能だろう」

 わたしたちが玄関ホールに降りると、ホールの隅で乳母のモリソン夫人の頭に、ミス・アダムスが包帯を巻いているところだった。

「怪我は大丈夫なの? アンは?」

 思わず駆け寄るわたしに、モリソン夫人が立ち上がろうと腰を浮かせ、背後から夫が声をかける。

「いい、そのままで。……事情を説明してくれ」
「はい……いつもの通り、お嬢様がお昼寝から目覚めて、お外に行きたいと仰るので、赤いコートを着せ、お庭に。……もう風も冷たいので、少しだけのつもりで。庭の花壇を回ったところで、生垣の陰から突然、男が飛び出してきて……わたくしは咄嗟にお嬢様を抱き締めて庇ったのですが、頭を殴られまして。そのまま……」

 額に巻かれた包帯には、薄っすら血が滲んでいて、顔色も蒼白だった。

「申し訳ございません、本当に――」
「いや、しょうがないだろう。女の身で……男の身なりは? 外部の者なのか?」

 夫の問いに、モリソン夫人が首を振る。

「服装は普通の……村の者のようでした。お屋敷のお仕着せではございません。帽子を被って……茶色い上着で……背丈は普通くらいでしょうか。どこかで見たような気もするのですが……」
「アンを攫うなんて、何のために?」

 わたしの言葉に、夫が首を傾げる。

「……身代金目当てとか? だが――」

 アンがバークリー公爵家の養女だと言うのは、だいたいの者が知っている。わたしの子供じゃないことも。

「それより、あの時刻にアンが庭に出ることを知っていたとしか思えないな。アンのスケジュールを把握している者で、村に知り合いがいる――」
「……リンダ?」

 思わず呟くわたしに、モリソン夫人がアッと言った。

「あの男! モーガンですわ、ジェフ・モーガン! リンダの夫です!」

 リンダがこの屋敷に手伝いに来ている間、何度か裏口まで来ていたという。

「なんと言うか……リンダとの仲はあまり上手くいっていないような、何やら揉めているようでしたが……」
「リンダの夫なら、アンのスケジュールを把握していても不思議はないな。リンダに頼まれて攫ったのか?」

 夫が呟き、それからサンダースと、控えていたケネスに命じた。

「とりあえず村に行く。そのジェフという男が犯人なら、なにか要求があるはずだ。ケネスとジョン、一緒に来てくれ。サンダースは州の警察に届け出を」 
「わたしも行くわ!」

 思わず言えば、夫は驚いて首を振る。

「危険だ、家にいなさい」
「あなたじゃ、ジェフを説得なんかできっこないわ。本気で恨まれているんだし。……もしかしたら、あなたをおびき寄せるためなのかも」
「そこまでして僕を殺したいような男のもとに、身重の君を行かせるわけがないだろう」
「いやよ、わたしはアンの母親です!」
「ルイーズ……!」

 夫はわたしを宥めようとするが、わたしは頑として聞き入れなかった。

「だいたい、あなたもケネスもジョンも、ジェフの顔なんかわからないでしょう! どうやってアンを取り戻すつもりなんです!」
「ジェフの顔なら一度見たことはあるけど……」

 それでも躊躇う夫に、ジョンが言う。

「奥様は俺とケネスで守ります。アンお嬢様を見つけても、俺たちじゃあ連れて帰れません」
「下手すれば俺たちが誘拐犯に間違えられます」
「……それは……」

 ジョンとケネスに口々に言われ、夫が口ごもる。と、ミス・アダムスが立ち上がった。

「あたくしも一緒に参りましょう! 何かありましても看護婦のあたくしがいれば――」
「そんな無茶な!」

 とにかく事は一刻を争うというので、夫も諦めてわたしを連れていくことにした。
 一台の馬車にわたしたち夫婦とミス・アダムス、そしてケネスが乗り、ジョンは馭者の隣に座る。

「警察が来たら、モーガンの家に行くと伝えてくれ」

 それだけ言いおいて、馬車は村へと向かった。
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